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恋は盲目と言うけれど。

〝 カン、コーン、カラララ―ンッ! カン、コーン、カラララ―ンッ! ”


「尾原様。お早う御座います。大工の丸山康平です。仕事に参りました。開けておくんなさい」


 瞳はインターフォンで康平の声と姿を確認すると受話器を取った――


「おう、来たな。開けてやるだぁ。入れ」


  康平は中に入り、サウナ・ハウスのウッド・デッキで仕事の準備をしていた。すると、背後に気配を感じた――


「おはよう御座います、康平さん。今日も一日、よろしくお願いします」


 その声に驚いて振り向くと、ワゴンを押して来たのは瞳ではなく、そこには麗華の姿が有った――


「お、お早う御座います。よ、宜しくお願い致します……おっ、お嬢様、こんな朝早くから、ど、どうかしなすったんでぇ、ごっ、ございますかぃ?」


「康平さん、あなた朝食をきちんと食べていないそうですね。瞳さんからそう伺っております。朝食を持って参りました。さぁ、どうぞ召し上がれ」


「こりゃぁ、ありがてぇ。うっほぉー! 塩むすびに筑前煮、焼き物は銀鱈の西京漬け、お味噌汁にぬか漬けに梅干しまで……贅沢だねぇ。朝から瞳さんの手作りの朝食を頂けるなんてぇ、嬉しいねぇ」


「瞳さんでは有りません、私の手作りです。断っておきますが、あなたに親切にしている訳では有りません。空腹では良い仕事が出来ないからです。くれぐれも勘違いしない様に」


「へっ、へいっ、心得ております……です」



 朝食を済ませると、康平は段取り良く仕事を進め、時計を見ると、まだ昼前だった――


「まぁ連絡も来ねぇしな、廃材の搬出まで余裕が出来たぜ。ちょっと掃除でもして昼飯にするか」


 掃除をしていると、ふと麗華の事を思い出してしまい心拍数が急激に上がった――


「うぅっ! どうしちまったんだ……掃除をする時ってぇのは、無心になって内省する時間のはずなのに……お嬢様の事ばかり頭に浮かんで、考えない様にしようとすればするほど頭から離れなくなって来やがるっ! お嬢様があの白魚の様な綺麗な手で握った塩むすびの味まで思い出しちまったぜ、ふぅっ」


 康平は掃除を済ませてほうきと塵取りを片付け様とした時に、うっかり木っ端に右足を乗せてひっくり返ってしまい、綺麗に掃除した床に塵取りのゴミを盛大にブチ撒けた――


「あ痛たたぁ――っ! けっ、何てぇこったぃ、こんなドジをするなんて……どうかしてるぜ……あーぁ、元の木阿弥だぁ……」


 〝 リリリリーン! リリリリーン! リリリリーンッ! ″


「こんな時にケータイまで鳴りやがってっ! はい。もしもし、丸山康平のケータイです。おうっ、あー、こっちは準備は出来てるぜ。えっ? 昼めし食ってからで良いよ、日が暮れちゃ困るけどよ。あっはっは。十三時で良いよ、上等上等。待ってるぜ」


 ひっくり返ったまま通話を終え、ぼんやり天井を眺めていると麗華の顔が浮かんだ――


「うわぁ、まるでお化けだよ。まぁ、あんな綺麗なお化けなら食い殺されてみてぇってぇもんだがよ。まさか……お嬢様に恋したのか? 恋は盲目なんてぇ言うけど、目が開かなくちゃぁ仕事にゃならねぇ。おまんまの食い上げだよ、チクショーめっ!」


瞳に午後一番で廃材の引き取りが来る事を伝え、準備した廃材の確認をしていると、後ろから麗華の声が聞こえた――


 〝 康平さん  康平さん  康平さん  康平さん ″


「おいおい、とうとう幻聴まで聞こえてきやがったぜ、こりゃ医者に行って診て貰った方が良さそうだ、参ったなぁ……」


「康平さん、何度も何度も言わせないで下さい。返事くらいしなさい」


 恐る恐る康平が振り向くと、厚手の作業着に安全靴を履き、革の手袋と軍手を手に立っていたのは、麗華だった――


「うわぁっ! お嬢様。あっ、あの、どうかしなすったんでぇ、御座いますか?」


「廃材の搬出を手伝います。さぁ、どれから運ぶのですか? 仰って下さいな」


「いやいや、お嬢様。手伝うだなんてぇ、とんでもねぇ! 施主にそんな真似はさせられませんぜ。そんな事をしたら、おいら笑いもんだ。男が廃るってぇモンでぇ……御座います、です」


「いいえ。金員さえ支払えば、後は知らん顔と云う訳には参りません。私の都合でこうなったのですから、責任を持って手伝います」


「あっ、いや、困りますよ。お嬢様にそんな事はさせられねぇんですよ、堪えておくんなさい、で御座います、です」


「康平さん、施主は私です、私の云う事を聞きなさい。それから、話し方ぎこちなくて変ですよ。無理をせず、何時も通りの言葉遣いで結構です」


「へい……」


 時間になると、約束通り廃材の引き取り業者が来た。門を開けると助手の誘導でトラックが入って来た――


 〝 オーライ、オーライ、オーライ、はいストップ! ″


「おう、時間通りじゃねぇか、お疲れっ!」


「疲れちゃいねぇーよ、康平っ! 今、アオリ開けっからよっ」


 運転席から降りて来たのは社長だった――


「おっと、社長直々たぁ驚いたねぇ。デカい台車と長台車を一台下ろして貰えりゃ、後はコッチでやるから大丈夫ですぜ」


 誘導をしていた男が康平の耳元で囁いた――


「康平、そんな事は分かっているよ。社長はこの大邸宅を見たかっただけなんだよ」


「物見遊山で付いて来られちゃ、お前も災難だなぁ」


「あぁ、気を使いっ放しで、缶コーヒーすら飲めやしねぇんだ、参っちまうよ」


「婿養子もつらいねぇ……」


「まあな」


「おうっ、何か言ったか?」


「何でも有りませんよ。さぁ、康平、そっち持ってくれ。下ろすぜ」



 大きな台車を下ろすと康平はガラガラと音を立てながらサウナ・ハウスに向って歩いて行った――








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