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気付かぬ内に恋したみたい。

 麗華は真っ直ぐ門へは行かずサウナ・ハウスのある庭園の方へ歩いて行った――


「あのぉ……お嬢様、門はあちらで。これでは遠回りかと……」


「余計な事は言わなくて結構。あなたにお尋ねしたい事が有ります」


「へぇ、なんなりと……」


 麗華は庭園の前で立ち止まり振り向いた。宝石のような瞳は西日の太陽光線を吸い込み輝きを増し、康平を真っ直ぐに見つめた。康平はその美しさに固唾を飲んで「ゴクリっ」と喉を鳴らし「蛇に睨まれた蛙」とはこの事かと思った――


「あなたは建築家でもデザイナーでも無い。なのに、何故あのような事が出来るのですか?」


「へっ、へい、以前、申し上げた様に、おいらは門前の小僧でしたからねぇ『法隆寺を建てたのは大工さん』ってぇヤツですよっ! あっはっはっは」


 麗華の眼光は鋭くなり、康平を見つめて微動だにせず、まるで呼吸さえしていない様に見えた――


「あぁ……あの、ふざけた訳じゃないんですが、答えが気に入ら無かった様で……参ったなぁ……」


「質問を変えます。何故、あのようなデザインにしたのか。それなら答えられるでしょう?」


「へいっ! お嬢様、それなら簡単ですよ。最初からそう仰って頂ければ、話が早えってもんですよっ! あはははっ」


「さぁ、早く仰って下さいな」


「へい。尾原様の邸宅は、つまり……本館と離れは、見ての通り明治大正の名残りが有る和洋折衷の建物で、東屋は英国風でありながら芝生の雰囲気と合っています。ですが、此方の茶室は詫び寂びを感じる本格的な日本建築です。日本庭園と北欧のモダンなデザインが……どうしても合わねぇんです。特にこの庭園が問題なんです」


「良いでしょう。それではお尋ねしますが、この庭園の何が問題なのですか?」 


「へい、この庭園は並大抵の物じゃぁ、有りません。いや――ぁ、見事だっ! もうこんな日本庭園は二度と作る事が出来ません」


「二度と作る事は出来ない? お金なら幾らでも払いますと言ったら?」


「あー、幾ら金を貰っても無理ですね。 出来やぁしませんぜ」


「それは何故ですか?」


「この庭園は、相当綿密な計算で作られています。それだけじゃあ有りません、何十年も手塩にかけて育てた植栽を何度も何度も植え替え、手を入れながら作り上げたお庭です。丁寧に丁寧に世話をしなけりゃぁ、こうは成りません。失礼とは存じますが、この邸宅の敷地の中で最も価値の有るのは、この日本庭園だと、おいら断言出来ます。そう言い切れますねぇ。へい」


 麗華はこれ迄の職人達が口を揃えて「庭園の植栽を移動して通路を広げ、改良をするべきだ」と提案した事に憤慨していた。そして、親子喧嘩の原因は、父、祥介が母の丹精込めて育てて来た庭の価値を全く理解をしていない事だったので、康平の言葉に驚いた――


「そうですか……このお庭の価値が分かる人に初めて出会いました。良いでしょう。それを聞いて安心しました。あなたに全てお任せします」


「有難う御座います。まぁ、この日本庭園の価値が分からねぇなんて、そいつらの目は節穴ですぜっ。あーぁ嫌だ嫌だ、まったく、見る目の無え奴ってえのは……おやおや? するってぇと、お嬢様、今迄は任せていなかった……と云う事になりますが……」


「ええ、そうです。私はあなたを監視していました。満足な物も出来ず、そして、途中で逃げ出すだろうと思っていました」


「ありゃー、そうだったんですかい。こりゃ驚いた、まさか監視されているとは思ってもいませんでしたが……うん、それで合点がいきました。へい」


「あなたは自分の事を小卒だと言いましたが、ログハウスを校倉造りに見立て、庭と調和させた見識の高さと美意識に敬服いたしました。お引き留めして申し訳ありませんでした」


 麗華は門まで歩いて行きロックを解除した――


「それではこれで失礼いたします。明日も宜しくお願い致します」


「ご苦労様でした……ところで、あなたお名前は?」


「へい、丸山康平と申します」


「さようなら。丸山康平さん」


 麗華は優しく微笑むと、門を閉めてロックした――



―― 十二月七日 友引 己丑


 喜多見神社は神聖な空気と静寂に包まれていた――


 そして、異変は朝礼の点呼の時に起きた――


「おうっ! 康平! 丸山康平っ! 聞こえねぇのかっ! おいっ!」


 〝 あなたお名前は―― さようなら。丸山康平さん―― 丸山康平さん―― 康平さん―― ”


「はいっ! お嬢様っ!」


 〝 あ――はっはっは、お嬢様だってよっ! この鬼瓦みてぇな棟梁が、はぁ――――はっはっはっは、こいつは良いや。あっはっはっはっはっはっは ″


「笑うんじゃねぇ馬鹿野郎! 朝から夢見やがって。おうっ! 康平。頬がぽっと紅い所を見るってえと、お前さん酒でも飲んでんのかい? 深酒して残ってたんじゃぁ、仕事は出来ねぇっ!」


「棟梁、勘弁して下さいよ、御存じの通りおいらは酒は一滴もやらねぇ。飲んでなんかいませんぜ」


「酒が入っていなくても、ぼんやりして居る様じゃ仕事にゃあ、やれねぇなぁ……どうしちまったんだい、おぉっ?」


「へい。昨日この参道を通って終礼に来た時から、なんだか心が……こうポカポカと陽だまりみてぇに、温かくなりましてね……」


「はっはぁ――ん。おい、康平。お前さん恋をしてるな。まぁ、お前さんも男だ。年頃のお嬢さんに恋をするのは無理はねぇ。いやぁ、当り前ぇの事だぁ、なぁ。分かるよ、その気持ち大切にしな。でもよ、尾原財閥の箱入り娘のお嬢様に恋をするなんて身の程知らずも大概ってぇもんだ。悪い事は言わねぇ、諦めな。男は諦めが肝心だぁ。なあっ」


「棟梁っ! 女に恋をするのは男の道理、だからと言って施主に恋をするなんて馬鹿な真似はしませんぜっ! 痩せても枯れてもこの丸山康平、仕事一筋、一本槍だぁ! ちょっと身体の調子が悪いからって、色狂いみてぇに言われたら、たまったもんじゃぁ有りませんよ、言い掛かりは止めておくんなさいっ!」


「おっ、おうっ、そんなに、怒るなよ……分かったよ。済まなかったな」



 普段なら洒落で言い返す康平が、顔を真っ赤にして怒る姿を見て、棟梁は「恋に落ちた」と確信した――





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