変態なんかじゃありませんっ!
康平は一日の作業を終え、綺麗に後片付けと清掃をして、報告のために本館に向った――
「ごめん下さい。本日の作業は終わりました。有難う御座いました。それで、明日は足場を立てて屋根を壊しますので施主にそう伝えて下さい。足場自体は午前中で終わりますから、明日も宜しくお願い致します。では、失礼いたします」
―― 十二月六日 先勝 戊子
午前中に足場が立ち、康平は屋根に上ってガルバリウム鋼板を剥がしていた――
「ふうっ、出来立てだから腐っている心配は要らねぇが、頑固だぜ……解体はおいらの仕事じゃねぇからなぁ。怪我しそうだよ、こんチクショーめっ!」
麗華は本館の窓から康平が慣れない解体作業に悪戦苦闘しているのを眺めていた――
「あっ! 危ないっ!」
「うわぁあっ、お嬢様。突然、大きな声をお出しになるからビックリするだよ。心配要らねぇだよ。紅茶を淹れて持って来ただよ。さぁ、どうぞ」
「ありがとう。瞳さん、心配は要らないと言いますけど、落ちたらどうするのですか? 怪我でもしたら……」
麗華は瞳と話をしながらも双眼鏡から目を離さなかった――
「そんなに、あの男が心配だか?」
「しっ、心配などしていませんっ! 只……怪我でもされたら迷惑でしょう? 救急搬送されたりしたら、尾原家の名に傷が付きます」
「そんなもんで、傷なんか付かねぇだ。傍に行って、助けてやれば良いだに」
「この私が助ける? そんな事……出来ませんっ!」
康平が剥がした鋼板を手に持ち、露わになった骨組みの上をひょいひょいと歩いて行き、手に持った鋼板を下に落とそうとした瞬間、風に煽られて足を踏み外しそうになった――
「キャァア――――――――――ッ!」
「うわぁあっ! お嬢様、紅茶を零したでねぇか……確りしてくだせぇ」
「ですけどっ、今、落ちそうになったのです。風に煽られてくるりと一回転して、事無きを得ましたが……ふぅっ、危なかったぁ……」
「まぁ、サイレント映画の喜劇役者みてぇで面白いのは分かるだども、一日中、そんな所で覗き見してたら、まるで変態だぁよ。いけねぇだよ」
「まぁっ! この私を変態呼ばわりするなんて言葉が過ぎますっ! 私はっ、私は只……きちんと出来るか心配なだけです……」
「どっちが心配なんだか、分かんねぇだなぁ。んっはははぁ」
「もう、瞳さんっ! ふんっ」
喜多美神社は神聖な空気と静寂に包まれていた――
「ふんふんふーんっ、ふんふんふーんっ、ふーんふっ、ふっふんふんっ、今日も鼻歌絶好調ぉーっ! 何の歌かは知ぃーらないけれどっ!」
棟梁と職人達は休憩中で、典子と紗耶香がお茶とお茶菓子を持って社務所に行っている間、めぐみは参道の掃除と授与所の受付をしていた――
「こんにちは、めぐみさん」
「あっ! 瞳さん、こんにちは。今日は麗華さんは御一緒ではないのですか?」
「実は……その事で相談が有るだよ。お嬢様が変態だぁよ」
「ん? 変態に聞こえましたけど……大変の間違いですよね?」
「うんにゃ、変態みたいに、一日中、覗き見ばかりしているだぁよ。どうすりゃ良いでぇ? おらには分からねぇだよ」
めぐみは、これまでの事情を聞いて得心した――
「それなら施工が進めば問題は無いですよ、麗華さんは監視しているだけですから。腕の良い職人さんですから間違いなど有りません。安心して良いと思いますよ。うふふっ」
「育てて来たおらには分かるだよ。お嬢様は、あの男に気が有るだよ。うんにゃ、気が有るレベルは通り越しているだっ!」
「まぁ、気が有るだなんて。恋をしているなら尚更、結構な事じゃありませんか?」
「そうは行かねぇ! あの男にその気が有るか確かめなくちゃなんねぇ……けど、おらはあの男に『施主に色目を使う様な真似はしねぇ!』って啖呵を切られただよ。その上、万が一、相思相愛にでもなったら、今度はお嬢様と身分が釣り合わねぇと来たもんだぁ。めぐみさん、お願いだぁ、何とかしてけろっ!」
「いやぁ……そんな、無理難題をケロケロッっと言われましても……そのぉ……」
途方に暮れるめぐみと、今にも泣き出しそうな瞳に手を振るひとりの男が居た――
「めぐみちゃ――ん! こんにちは」
「あっ、駿さん、こんにちは。どうして此処へ?」
「どうして? ボクに小説を書くように指示したのは素戔嗚尊だからさ。知らなかった? 聞いてない?」
「えっ? 全く知りませんでした、あははは。あのエロおやじっ! 承認欲求の塊なんだから……」
「ねぇ、めぐみちゃん。どうかしたの? こちらの方は?」
めぐみと瞳が事の成り行きを話し、無理難題の解決方法を模索している事を伝えると、駿は声を上げて笑った――
「あ――――はっはっはっ! なぁーんだ、そんな事で悩んでいたの? ふたり共、可愛いね。ははははは」
「笑い事じゃぁねぇだよっ! どうすりゃ良いのか……良い知恵を貸して欲しいだよ……」
「瞳さん、その職人さんに恋の魔法を掛ければ大丈夫ですよ」
「えぇっ、そんな事が出来るだか?」
「勿論、出来ますよ。出来ますとも」
「お兄さん、嘘だったら承知しねぇぞっ!」
「嘘は申しません。但し、条件が有ります」
「条件? 条件とは……どんなんだ?」
「恋の魔法は強力です。ふたりが恋に落ちた後の事は一切、保証は出来ません。どうなろうと知りませんよ」
「それじゃぁ、話が違うだ……」
「いいえ。何もかも上手く行くそんな虫の良い話は有りません。お嬢様が片思いのまま傷付いて終わるのを黙って眺めているのか、それとも、ふたりが愛し合い結ばれるために尽力するか……ふたつにひとつ。責任は瞳さん! あなたが持つと約束して下さい!」
駿の迫力に瞳は黙り込み、額に脂汗をにじませ、ハンカチを取り出して拭うと「ゴクりっ」と喉を鳴らした――
「分かりました。お願いしますだ」
瞳が深々と頭を下げると、駿はめぐみの耳元で囁いた――
「めぐみちゃん、時間を止めて」
「はいっ!」
めぐみは大きく口から息を吸い、静かに鼻から吐いて時間を止めた――
「これで良し。めぐみちゃん、その職人さんが棟梁に報告に来る時間まで時を進めてくれないか」
「はいっ!」
めぐみは大きく鼻から息を吸って、静かに口から吐いて時を進めた――
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