気になるあいつ。
顔を真っ赤にして睨みつけていた康平の顔色は一瞬にして青ざめ、そのまま後ろに倒れる麗華を、慌てて抱き留めた――
「お嬢様、しっかり! こりゃてぇへんだ。おーいっ! 誰か来てくれっ! 誰か、誰かっ、瞳さーんっ! 瞳さ――んっ! おぉ――いっ!」
康平の声は聞こえずとも、本館の窓から双眼鏡でふたりの様子を伺っていた瞳は異変を見逃さなかった――
「あんれまぁ! 大変だぁ、こうしちゃいらんねぇ。お嬢様にもしもの事が有ったら、旦那様に顔向け出来ねぇだっ!」
瞳は大急ぎで麗華の元へ向かった――
「お嬢様、確りしておくんなさい、参ったなぁ、こうしては要らんねぇ。助けを呼ぶにしても、まず応急処置ってヤツをしねぇと……」
麗華をそっとデッキに仰向けに寝かせ、康平は作業着を脱ぐと丸めて足の下に敷いて枕にすると、ブラウスのボタンをふたつ外し、ベルトを緩めてスカートのホックを外し、ファスなーに手を掛けた、その時だった――
〝 ガッツン! ドスッ! パァア―――――ンッ!! ″
「ぎゃ――ぁっ! 何しやがんでぇ! 藪から棒に……あ痛たたたたぁ、酷えことをしやがるっ、痛たたっ」
「口答えすんでねぇっ! このクソガキ! 白昼堂々、人様の家の庭で破廉恥な真似しやがって! タダじゃ済まねぇどっ!」
「ちょっと待ってくれよ、誤解だよ。応急処置ってヤツだよ。お嬢様が貧血みてぇだからよ……あ痛たたた、あっ、たんこぶになちまったじゃねぇかっ!」
すると、ふたりの喧嘩の声で麗華の意識が戻り、目を覚ました――
「あぁ……私とした事が……こんな醜態を…」
「お嬢様っ! 大丈夫ですか? 気が付きなすっただなぁ、良かっただぁよ。万が一の事でもありゃぁ、おらは……おらは、死んでも死にきれねぇだよっ!」
「てやんでぇ! 殺しても死なねぇクセに、良く言うぜっ!」
「あんだとっ! ナマ言ってんじゃあねぇぞ、小僧がっ!」
「止めて……瞳さん。誤解です、私が貧血で倒れたのよ……」
「今朝はまだ朝食も摂ってねぇし、興奮したのがいけなかっただなぁ。さぁ、お嬢様。戻って温かいスープでも飲んで、ゆっくりするだよ」
麗華と瞳が本館に戻り、康平はホッとひと息吐いて安堵した――
「やれやれだぜ。何だか、このお屋敷は呪わているみてぇだなぁ。やる事、成す事、一々ちょっかい出されたら仕事が出来ゃしねぇ! 気分良く働きたいねーぇ、スパっとよっ!」
気持ちを切り替え仕事に打ち込んでいると、あっという間に九時になり、発注した材木が届き搬入が完了した――
「ご苦労さん。棟梁に仕事の方は順調だと伝えておくんな。気を付けてな、また後で、ヨロシク!」
トラックを見送り、仕事に戻ろうと振り返ると、そこには瞳が立っていた――
「うわぁっ! ビックリしたなぁもう、脅かさないで下さいよ。仕事はシッカリやっておりますので、失礼っ!」
「待てって! 失礼したのはこっちの方だよ。さっきは済まなかっただよ、お嬢様にも丁重に謝る様にと言われているだ。本当に申し訳有りませんでした。以後気を付けます……」
瞳は康平に正対し、深々と頭を下げた――
「止めろ止めろ、おいらはさっきの事なんて、もう覚えちゃいねぇんだ。とうに忘れた事をほじくり返している暇が有ったら、お嬢様に貧血にならねぇ様に、もっと身体に良い物を食わせてやんなっ!」
気っ風の良い事を言いながら、照れ臭そうに頭を掻いて去って行く康平と、立ち竦む瞳の姿を窓から眺めている麗華が居た――
「瞳さんは一本気な男だと言っていた……確かに彼の言っている事は間違っていない。正しい事を言っている……それなのに……何故、私は感情的になってしまうのだろう……」
麗華は搬入された材木のクセを読み、ひとつひとつ選別をして墨出しをしている康平の姿を飽きる事無く眺めていた――
「お嬢様、確りと謝って来ただよ。それから、椅子とバード・ウォッチング用の三脚を用意しましただ」
「ありがとう。ねぇ、瞳さん。あの人……怒っていた? 私の事、何か言っていたかしら?」
「何かって……『昔の事は覚えてねぇ、お嬢様の健康管理をキチンとしろ』って言われただよ」
「そう……私の健康管理をしなさいと……」
「お嬢様。気になるだか?」
「別に気にしてなどいませんっ! 尾原家に対して無礼な態度が有ったのなら許しませんから。無かったのなら……それで、結構です。いいえ、無くて当然です。聞いてみただけです」
「ふーむっ、だいぶ気にしているだなぁ。赤ん坊の頃から見て来たお嬢様の事だぁ。おらには全部分かるだよ」
「分かるって……何の事かしら?」
「とぼけなくても良いだぁよ。これまでお見合いした男達とは違うだ。旦那様に似ている所が有るだよ……今まで出会った事の無いタイプだなぁ、見極めは必要ですだ」
「まるで私が気が有るみたいな口ぶりね。私は只……」
「只、あんだと言うだよ?」
「只、その……手抜き工事をしないか監視しているのです! 気を許してはいけませんっ!」
「お嬢様は何時から現場監督になっただよ? まぁ、これ以上は追及しねぇでやるだ。それより夕飯のスープは今が旬のほうれん草のポタージュにするだ。では、失礼しますだ」
麗華は康平の仕事振りに感心しつつ、作業を見るのが楽しくて目が離せなくなっていた――
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