目覚め ―覚醒。
「ピピピッ、ピピピッ、ピピピッ」
真っ暗な寝室に目覚ましのアラームの音が響いた――
バック・ライトで時刻を確認すると五時三十分だった。
津村はぼんやりと天井を眺めていた。リモコンで照明を点けて眠い目を開き、そして、ゆっくりと起き上がると大きく息を吐いて立ち上がりシャワー・ルームに向った。
熱いシャワーを浴びて確りと目を覚ますと、バス・ローブを着て部屋に戻り、カーテンを開けて清々しい朝日を全身で浴びた――
部屋の中が太陽の光で一杯になると、役目を終えて申し訳なさそうな照明をそっと消して、寝る前に用意しておいた朝食を平らげた。
お気に入りのコーヒーを飲みながら、のんびりと今日の予定を頭の中で確認をして寛いでいた。そして、立ち上がるとテーブルを片付けて、着替えをするために部屋を移動した――
バス・ローブを脱いでアンダー・ウエアを着けると、プロテクターの入ったウエアに袖を通し、ライディング・ブーツを履いてガレージに向った――
ガレージの厳重なセキュリティを解除してに中に入ると、バイクのスマート・キーを手に取った。予約をして数か月待ち、三週間前に納車したままの新車がそこに在った。
仕事が忙しく休みが取れなかったので乗れる日を心待ちにしていたのだ。既に準備しておいた荷物は完璧にパッキングがしてあり、パニアとトップケースに分けて入れると、「START」ボタンを押した。ほんの僅かなクランキングの後、エンジンは目を覚まし、力強く静かにアイドリングをしていた。
準備運動とストレッチを済ませてヘルメットを被り、顎紐を留めるとグローブを嵌めてバイクに跨った。軽くスロットルをブリッピングして、ギアを入れようとした瞬間、クラッチ・レバーが無い事が最新型の素性を物語っていた――
そして、国道へ出て走り出すと、東京インター・チェンジから東名高速道路に乗り名古屋方面に向かった。
空は快晴で、ゴールデン・ウイーク前にツーリングが出来て本当に嬉しかった。
バイクは路面を滑る様に走っていた――
御殿場から新東名高速道路に入ると休憩のためNEWPASA静岡に寄った。
飲み物を買い、喉を潤すと給油をして出発した。
時刻は八時十分を過ぎていた。
フル・タンクのバイクは絶好調で、先進的なサスペンション機構のおかげで、乗り心地がすこぶる良く名古屋から岐阜に行く計画だったが、これなら「もっと遠くまで足を延ばそうか」と考え直していた。
浜松浜北ICを過ぎると、道路も順調に流れていたので、少し速度を上げて追い越し車線に進路変更をした――
ワン・ボックスやミニ・バンを軽く追い越して、バイクは軽やかに走った。浜松スマートICに向かう途中、遥か前方を走る大型トラックが、後方から迫って来るバイクに気が付いたかのように左に寄った。すると、今度はその大型トラックを追い越そうとして、観光バスが右車線に出た。津村のバイクはあっと言う間に追い付いていた――
吉田は浜松スマートICの坂を下りて合流する予定だった。
しかし、その時に何故か突然、忘れ物を思い出して、取りに戻る事で頭が一杯になってしまった。
又、その日は連続工事規制中でパイロンが並んでいた事で、錯覚してしまったのだ。
運悪く道路状況は空いていて、逆走している事に気が付かなかった。
運命の八時五十分迄、ほんの僅かだった――
逆走車に気付いた観光バスが急ハンドルを切って左に寄ると、後続のバイクと車は正面衝突をした。お互いに何が起こったのか分からず、ブレーキを踏む余裕さえなかった――
只、最新型のバイクには「AIRBAG」が装備されていたため、衝突の衝撃の殆どを吸収していた。
お陰で津村は車の屋根の上を華麗に飛んで行き、何回転したのか分からない程「くるくる」と回り、見事に足で着地して尻もちをつき、肩と背中に転がった時に出来た擦り傷が有る程度で殆ど無傷だった――
吉田は驚いて気を失っていたが、同じ様に「AIRBAG」が開いた事で、衝撃が吸収され、シート・ベルトの装着も手伝って怪我はなかった――
津村は立ち上がって二次災害を防ぐため、辺りを見回した。幸い後続の車も少なく直ぐに相手のドライバーの救護に向って走った。
そして、通報するためポケットからケータイを出して、電話を掛けようとした時に、画面を見て目を疑った―――
連絡先に倉持陽菜の名前が有り、車のドアを開けた瞬間、記憶の底で「何か」が繋がった。
「吉田さん!」と大きな声で呼び掛けると、意識が戻って「津村さん!」と返事をした――
死者の選択をした津村が生きている事に吉田は驚いて再び気を失いそうになった――
「吉田さん、オレは死ななくて良い事になったんだよ! サインしなかったんだよ
身辺整理をして全てが解決したんだ! だからお互い生きているんだよ!」
「お互いに死ななくて済んだんだね。神様のお陰だね。良かった、本当に良かった
ありがとう。ありがとう津村さん」
――ふたりは感動の再会を果たしていた。
お互いに喜び抱き合っている姿を見て、通報を受けて駆け付けた警察官も道路公団の人達も「事故のショックで頭がおかしくなったのでないか?」と心配をして、無傷だが念のため救急車を手配した。
――実況見分も終わり、調書にサインをしてふたりは解放された。
玄孫が生まれたら必ず連絡する事を約束し、互いに帰路に就いた――