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はじめてのお留守番。

 棟梁は呆れてしまったが、このまま引き下がっては職人の名折れだと覚悟を決めて、新たに尾原家のお嬢様の仕事をやる奴はいないかと声を掛けた――



「何でぇ、何でぇっ! どいつもこいつも、チンとして黙りやがって。昨日の威勢はどうしたってんだよっ、おうっ!」


「棟梁、高飛車なお嬢様が施主じゃあねぇ……やり辛いったらありゃしねぇ。オマケに棟梁に負けねぇ頑固頭だと聞けば、そりゃあ、誰もやりたがりませんぜ」


 そこへ、仕事をひと段落着けて一服をするために、ひとりの職人がやって来た――


「おうっ、なんでぇ、なんでぇ、どいつもこいつもシケた面して。手を放してフーセンが飛んで行っちまった女の子みてぇにメソメソしやがって。上を見たって天から銭は降って来ねぇし、下を見たって十円玉も落ちてやしないぜ」


 一同、更に落ち込む中、事の成り行きを説明すると、その職人が膝を叩いた――


「よぉーしっ、分った。棟梁、おいらが行きますよ」


「あんだって? 待たねえか、康平。お前ぇに行かれちゃ、こっちが困るってんだよ」


「棟梁っ! それじゃあ、職人の面目丸潰れですよ。その、傲慢で高飛車で石頭のトンチキなお嬢さんの鼻っ柱へし折って、立派に仕事をして来るってぇ、言ってるんですよ」


 職人一同、腕を組み、足を組み、思案した――


「そうさなぁ、それも仕方がねぇ。乗り掛かった船だぁ、そうしておくんなっ」


「へいっ!」



―― 尾原家 本館


「お嬢様っ! まーた、職人達が帰っちまっただよ。無理難題を押し付けても仕方ないだよ。旦那様が帰る前に終わらせる約束ですだ」


「瞳さん、そんな約束をした覚えは有りません。第一、無理難題など申しておりません、注文通りに出来ない事が問題なのですっ!」


「お嬢様の注文が無理難題ですだ。とにかく、旦那様もいねぇし、オラは買い物に行かなければならねぇだよ。申し訳ありませんが、お留守番をお願いしますだ」


「まぁ、呆れたっ! この私に命令するだなんて、酷い仕打ちねっ!」


「仕打ちだなんて……皆、忙しいですだ。それでは買い物に出かけて参りますので後はよろしくお願いしますだ」


 乳母の瞳が出て行ってしまい、たったひとり邸宅に残された麗華は淋しさから涙が込み上げて来た。そして、暫くすると怒りに変わっていた――


「『皆、忙しい』だなんて……私だって暇を持て余してなんかいませんっ! どうして誰も分かってくれないのっ! 悔しいっ! 悔しいっ! 悔しいっ! 悔しいっ! 悔しいっ! 悔しいっ! 悔しっ……」



〝 カン、コーン、カラララ―ンッ! カン、コーン、カラララ―ンッ! ”



「ごめん下さぁーい。尾原様、宮大工の丸山康平と申します。喜多美神社から参りました。どうか開けておくんなさいませぇー」


「はっ! 性懲りもなく、またやって来たっ! この私が職人の出迎えなどっ……くっ、腹立たしいっ!」


 麗華は長いスカートを両手でたくし上げると、ヒールの音を響かせながら脱兎の如く本館の階段を駆け下りるや、大きく重い玄関ドアを開け、百五十メートル先の門まで速足で駆けて行った――


「はぁ、はぁっ、職人さん、今度は大丈夫なのかしら? どうぞ、ふん、ふん、ふんっ」


「こんにちは。あのぉ……お嬢様。だいぶ息が切れている様ですけど……」


「大丈夫ですっ! 余計な事は言わなくて良いですから、案内します。ふぅ、ふぅ、ひぃっ」


「あれっ? あの、お嬢様……あちらの邸宅では?」


「物覚えの悪い人ね。たった今『余計な事は言わなくて良い』と言ったでしょう? 同じ事を何度も言わせないで。黙って付いてらっしゃい」


「へいっ! なるほど、棟梁そっくりだ……」


「何か言いましたか?」


「いいえ、何も……」



 麗華に案内されたのは、邸宅に広がる庭園の東側だった――


「これがサウナです。分かりましたか?」


「はぁはぁーん、なるほどねぇ。こりゃぁ驚いた。お嬢様のサウナだなんて言うから、てっきり、こじんまりとしたホーム・サウナかと思いきや、フィンランド直輸入の超本格サウナ・ハウスじゃありませんかっ! 豪儀だぜぇ……彼奴アイツらわざと黙ってやがったなぁ、畜生めっ!」


「何ですか? 何か言いましたか? 私は『きちんと仕上げて下さい』と言っただけです。それなのに、尻尾を巻いて逃げ出すだなんて。職場放棄など言語道断ですっ! 職人が聞いて呆れます。宮大工とはその程度なのですか? きちんと仕上げて頂きたいのです。出来ますか?」


「へいっ。おっと、その前に、二、三お尋ねしますが、このサウナ・ハウスの何処が気に入らねぇのか……おいらにはサッパリ分からねぇんですけど……お嬢様はどうすれば気が済むんでやんしょう?」


「呆れた、この状態を見てもサッパリ分からないだなんて、あなた、高卒? 馬鹿なの? 何も分からない? そんな人がきちんと仕上げられる道理が有りません。もう、結構ですっ! お引き取り下さいっ!」


「まぁ、まぁ、落ち着いて……そう怒らないで下さい。女のヒステリーってぇのは、どーもっ、苦手なもんで、へいっ。あっ、ちなみにおいらは中卒なんで。もっと言えば、ガキの時分から門前の小僧で働いていましたからねぇ、小卒なんです。お間違いの無い様に、あっはははははっ」


「ぐぬっ、何が可笑しいの? 可笑しくなんか有りませんっ! 馬鹿にしないでっ! サッサと出て行きなさいっ!」


「あぁっ、ちょっ、ちょっと待っておくんなさいよ。そう慌てては出来る物も出来ません。ましてや、良い物なんて出来ゃしませんよ。娘のためにと旦那様が注文してくださったサウナ・ハウスだぁ、お嬢様も完成する事をお望みなんでしょう? だったら、少しっくれぇは辛抱しておくんなさい」


「辛抱? この私に指図するなんて有り得ないっ! うっ、良いでしょう。そこまで言うなら、確りと満足出来る物を作って頂きます。男に二言は有りませんね?」


「へいっ!」


 麗華は康平が易々と返事をした事に驚き、悔しさから即座に言い返した――


「もしも、満足出来ない場合は……お支払いもしませんし、只では済みませんよ」


「勿論ですとも。お任せ下さい」


 康平が正対し深々と頭を下げた事で、麗華はそれ以上、何も言えなくなり丸く収まった様に見えた。だが、麗華はこれ迄の職人達とは違う、康平の自信と堂々とした態度に動揺していた――






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