勘違いに見当違い。
めぐみが急いで授与所に行くと、そこには麗華と乳母が待っていた――
「麗華さん、こんにちは。お待たせしました、どうかしましたか? 何か問題でも……」
「こんにちは、めぐみさん。先日、有難い御守りを授けて頂いたのにも拘わらず、悪い事ばかりが起きてしまいました。一体どう云う事なのか、お伺いしたいと思い、こうして参りました」
「あっ、はい、一体どう云う事だと……言われましても……その、クレーム対応はしていないもので……」
「めぐみさん。クレームだなんて心外です。そんな罰当たりな事を私がすると思って?」
「あのぉ、めぐみさん。お嬢様はその逆ですだ。有難い御守りを授けて頂いたにも拘わらず、悪い事が起きるのは『自分の生活態度に問題が有るのではないか』とお考えですだ」
「あぁ、こ、これは失礼いたしました。それで、お祓いをしたいと……云う事なんですね?」
めぐみはケータイを取り出し、麗華を測定したが画面にアラートは無かった――
「麗華さん、大丈夫です。お祓いの必要は有りませんよ」
「必要は無いと。そうですか……それなら良いのですが……」
「御心配無く。麗華さんの生活態度は全く問題は有りません。あの、お尋ねしますけど……悪い事って……何が有ったのでしょうか?」
「だいぶ前の事になりますだ、お嬢様は旦那様に健康の為『日帰り温泉施設に行きたい』と言っただよ。そしたら『大衆浴場など許さんっ!』と酷くお怒りになっただよ。それでも、旦那様はお嬢様の希望に沿うようにと自宅にサウナを注文しただよ」
「うらやまっ! あっ、失礼しました。でも、自宅にサウナだなんて、良い事尽くめじゃないですか?」
「お嬢様はそのサウナが気に入らないだよ。それで旦那様と喧嘩になって、施工に来ていた職人達とも喧嘩になっただよ。そんで、とうとう職人達が引き揚げちまっただよ」
「瞳さんっ、それでは私が悪いみたいでは無いですか? 亡き母上の気持ちを考えない父上と、無礼な職人達が悪いのですっ! 私は一ナノメートルも間違ってなどいませんっ!」
「一ナノメートルは10億分の1メートル。大きく出た様に見せて実は繊細で、間違いはゼロでは無いという保険も掛かっている……流石だっ!」
「めぐみさん、感心している場合では無ぇだよ。サウナは工事の途中で放置されたままで、旦那様は急用でシンガポールに出掛けてしまっただよ」
「ですけどぉ、単なる行き違いだと思われ……」
そこに、仕事の段取りを付け、養生を済ませて帰る宮大工の職人達が通りかかり、めぐみ達の話に割って入った――
「そうさなぁ、ホームサウナ位なら直ぐに施工も終わるだろう。どうだい、お嬢様のために一肌脱いでも構ねえってぇ、思う奴ぁ手を上げろぃ!」
麗華の美貌に心奪わて、殆どの職人が挙手をした――
「ばかやろめっ! 皆いなくなったら、こっちの仕事が出来ねぇじゃあねぇかっ! そうさなぁ、お前とお前とお前に、お前が行けっ! 分かったな」
「へいっ!」
「これは、ありがてぇですだ。こんなご縁はめったにねぇ、奇跡ですだっ!」
「瞳さん、それでは皆さんに住所を教えて下さい。明日の朝一番でお願い致します」
「麗華さん良かったですね。これで解決しますよ」
「ありがとう、めぐみさん。此処へ来て良かった。ごきげんよう、さようなら」
職人も麗華も去って行き、参道に冬の風が吹き抜けて行った――
「本当に奇跡の様なタイミングだったけど、寄進したのがご縁で結ばれた訳だから必然なのよねっ。うふふふっ」
―― 十二月四日 大安 丙戌
喜多美神社は神聖な空気と職人達の活気ある声と、小気味良い音に包まれていた――
〝 コンコンコンコンコンッ ″ 〝 タンタンタンタンタンッ ″
〝 トントントントンタンッ ″ 〝 カンカンカンカンコンッ ″
「あぁ、何時も大切に使っていたけど、やはり傷んでしまうのよね。直して貰えて嬉しいわぁ」
「典子さん。腕の良いぃ、宮大工の皆さんがぁ、建具の調整やぁ、細かい仕事ばかりでぇ、気の毒なんですよぉ、宝の持ち腐れなんですよぉ」
「でも、丁度、仕事が切れていた訳ですし。麗華さんの家の仕事も請け負って御の字じゃないですか?」
授与所で談笑している三人の前を麗華の家の工事に行った四人の職人が通り過ぎて行った――
「あら? もう、終わったのかしら。やっぱり、腕の良い職人は仕事が早いわねぇ」
「典子さん、幾ら何でもぉ、早過ぎなんですよぉ、あの神妙な面持ちからしてぇ、何か有ったにぃ、違いないんですよぉ」
「そうですよね……ちょっと、様子を見て来ます」
めぐみは職人達の後を追う様に、神楽殿の棟梁の元へ向かった――
「おうっ、帰ったな。ご苦労さんよ。だけど、お前ぇ達、早いじゃねぇか?」
「棟梁、話が違いますよ、ホームサウナだと言うから行ったのに。トンデモないですよ!」
「それに、あのお嬢様、ありゃぁ、とんでもねぇジャジャ馬です。その上、棟梁にも負けねぇ、頑固頭と来たモンで、へい。もう、行くも地獄、帰るも地獄、なんで、へい」
職人達は口を揃えて「勘弁して下さい」と言うばかりだった――
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