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風と共に来たりぬ。

―― 十一月二十四日 大安 丙子 


 喜多美神社は神聖な空気と静寂に包まれていた――


 冬の冷たい空気が神社をより一層、神聖なものにしていたが、参道を一陣の風が吹き抜け、鳥居の向こう側に黒塗りのセンチュリーに警護されてRolls-RoyceファントムVIが見えると、神職の者が緊張した面持ちで授与所の前を横切り、出迎えに行った――


「紗耶香さん、何か……偉い人でも参拝に来たのでしょうか?」


「めぐみさん。本来ぃ、神様の前でぇ、偉いとかぁ、無いはずなんですよぉ」


 そこへ、典子が社務所から息を切らせて駆けて来た――


「めぐみさん、紗耶香さん、大変よっ! 尾原財閥のお嬢様がお見えになったのよっ! 莫大な寄進が有ったそうなのっ、お出迎えよっ!」


 警護の者は鳥居をくぐらず、神職の者の案内で参道をゆっくりと歩いて来たのは、尾原財閥の御令嬢と乳母だった。授与所の前で整列する巫女に軽く会釈をして手水屋で手と口を清め、拝殿に昇殿した――


「めぐみさん、紗耶香さん、どうやら狛江ばばあと世田谷夫人を遥かに超える額らしいわよ。ビックリよっ!」


「典子さん、そんなぁ、金目当てみたいな事をぉ、新嘗祭が終わったばかりでぇ、良く言えますねぇ、感謝する心を忘れたらぁ、人間お終いなんですよぉ」


「何よ、紗耶香さん、だから感謝しているのよ? 寄進した人に申し訳ないでしょう? 大体、自分だって西の横綱、東の横綱と言って、番付見て喜んでいたクセに、良い子ぶらないでよ、ふんっ!」


「まぁまぁ。しかし、この不景気な世の中で莫大な寄進をするなんて、尾原財閥って凄いお金持ちなんですね。警護の方が鳥居をくぐらないと思ったら、神社の周辺を見回りしていますよ。それに、あんな凄い車、見た事が無いですよぉ……」


 暫くすると、尾原財閥の御令嬢は祈祷を済ませ、神主と神職の者と会話をしていた。そして、挨拶を済ませて授与所の前に差し掛かると、付き添いの乳母が駆け寄って来た――


「あの、此方に鯉乃めぐみってえ、人はおるだか?」


「あっ、はい。あそこで竹箒を持っているのが、鯉乃で御座いますが……」


「ありがとうごぜぇますだ」


 乳母は参道の脇で掃除をしているめぐみの傍に行くと、背中越しに声を掛けた――


「ごめんくだせぇ。鯉乃めぐみ様」


「えっ! はいっ、わっ、私に何か? って云うか、どうして私の名前を知っているのでしょうか?」


「大したパワースポットだと聞いて来ただよ、麗華お嬢様が話があるだ。麗華お嬢様! 此方のお方が鯉のめぐみ様ですだっ!」


 乳母に案内されて歩いて来る麗華の姿は、髪の毛を編み込んで纏め、優しい眉に宝石のような瞳、小さく可愛い鼻に、更に可愛らしく、ふっくらとした唇が艶を湛えていて、美しい首筋と折れてしまいそうな華奢な肩、たわわな胸元、くびれたウエスト、丸いお尻から地面までフェードアウトするかの如く細く綺麗な足で、足取りも軽く、この世の人間とは思えない程だった――


「はっ、初めまして、鯉乃めぐみと申します……」


「初めまして。尾原麗華です。めぐみさん、ご機嫌如何?」 


「はいっ、ご機嫌は……まぁまぁです、はい。あ、あのぉ……私に話とは?」


「うふふっ、怪訝そうな顔ね。父が懇意にしている方が『結婚に消極的な男性の縁を結んだ奇跡が起こる神社』が有ると教えてくれたそうです。それを聞いた父は、私が良い縁談に恵まれる様にと、此処に赴くよう命じたのです」


「命じた……のですか? 消極的な男性? 奇跡? 全く心当たりが無いのだけれど……」


「尾原財閥は沢山の弁護士を雇っているだよ。弁護士事務所の所長さんがこの神社を紹介してくれただよ」


「弁護士事務所!? えーっと、もしかして……分かった! 藤田和彦さんの事ですねっ!」


「んだ。オラは奥さんの美容室の客ですだ。これは、きっと、何かの縁だと思ってパーマを当てながら話したら、めぐみさんに会って御守りを貰う様に言われただよ」


「あぁ、そう云う事でしたか……」


「御理解頂けた様ね」


「はい。それでは、準備しますので、授与所の前でお待ち下さい」


 めぐみはそう言い残すと、竹林に身を隠し、神官に連絡をした――


「あっ、もしもし、めぐみです。エラーコードは出ていないのですが、御守りを渡しても良いものか、一応、確認の為、連絡をしました」


「もしもし、めぐみ様は恋の女神ですから、御守りを渡しても問題は無いと思われます。只、極稀にそれが元でエラーが発生する事が有る事を御承知おき下さい」


「極稀ねぇ……あれだけお金持ちで綺麗なお嬢様に問題なんて有るはずがない……よしっ! これで、またひとつ恋が生まれ、幸せがふたつに増えるのよ。うふふふっ」



 授与所に向かうと、何時の間にか一般の参拝客が居て、授与所で御守りを眺めていた――


「うわぁ、これが喜多美神社の恋愛成就の御守りなんだぁ。可愛い」


「ネットの情報ではぁ、開運の御守りとセットで購入するのがデフォなんだって」


「じゃあ、そうしよっか。うふふふっ」


「うんっ!」


「すみません、このぉ、開運と恋愛の成就の御守りを下さいっ!」



 楽しそうに会話の弾んでいる女性達に、冷ややかな視線を送る麗華がいた――







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