破壊と再生。
大輔が座り込んでいるのを見かねた通行人が声を掛けた――
「あの、おじさん、大丈夫ですか? 何処か具合でも悪いのですか?」
声を掛けて来たのは女子中学生だった。大輔が驚いて周囲を見回すと、何時もと同じ様に通行人の中には女性が居て、日常が戻っている事に安堵した――
「あぁっ、大丈夫。ありがとう…………今のは、夢だったのだろうか? 夢が現実で、現実が夢だなんて……あり得ない」
大輔は出社して仕事を始めると、変わりの無い職場の状態に、何時もの自分を取り戻していた。そして、お昼休みに交際中の女性にランチに誘われて出掛けた――
「ねぇ、大輔さん。お話したい事が有るんですけど」
「何だい?」
「離婚したって聞いたんですけど?」
「あぁ、もう君の耳に入ったんだね。別に隠していた訳じゃないんだけどさぁ、これで晴れて君と一緒になれるから、安心して良いよ」
「安心? 御冗談でしょ? 奥さんが居るからこそ、安心して遊んでいられたのに、残念ね。私達、もう、終わりにしましょう」
「ちょっと、待ってくれっ! 遊びだなんて、そんな言い草が有るかっ!」
「会社にバレたら困るのはあなたの方よ。これ以上、付き纏わないで。さよなら」
大輔は放心状態だった。そして、会社に戻り給湯室の前に差し掛かると、女子社員の話し声が聞こえて来た――
「まったく、ハニトラを真に受ける男って、どーよ?」
「でもさぁ、離婚して出世コースからは外れたんだから、御の字じゃない?」
「まあね、結果オーライって事で」
「あんなオッサンの相手しなくて済んで良かったじゃないの。きっと、奥さんも離婚して清々しているよ」
「社内政治に疎い男なんて、結局は自滅する運命なのよね」
〝 ア――ハッハッハッハ、ウケるぅ――っ! ″
大輔は夢でも幻でもない現実を受け入れるしかなかった。そして、たった一人の運命の人を手放してしまった自分を呪った――
喜多美神社は和やかな空気と楽しい笑い声に包まれていた――
「七五三も今日で終わり。大方の人は昨日までに済んで居るから、今日は落ち着いて仕事が出来るわね」
「十一月十五日がぁ、月曜日でぇ、良かったですよぉ。日曜日に重なっていたらぁ、パニックですよぉ」
「典子さん、紗耶香さん。この二週間弱、毎日がキラキラしていましたよ。子供たちの成長が楽しみですねぇ。うふふっ」
日も傾き、冷たい風が吹いて来ると、七五三の親子連れの姿も無くなり、喜多美神社は静寂と神聖な空気を取り戻していた。めぐみは神官に進捗状況の確認をする為、ケータイを手に取った――
「おや? 何かメッセージが入っている」
〝 めぐみちゃん、此方は全て完了したからね。何も心配しなくて良いよ。駿 ″
「おぉっ! これで、沙織さんも大輔さんも幸せになれるのね、良かった。今度会ったらお礼を言わなくては」
めぐみは神官に確認する必要は無いと判断して、帰り支度をする事にした――
「めぐみ姉ちゃ—―――んっ! 迎えに来たよんっ!」
「あら、珍しい。どうしたの? 神社に迎えに来るなんて、随分と久しぶりだけど、新作のパンでも持って来てくれたの?」
「パンなら何時でも焼いてやっからっ! 一緒に帰りましょうよ。めぐみ御姉様。うふっ」
「あ。そう云う事か、でも、駿さんが来るか分からないわよ」
「良いの良いの。貴重なチャンスを逃す訳には、参りませんから。おほほほ」
「キモっ! 七海ちゃん、ぶりっ子は駿さんの前だけにしてね」
帰宅して暫くすると、竹見和樹がやって来た――
〝 ドンッ! ドンッ! ドンッ! ″
「鯉乃めぐみは居るか?」
「ヤベぇ、ガサ入れだっ!」
「もうっ、違うでしょう。和樹さん、開いてますから、どうぞ」
「失礼する。やあ、めぐみさん。この間の件は上手く行ったのかい?」
「ええ。お陰様で全て解決しました。有難う御座いました」
「それは良かった。おっと、七海ちゃん来てたのか」
「見りゃ分かんだろぉーがっ! はい。粗茶ですが、どーぞ」
七海が急須からお茶を淹れて差し出した――
「これは有難い、地上に来ると喉が渇いて……あっちっちち! うんっ、旨いっ! さっぱりしていて乾いた喉には最高だっ! あっはっは。おい、どうした? 七海ちゃん……元気が無いな」
「良いんよー、ほっといて。あっシの願いは叶わないんよ。待ち人来たらずって事なんよー、はぁ……」
「和樹さん、七海ちゃんはねぇ……」
〝 ピンポーン! ピンポーン! ピンポーン! ″
「めぐみちゃんは居るかい?」
「待ち人っ、来たぁああぁ――――――――――――――あっ!」
七海は瞬時にテーブルの上を飛び越え、回転レシーブさながらに玄関ドアのノブ掴み、髪型を整えると駿を出迎えた――
「こんにちはっ! 駿さん、いらっしゃい。またお会い出来て嬉しいです。さぁ、どうぞ、お上がりになって下さい。へけっ!」
「こんにちは、めぐみちゃんの妹の七海ちゃん。上がらせて貰うよ」
駿が微笑みながら、頭を良い子良い子、撫で撫ですると、七海のテンションはMAXになった――
「和樹ちゃん、来てたんだ、久しぶりだね。めぐみちゃん、この間ヘルメットをそのままにしてゴメンね」
「御免だなんて、とんでも有りませんよ。此方こそお世話になりました。ヘルメットはあそこに。それと、ハンカチなんですけど、一応、洗ってみたのですけど、少し焦げちゃったみたいで……」
「あぁ、気にしないで。また新しいの、買うからさ」
駿は話しながらマフラーを取り、モッズコートを脱いだ――
「駿さん、どうぞお掛けになって。今、お茶を淹れますから。うふっ! やぁだぁ、めぐみ御姉様ったら、こんな出涸らしじゃなくて、良いお茶っ葉が棚に有るのにぃ……今、淹れ直しますから、少しお待ち下さいねっ、うふふっ、ふんふんふんっ」
めぐみと和樹は飲みかけの出涸らしのお茶を見つめ、七海の豹変ぶりに「どよん」とした。そして、今まで見た事の無い七海のキラキラと輝く瞳に圧倒されていた――
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