ハートに火を着けて。
めぐみは簡単に挨拶をすると、外は寒いからドアを閉めて中へ入る様に言った――
「どうぞ此方へ」
「ああ、すまないね。あれ? お客さんが居る様だけど……」
「あっ、紹介します、中俣七海ちゃんです。友達って云うか姉妹みたいな関係なんですけど……」
モッズ・コートを脱ぎ、顔まで巻いたスクールマフラ―を取ると、ツイードのジャケットにタイドアップした超美青年が現れた――
「はっ、はじめまして。中俣七海と申します、ですっ!」
「はじめまして、めぐみちゃんの妹の七海ちゃん。僕は火野柳駿。よろしくね」
ワイルドでマッチョなタフガイ、竹見和樹とは違い、エレガントでジェントルでありながら、ちゃん付けで、一瞬にして間合いを詰める火野柳駿に七海の心はザワついた――
「めぐみちゃん、早速、話を聞かせて貰おうか。おっと、その前にこれを」
駿はモッズコートのポケットから、たい焼きを、そして、内側のポケットからそっと小さな花束を取り出しめぐみに差し出した――
「お持たせですが。どうぞ」
「ありがとう、めぐみちゃん。此処のたい焼きは絶品なんだよ。あんこが尻尾迄入っているなんて事では無く、おばあちゃんが毎朝、小豆を炊いていてね、下手な和菓子屋のあんこよりも美味しいんだよ。さぁ、七海ちゃんも遠慮しないで、どうぞ召し上がれ」
七海は高級洋菓子店の焼き菓子とアールグレイが似合うルックスとは裏腹に、庶民的で人情味を感じさせるギャップにメロメロになっていた――
「うん、美味しい、甘さもクドく無いし。いやっ、この小豆の柔らかくてほっこりした感じがクドい甘さを消しているのね。お茶が良く合うこと。ねっ、七海ちゃん。七海ちゃん?」
「うん、あっぁ、そ、そうですね。本当に美味しいわ」
「はぁ? 何気取ってんのよー、やーねぇ。何時も『ゲロ旨だぜっ!』とか『ちょー旨いんだけど、ヤバくね?』とか言っているクセに」
「や、やぁー、だぁー、私そんな事、言ったこと無いしぃ、めぐみお姉さまったら意地悪ね。へけっ」
めぐみはヤンキーキャラからぶりっ子キャラに華麗な転身をした七海にどよんとした――
「めぐみちゃん、僕の力を借りたいそうだけど、何が有ったの? 話してごらん」
「はい、実はある女性の事なんですけど……その女性の問題はほぼ解決したにも拘らず、元旦那に問題が有る様で、私の力ではどうにもならないのです」
「未解決のまま、新たな問題が生まれたと云う事だね。その元旦那の住所は彼女が喜多美神社で祈った時に言った住所に間違いは無いね?」
「はい、離婚する前でしたから、間違いありません」
「その元旦那の深層意識に入り込む必要があるね。急ぐのなら今夜にでも行ってみよう。それで良い?」
「本当ですかっ! 有難う御座います。でも……行ってみようって、どういうことですか?」
「ふたりで一緒に行くんだよ。この案件はひとりでは無理なんだ。めぐみちゃん、弓の腕前は良いそうだね。それを持って来て欲しい。良いね」
「はい。分かりました」
「それでは、僕は帰るよ、お邪魔したね。七海ちゃん、楽しかったよ、またね。さようなら」
七海は部屋から飛び出し、階段を下りていく駿の後ろ姿を見送った――
「さ、さよなら、また来てくださいねっ!」
駿は振り向かないまま手を上げてOKのサインを送った。そして、スクールマフラーを顔まで巻きヘルメットを被ると、停めておいたスーターに跨りキック一発でエンジンを掛けて、走り去って行った――
〝 ベべベンッ、ベンベンッ、ベンベッ、ベェ――ンッ、ベベェ――――ンッ、 ″
「ヤヴァいよ、めぐみ姉ちゃん! キラキラしてるっちゅーの! スクーター、マジ、カッケーッ! 単車なんかダサくて無理っ!」
「七海っ! 何がめぐみお姉さまだよっ! 異性の前で露骨に態度を変える女は嫌われ者ナンバーワンだっちゅーの!」
「ちげ―—よっ! あんだけ露骨に態度変えてんだから、気付けっちゅーのっ! この鈍感女ナンバーワンがぁ――――っ!」
「あっ。 私が、悪者にされている……んで、何やってんの?」
「検索検索! あのスクーターは、えっと、ベスパって言うんだ……ふむふむ、2ストでハンドチェンジ、フェンダーライトのバーハンドルモデルはローマの祭日でグレゴリー・パックとオードリー・ヘップボーンが乗り、スクリーンに登場した事で有名……なのかぁ。なんか洒落乙だお……ロマンちっくだお……ニケツしてぇ――っ! あっシもオードリーになりて――ぇ、マジで!」
「ほれほれ、直ぐに尻尾を出して。七海ちゃんには『あっシ』が似合っているよ」
「めぐみ姉ちゃん、断っておくけど、駿に唾つけたのあっシが先だかんねっ! あぁ、こんな真冬に、灼熱の太陽の様に身も心も焼き尽くす……燃える様な恋に身を捧げたいっちゅーの!」
「まぁ、ある意味合っているよ。火の神だから、グフッ」
「めぐみ姉ちゃん、今夜ふたりで一緒にイクの無しだかんねっ! あっシが先だかんねっ!」
「はいはい。どうぞお先に。って、違うよ、巫女の任務だっちゅーの!」
「めぐみ姉ちゃん、任務に託けて手を付けたら、只じゃ済まないかんなっ! いや、手を出さないで下さいっ! お願いしますぅ――っ!」
「出さねぇ――しっ! 任務なんですっ!」
めぐみは七海を家まで送って行き、帰宅すると弓の準備を整え任務に備えた――
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