思い出の海岸へ ―ウミガメと恋の女神と。
暫く海岸を散歩して、ふたりは砂浜に腰を下ろした。津村は死が迫っている事を思い出していた。
――これまでの誤解を解いて、感謝の言葉を伝えたかった。
「陽菜ちゃん、写真週刊誌の事なんだけど、あれは誤解なんだよ」
「知っているわよ。写真週刊誌が発売になる前日に、藤城さんから連絡が有ったの『潔白です、私とは仕事の関係以外は有りません、武史さんの事を信じて下さい』そう言って泣いていたわよ」
「本当かい? オレにはそんな事、一言も言わなかったのに……」
「彼女はあなたの事を愛しているわ。だから、言えなかったのよ」
それを聞くと津村は下を向いて黙り込んでしまった――
「その後、彼女が言う通りこの町にも来たのよ、写真週刊誌の人達が。でも、直ぐに近隣住民や保護者に通報されたの。
可笑しかったわ、女子校の周りで見慣れぬミニ・バンがウロウロしているものだから、パトカーが二台も来て警察官に取り囲まれて、職務質問されたのよ。
それでスライド・ドアを開けられて、乗っている人が降りて来たら手には高価な望遠レンズの付いたカメラでしょ? もうコッテリ絞られて顔が真っ赤だったわ」
「そんな事が有ったのか、いやー迷惑掛けてしまったね。何だか……こっちまで恥ずかしくなって来たよ、ごめんね。そうか……それで連絡が来なくなったのか、知らぬ事とはいえ、嫌われて当然だな。本当に申し訳ない!」
そう言って頭を下げ謝罪をすると、陽菜は打ち消すように言った――
「良いのよ、謝らないで。あえてケータイを替えたのは正解だったのよ。武史ちゃんが連絡して来たら私も嘘は吐けないし……学校に報告に来た警察の人から何となく聞き出したのだけれど、仕事では随分と敵を作っていたみたいね。あなたのライバル会社がリークして書かせたらしいわ」
「あぁ、分かっているよ、そうなんだよ。オレは自惚れていたんだよ。死ぬなんて思ってもいなかったから、何時でも穴埋めする事は出来るし、何時か分かって貰える、そう高を括っていたんだよ。でも、人は『マリオンのゾウガメ』の様に長くは生きられないからね。まさか死ぬなんて……」
陽菜は何の事か分からなかった――
「ん? ねえ……何を言っているの?」
津村は惜別の思いを込めて話した。
「陽菜ちゃん、信じられないかもしれないけど確り聞いておくれ。実はね、オレにはもう時間が無いんだ。今朝の八時五十分頃に交通事故に遭って死んだんだよ。
死ぬまで一番大切な物が何か分らなかったなんて……いや、死ぬ事で本当に大切な物が何なのか良く分かったよ。振られたと思い込んで、君に会う事すら怖かったんだからね。だけど、最後に君にだけには感謝の気持ちを伝えたかったんだ。
誰とも上手くやれないオレを何時も見守ってくれて、ありがとう。
こんなオレを支えてくれて、本当にありがとう。
そして、陽菜ちゃんと『最後の時間』を与えてくれた、天国主大神様に心から感謝しているよ」
陽菜は突然の告白に混乱した――
「私と別れたいならハッキリそう言って……私は教育者になるのが夢だった。だから、武史ちゃんに付いて行けなかったの。なのに、武史ちゃんが夢を実現しているのを邪魔する事なんて出来なかったわ。身勝手な事は言えなかったのよ。藤城さんの事が大切なら私の事は忘れて良いのよ……武史ちゃんの人生なんだから」
「違う! 彼女は一緒に夢を追いかけた仲間に過ぎないんだ。オレが愛しているのは君だけなんだよ!」
陽菜は泣き出してしまい、津村が抱き寄せると、その腕の中で言った――
「どうして、そんな嘘を吐くの! 死ぬわけない! 生きているじゃないの!」
「本当なんだよ、分かっておくれ。ごめんよ、本当に。こんな形でさよならする事になるなんて、許しておくれ」
「武史ちゃんは死んでなんかいない! 秘書のめぐみさんとふたりでスーパー・カーに乗って此処まで来たのを忘れたの?」
そう言って津村の顔を見上げた瞬間だった。
肩越しに遠くに見えたのは巫女装束に着替えためぐみだった。白い小袖の上に千早を羽織り、頭には前天冠を着け、長い黒髪を後ろで絵元結にした姿が、月灯りに照らされて真っ白く光り輝き浮かび上がっていた――
陽菜はその神々しさに息を飲み、声も出なかった――