ヤンキーでパリピなの。
喜多美神社は神聖な空気と静寂に包まれていた――
「典子さん、紗耶香さん。お早う御座います」
「お早うっ! めぐみさん、今日も一日よろしくねっ!」
「お早う御座いまぁーす。めぐみさん、典子さんがぁ、やっとクソーゲーから卒業したと思ったらぁ、今度はマッチング・アプリにハマっているんですよぉ、注意して下さいよぉ」
「マッチング・アプリ……ですか?」
「ちょっと! めぐみさんに言わなくても良いじゃない。まぁ、巫女に出会いなんて無いから試しに登録しただけよ。無料だし損はしないわよ、めぐみさんもどう?」
「典子さん、そんな物を使う必要は無いですよ。お見合いと言えば、大森文子さんに頼めば良いじゃないですか」
「駄目よダメダメっ! 狛江ばばあに頼んだら、絶対に断れなくなるじゃない。選ぶ権利は無いから。ヘッド・ロックされてバック・ドロップからのパイル・ドライバーでフォール負けだから」
「あははは、そんな事無いですよ。でも、典子さんが恋愛に興味が有るとは思いませんでした」
「恋愛じゃなくてぇ、男なんですよぉ、男。欲求不満なんですよぉ」
「失礼ねぇ、生意気よっ! 自分だって欲求不満じゃない、欲求不満と言う奴が欲求不満なのよっ!」
「まぁまぁ。でも、典子さん。どうして急にそんなアプリを使おうと思ったんですか?」
「あっ、その事なんだけど、今週中に成城学園の生徒が職場体験で来るのよ」
「職場体験!? でも、それとマッチング・アプリと何の関係が?」
「JKを見ていたらぁ『恋をした季節を思い出した』とかぁ、急に乙女になってぇ、高校生を通り越して中二病を発症してるんですよぉ」
「典子さんが『恋をした季節』だなんて、あははは、ウケるぅ」
「めぐみさんまで笑わなくても良いでしょ」
「だって、もう二度と巡って来ないみたいな言い方じゃないですか。これからですよっ! こ・れ・か・らっ!」
「そうね。季節は何度でも巡るっ! 私にもロマンスが必要なのっ!」
「ところで典子さん、職場体験が神社って……私達は何をすれば良いんですか?」
「あぁ、生徒達が来たら、まず簡単にお祓いを済ませて、神職や巫女の一日の仕事を体験するのよ。まぁ、体験と言っても見ているだけよ」
「ほぼほぼ、見学なんですよぉ、今月は七五三も新嘗祭も控えているのにぃ、依頼する方もどうかと思いますけどぉ、受ける方も受ける方ですよぉ」
「仕方ないじゃない、社会勉強なんだから。高校生と言っても一年生だからね、中学生に毛が生えた様な物よ」
「中学生で毛が生えた?」
「毛がボーボーのぉ、中学生なんですよぉ」
「ふたり共! くだらない事を言わないで真面目に聞きなさいっ! 職場体験は私が仕切るから殆どする事が無いと思うけど、もし、時間が余ったら掃除のお手伝いをするかもしれないから、その時は指導をヨロシクねっ! まぁ、ちなみに私はツルツルにしましたけどね――っ」
「ゥワアァ――ァォォ!」
めぐみは午後になると拝殿の掃除をした。何時も神聖な場所をチリひとつ無く掃除して怠りは無かったが、生徒に見られる事を意識して、何時もより入念に拭き上げていた――
「はーぁっ、疲れるなぁ。でも、これだけ磨き上げられた拝殿を見ればビビる事、間違いなし。心掛けの大切さを無言で伝える事が出来るよっ! ふふふふっ」
「めぐみさん、もう完璧。これ以上に無いくらいよ。お茶を淹れたから休憩にしましょう。あー、その後、本殿もヨロシクねっ!」
「本殿も? 典子さん、人使いが荒いなぁ……」
めぐみは一息吐いて、お茶を飲むと本殿の清掃作業に向った。――
「本殿を私一人でやるのかぁ。まぁ、御本殿は人が来る場所では無いし、何時も綺麗にしているからね。ササッとやるかっ!」
めぐみは玉垣の中に一歩足を踏み入れた時に異変に気付いた――
「ん? 神域だというのに何か気配の様な物を感じるけど、気のせいかなぁ……」
恐る恐る本殿の中に入ると、何時もと変わらない光景に安堵した。そして、ほこりを払い、空気を入れ替えて 固く絞った綺麗な布で拭き上げた――
「ふぅっ、こんなもんで良いでしょ、上等上等。あららっ、もうこんな時間だ、七海ちゃんが来ちゃうよ」
めぐみが掃除道具を片付けて本殿を出ようとした時、突然後ろから声を掛けられた――
「縁結命。何時もお勤めご苦労、だが、まだ終わってはおらぬぞ」
「うわぁっ! 誰っ!? えっ? あなたはもしかして……もしかすると……素戔嗚尊?」
「その通り。そなたの地上での働きぶりは見事である、しかし……此処を見よ。此処を拭いて居ないぞ」
「あっ、いけないっ、忘れてたっ! 何時も綺麗にしているから、掃除した気になっていたのね……てか、格子の桟を指でなぞらなくても……まるで小姑みたい、イメージ崩れるなぁ」
「あっ! 今、言ってはいけない事を言ったぞっ! お前それは無いだろう!」
「お前と言うなっ! 無礼者っ!」
「ほら来たっ! 姉と同じだっ! 全く、女ってヤツはコレだから困るっ! 先日、神在月のパーリーで島根県に行った時も、何時の間にか出雲の英雄のわしが、素行不良のヤンキーで姉に詫びを入れに行ったら事を構えていて、誓約をした後、大暴れをしたものだから、DVを恐れた姉が天の岩戸に緊急避難したなどと言いおって……クッソがぁ!」
「ひぃいぃ――っ! 恐ろしい、恐ろしい、怖い、怖い」
「おいっ! ビビってるんじゃないっ! 大体、わしが雇用主だぞ。ったく、親切に教えてやったのに何だっ! クビだクビだっ、無能の役立たずがぁ!」
「ふんっ、短気で直ぐに逆上して子供みたいに駄々をこねるから天照大神に嫌われたんでしょっ! 自業自得よっ! ヤンキーでパリピの神様なんて退職届を出したいのはこっちの方よっ! 八岐大蛇だって大きくなり過ぎて食べる物が無くて、ヘロヘロだったって噂じゃないのっ! しかも、お酒を飲ませてべろんべろんして首をはねて切り刻むなんて卑怯よっ! クビだぁ? ふっふっふっふっふ、はーっはっはっはっは。やれるもんならやってみぃ! 天国主大神だって黙っていないわよっ! 地上追放、上等だよっ!」
「…………何時の話だ、今時、そんな昔の話をするなよ。それに、天叢雲剣を献上した事は抜きなんて酷過ぎるぞっ! 神も人間も成長するのだ。孫達に会いに行ったら、誰だって歓迎されたいだろう……」
素戔嗚尊は、すっかり落ち込んで黙ってしまった――
お読み頂き有難う御座いました。
下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援と
ブックマークも頂けると嬉しいです。
次回もお楽しみに。