愛しい父と疎ましい父。
湯船に浸かっている男の顔を見ると、滴り落ちているのは汗では無く涙だと分かった――
「ちょっと、あなたっ! 何をやっているのっ! 何処見てんのよっ! スケベ! 泣いて詫びたって許さないからねっ!」
「これは、どうも済みません。初めまして、七海の父の良仁と申します。何時も七海がお世話になっております。本当に可愛がって頂いて……心より感謝申し上げます」
「えぇっ! 七海ちゃんの……お父さん? よりによって何で入浴中に……心より感謝申し上げますなんて言っても、何の説得力も無いですよっ!」
「何でと言われましても……めぐみさんが私の姿を見える様になっただけで、私は何時も七海のそばに居ましたので」
「はぁ? じゃあ、何時も一緒にお風呂に入っていたって事? 気絶しそう……」
「はい、そうです。七海もおっぱいも大きくなって、毛も生えて。でも、未だにシャンプーハットをかぶっているでしょ? 子供の頃、私がシャンプーをして失敗したせいなんです。せめて、もう少し生きていられれば良かったんですが……めぐみさん、あなたのお陰で妻も元気になりました。本当に有難う御座います。何時までも七海と仲良くしてあげて下さい、これからもずっと七海のそばに居て見守って下さい。よろしくお願いします」
良仁はそう言い残すと、湯気になって換気扇から出て行ってしまった――
「あっ! 消えちゃったよ……何時も一緒なのに見えなかったと云う事は、スキルアップしたから見える様になったと云う事なのね……でも、消えてしまったと云う事は……ふぅ――っ。あぁ、いけねっ、息吐いちゃった」
「めぐみ姉ちゃんっ! シャンプーが目に入ったっ! シャンプーが目に入ったから流してよー、背中も頼むよぉー、早くぅ」
「分かったよ。今、目に入ったの流してあげるからね」
「もうっ、変な声出すから目に入ったじゃんよーっ! 何の為にシャンプーハット被ってると思ってんのー!」
「だってぇー、ゴキブリが出たんだもの、仕方ないじゃないの。あぁ、驚いた。シャンプーが目に入ったくらいで死にはしないわよっ!」
「あっ、そうなん? でも、痴漢で変態なん? ゴキブリが?」
「あー、そのぉ、太腿辺りにいたものだから。ちょっと大袈裟だったね……あははは」
風呂から上がると正しい作法でコーヒー牛乳を飲んだ――
「ふうっ、ん旨いっ! 七海ちゃん、お父さんのこと覚えている?」
「えっ? なんで? あっシの父ちゃんは普通の仕事じゃなかったから、何時も家に居なくて一緒に居た時間があんまり無かったんよ。でも、その分、父ちゃんと一緒に居た時の事は良く覚えてっけどね」
「そうなんだね……ゴメンね変な事を聞いて」
「ん? 別に平気よ、もう七回忌も済んだし。そう言えば、七回忌が済んで直ぐにめぐみ姉ちゃんに出会ったんだよなぁ……良い縁に恵まれたっつー事よ、めぐみだけに」
「あははは。そんな、無理して駄洒落なんて言わなくても良いのっ!」
七海が泊まって行くと言うので、ベッドに寝かせると直ぐに寝息を立てて眠りについた。めぐみは何故、父が出て来たのかが気になって眠れなかった。そして、気を遣わせない様にふざけているように見せても、七海の悲しげな表情に胸が締め付けられる思いだった――
「何時の日か、七海ちゃんのお父さんを蘇らせる事が出来たら良いなぁ……」
――翌朝
「ミュウ、ミュウ、ミャ――ッ! ペロッ、ペロッ、ペロッ」
「うぅん、ねむいよぉ。おはよう……あっ! シローちゃん? シローちゃんなのね、うまれかわって、きてくれたのね。ありがとう」
「ミュウ、ミュウ、ミュウ、ミュウ、ミャ――ッ!」
「おはなしできないの?」 」
「ミュウ、ミュウ」
「でも、かえってきてくれて、とーっても、うれしいよっ」
結菜はシローを抱いて階段を下りると、直人と綾香に報告をした――
「おとうさん、おかあさん、シローちゃんが、うまれかわって、きてくれたの」
「お早う、結菜。そうだね、生まれ変わって来てくれたんだよ。きっと、結菜が良い子にしていたからだよ」
「お早う結菜。シローだって分かるのね? また、可愛がってあげてね」
「うん、わかるよ。だって、やくそくしたんだもんっ! ずっと、いっしょなんだよ。うーんと、うーんと、かわいがるんだもんっ!」
「ミュウ、ミュウ、ミュウ、にゃんっ!」
「結菜、シローをソファーに置いて、顔を洗って来なさい」
「はいっ!」
「良く出来ました」
めぐみは朝食を済ませて七海と一緒に仕事に向い、途中で別れて暫く自転車を漕いでいると神官からケータイに連絡が有った――
「めぐみ様、報告致します。この度の件は、無事に全て解決いたしました。天国主大神様も大変お喜びで、褒賞金が出ております」
「あー、もしもし、今回の件は私一人の力では有りませんので……褒賞金は辞退します。それから、もし、建御雷神に会ったら、私が礼を言っていたと伝えて下さい。では、急ぎますのでこれで失礼しますっ!」
「あっ! めぐみ様、褒賞金はスキルアップの実践に対して……」
「ツゥ――、ツゥ――、ツゥ――、ツゥ――」
「うーん、代ろうと思いましたが切れてしまいましたねぇ……建御雷神様、めぐみ様が礼を言っていました。確かに伝えましたよ」
「はっはっは。礼など要りませんよ。彼女の存在に感謝したいのはオレの方ですからね」
「建御雷神様、めぐみ様の力を利用しようなどとお考えでしたら……それは筋違いです」
「どう云う事だ? 何故そんな事を……」
「貴方様が道場から出て活動出来る様になったのは、以前、申し上げた通り、めぐみ様の縁結びの力の成せる業で御座います。全てめぐみ様のお陰なのです」
「何だってっ! それでは、この半年間、色んな人間に神罰を与え始末して来たのは、彼女のお陰だと……」
「活動の報告書に眼を通して頂ければ、御納得頂けるかと存じます」
建御雷神はめぐみの日報と活動報告書に眼を通して唖然とした――
「やっと、父の威光から離れる事が出来て、自信を持ち始めていたのに、自分だけの力で手柄を立てていたと確信していたのに……オレは何時まで経っても子供扱いだっ!」
「建御雷神様、めぐみ様を利用するのではなく、どうか貴方様のお力をお貸し下さい。めぐみ様の力になる事で…いえ、力になる事こそが、必ずや、貴方様に力を与える事になると存じます」
大祭が終わり暦は神無月から霜月になろうとしていた――
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