ファースト・キスは時間を止めて。
めぐみと和樹は見つめ合いながら互いに震えていて、震えを止めようと思えば思うほど相手の震えを感じてしまい止まらなくなっていた。そして、めぐみは心の中で呟いた――
「あぁ、神様! 恋の女神が恋愛未経験なんておかしいと思ったよ。遂に来たのね、この時がっ! ファースト・ラブでファースト・キッス! ひと足先に春が来たっ! ふぅ――――っ」
めぐみが和樹に身を委ね、力を抜いてそっと瞳を閉じて息を吐いた瞬間! 時間が止まった――
「あれ? 早くぅ、準備は出来ているよっ! OKだよっ! 和樹カモ―ンッ!」
「………………」
めぐみはじっと待っていても来ないので「自分から行くか?」と思い直して、そっと閉じていた瞳を開いた――
「ん? どうしたの? 和樹さん?」
めぐみが呼び掛けても、和樹の目は半開きで、口を開けたまま動かない。そして、恐る恐る周囲を見渡すと、通行人も、風に舞う枯れ葉さえも空中で止まっている事に気が付いた――
「時を止めたって事? 止まっているよ、どうしようっ! うっかり止めちゃったけど……戻し方を知らないんですけどっ! どうすれば動くの? うわぁ……困ったなぁ」
めぐみは和樹が止まってしまった以上『スキルアップのガイド』しか頼る物が無かったので、仕方なく時間を止めたまま部屋に戻ると『スキルアップのガイド』を手に取って開いた――
「これは一体、どう云う事だろう……読めるっ! 実践したから読めるようになったのね……和樹さんは『鼻から息を吸って丹田に力を入れて止めたら、口から一気に吐け』と言っていたけど……違うっ! 私が直感で感じた深呼吸の方が正しかったんだっ!」
めぐみは自分の感性と直感を信じて『スキルアップのガイド』を読み進めて行った――
「この『スキルアップのガイド』は私にしか読み解く事が出来ないものなのね……それが分かった以上、誰にも内容は明かせないっ!」
めぐみは慌ててパソコンを開きログインをクリックすると、そこには今まで現れなかったスペースが現れた。ケータイに認証番号が送られて来たので、認証番号を入力してログインすると、そこには丁寧な解説と最適解の選択方法が書かれていた――
一、時を止めるには、大きく口から息を吸って、鼻から吐いて下さい。
*注意* 相手に悟られない様に静かに吐く事が重要です。
二、時を動かすには、止める時と同様の呼吸をして下さい。
三、時を進めるには、大きく鼻から息を吸って、口から吐いて下さい。
*注意* 時を止めた地点、若しくは移動した場所で任務を遂行して経過した時間を一気にジャンプさせます。口から一気に吐く事が重要です。
四、時を戻すには、時を止めて戻りたい場面を心の中でイメージして下さい。イメージ出来たら鼻から息を吸って、口から吐いて下さい。
*注意* 口笛を吹く様に息を細く吐く事が重要です。
以上のタスクを全て実行し、成功を確認次第、次のタスクへ進む事が出来ます。状況や場面に応じて適切に使って下さい。
「良しっ! 一旦、止めた時間に戻ろう」
めぐみが鼻から息を吸って口笛を吹く様に息を細く吐くと、ファーストキスの直前に戻った――
「めぐみさんっ! 君の瞳の輝きが賢者の証明なんだっ! 遂に出会ったんだっ! 君の瞳の輝きが最大になった時の事を考えるとワクワク、ドキドキするよっ!」
「私もワクワク、ドキドキしていたんだけど……違ったみたいね。トホホ」
「天井天下を支配する神の力を持つ賢者を味方に持てば、恐れる者など無いっ! はっはっはっはっは、はっはっはっはっは」
「ちょと……何を言っているのか分からない。あのね、恐れる者? じゃなくて恐れる事でしょう? 私には恐れる事なんて何も無いけど?」
「おーっと、その話は又いつの日か。じゃあなっ!」
和樹はそう言い残すと突然、目の前から消えてしまい、めぐみはひとり思案した――
「時間を戻して七海ちゃんと会わなかった事にするか、それとも時間を進めて部屋に戻るか……いやっ、歩いて帰ろう」
部屋に戻ると留守番をしていた七海が夕飯を作って出迎えた――
「ただいま。良い臭い、今日は七海チャーハンねっ!」
「お帰り! 餃子とマーボー豆腐も作ったからさ」
久しぶりに七海の手料理を堪能し、めぐみは大満足だった――
「マーボー豆腐で舌が痺れたよっ! 癖になる味だね。しかし、七海ちゃんは料理が上手だよ、美味しい」
「父ちゃんが何でも教えてくれたんよ。ギョーザは家で作って来たから、残りは冷凍庫に入っているよ。もし、チャーハンかラーメン作るなら、チャーシューとザーサイが冷蔵庫に入って居るから食べてね。あっシの手料理、父ちゃんにも食べさせたかったなぁ……」
ふたりは食事を済ませるとおしゃべりをしたり、ゲームをして時間を過ごし、何時もの様に風呂に入った――
「めぐみ姉ちゃん、悪い事ぁ言わねーよっ、あの男は止めとけ。女を不幸にするタイプだお」
「あら? そんな事がどうして分かるの?」
「何かさぁ、目つきがヤバくね? 人間じゃ無くね? まぁ、女っつぅーのは、ああ云う危険な匂いのする男に弱いんだけどさぁ……」
「心配してくれているのかと思ったのに。ははーん、さてはヤキモチを焼いているな?」
「ちげーよっ、めぐみ姉ちゃんは男に免疫ねぇーからさぁ、痛い目に遭っても知らないよんっ。要らなくなったら、あっシが貰ってやっからさ。おねーちゃんのお古で良いよんっ!」
「まだ付き合ってもいないのに、気が早い話ねぇ。あははは、うふふふっ」
七海に背中を流して貰い、交代でめぐみが七海の背中を流している時だった。ふと、湯船に気配を感じて目をやると、湯気が不思議な動きをして立体的になり、ひとりの男が現れた――
「きゃあぁぁぁぁぁぁ――――――っ! 痴漢、変態っ!」
めぐみが声を上げると、髪の毛を洗っていた七海が驚いてシャンプーが目に入ってパニックになった所で、落ち着いて、息を吐いて、時間を止めた――
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