無力の賢者。
雷が落ちると、家の中の電気が一瞬消えた――
「雷がゴロゴロ鳴っていたけど、近くに落ちたみたいよ、怖いわねぇ」
「雨が凄くなって来たし、風も強くなって来て危険だなぁ。ガレージのシャッターが開けっ放しだから閉めて来るよ」
直人が玄関を出てガレージの様子を見に行くと、ゴミ箱が風に飛ばされて倒れていた。片付けてシャッターを閉めて戻ろうとした時、車の下から小さな物音が聞こえた――
「ん? 何の音だろう……気のせいかな」
小さな物音は雨と風の音にかき消されたが、念のために車の下をのぞき込むと、そこにはあの日と同じシローがいた――
「シロー! シローじゃないかっ!」
直人はシローだと信じて疑わなかった。蘇り、再会を果たしたシローを抱いて家に戻ると、綾香を呼んだ――
「綾香! 大変だっ! シローだよっ! シローが帰って来たんだよっ!」
「もう、直人さんまでそんな事を言い出したらお終いよ。シローは死んだ……」
「ミュウ、ミュウ、ミャ―、ミャア――――ッ、ニャッ!」
「シロー? 本当にシローなの? ちょっと……あっ、お腹に黒子が有る! まるでシローみたい、本当に生まれ変わったみたい……こんな事ってあるのかしら?」
「シローが死んでから何度もペットショップに連れて行ったけど、結菜は見向きもしなかっただろ。この子を見て受け入れるかどうか様子を見てみようと思うんだ。病院に連れて行くのは、それからでも遅く無いだろ?」
「こんなに小さい頃のシローは結菜の記憶には無いだろうけど……きっと、あの時と同じ神様からの贈り物ね。うふふっ」
ぬるま湯でシローの身体を綺麗にして、風邪をひかない様に丁寧に乾かすと、眠りについた結菜の枕元でそっと寝かせた――
――天の国 社務所
「いくら何でも無茶だ、何も分からないまま地上に放り出すなんて。あれではまるで人間では無いですかっ!」
「これはこれは、建御雷神様。めぐみ様の事を仰っているのですね?」
「めぐみ様? めぐみ……とは縁結命の地上でのコードネームの様な物か?」
「いえいえ、コードネームなんて大袈裟なものでは有りません。地上では人間と同じ様に生活をしながら活動しておりますので、便宜上、鯉乃めぐみと名乗っております」
「ふーん、なるほど。それでオレの事を何度もタケミカズキと呼んだのか……」
「めぐみ様はこれ迄、手掛かりの無い案件を手探りで解決して来ております。天国主大神様はその事を大変、高く評価しておりますので」
「地上では口寄せと現身以外、殆どの神力が封印されて使えない上に、武器さえも許可が無ければ持ち出せないのだから手探りにならざるを得ないだけだ。最強の女神が人間の巫女のレベルまで落とされているのは、見るに忍びないっ!」
「おやおや? 建御雷神様がそんなに、めぐみ様の事を気に掛けて頂けるとは……驚きました。私からも感謝申し上げます」
「いやっ、礼など要らない。只、オレは……」
「天国主大神様は、全ての問題の原因は神々達の人間への共感力の無さからだと判断しております。理解力と言い換えても良いでしょう」
「はっはっは。共感力? そんな事をしているから何時まで経っても解決しないのだ。人間を理解するだなんて馬鹿馬鹿しいっ!『スキルアップのガイド』の使用方法すら分っていない彼女が理解すべきなのは、自分自身の神力以外の何物でも無いっ!」
「しかし、めぐみ様は人間に神罰を与えるだけの傲慢な神では無い事が証明されましたので。その結果、天国主大神様が抜擢し、何も与えず無力のまま地上勤務を命じられ、自分自身の力だけで見事に解決しております。大英断と言って差し支えないかと思われます」
「人間に神罰を与えるだけの傲慢な神とは……オレの事か」
「貴方様と出会ったのも、めぐみ様の縁結びの力の成せる業で御座います。どうかこの御縁を大切にして下さい」
「フッ、分かったよ。最後に聞きたい事が有る、任務以外の出来事をレポートに記載する必要が有るのか教えてくれ」
「必要は有りません。めぐみ様にそうお伝え下さい。そして、きっとこう言いますよ『備考欄に概要だけは書いておきます』と。それでは、私はこれで」
神官が出て行き、ひとり社務所で思案していると「そっそそっそそっそそっそ」と足の音と「サシサシサシサシ」と衣擦れの音が聞こえた――
「コッツ コッツ コッツ」
「ん? 開いてるよ。どうぞ」
「ガチャッ!」
ドアが開くと双子の巫女が入って来た――
「鹿島様っ! めぐみ様と地上でお会いになったそうですねぇ、羨ましいですわぁ」
「はぁ? 羨ましいだって? 何の事だ、こっちは神官からキツイ事を言われて落ち込んでいるってのに」
「まぁ。驚きましたわぁ、鹿島様が落ち込むだなんてぇ。うふふふっ」
「笑うな! それに、その鹿島様って呼ぶのは止めて貰おうか。子供に子供扱いされているみたいで気分が悪いっ!」
「うふふふっ。鹿島様、被害妄想ですわぁ。父上の威光に頼っているなんて誰も思っていませんわぁ。それに、その父親越えを果たす為には、めぐみ様の『時読みの力』を借りる事が一番ですわぁ。うふふふふふっ」
「何だってっ!? 彼女が『時読みの力』を持つ賢者なのかっ! 時を止める事さえ出来ない彼女が……」
建御雷神は目を見開き、奥歯が砕けそうになる程、歯を食いしばり、ぶるぶるっと武者震いをした――
「きっとぉ、おふたりが出会われてぇ、何かが起こるのですわぁ。そうに決まってますわぁ。ふふふふふ。ははははははぁ。ひひひひひひぃ」
「『何か』かぁ。分かった、考えを改めなくてはいけないのはオレの方だ。だが、鹿島様はお断りだ。これからはカズキと呼んでくれ、良いな」
「はいっ!」
「礼を言うぞ、さらば!」
建御雷神は、もう一度めぐみに会う為、呪文を唱えて時間を戻し地上に飛んだ――
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