小さな恋のメロディ。
大祭の後片付けや点検が終わると、三人は何時もの様にお茶を飲んでいた――
「はぁ―、終わった終わった。大祭が終われば、次は十一月十五日の七五三ね」
「七五三が終わればぁ、二十三日は新嘗祭だしぃ、十二月三十日の大祓まではぁ、あっと言う間ですよぉ」
「本当に一年なんて、あっと言う間に過ぎて行きますね。ふぅっ」
午後になって、秋風が吹くと、親子連れが参拝に訪れた――
二十代の夫婦と娘が仲睦まじく参道を歩いて行く姿を眺めると、三人は幸せな気分になった――
「あんなに小さな女の子が願い事をする姿って……なんて、可愛いのかしら」
「きっとぉ、お父さんお母さん有難うって、幸せいっぱいなんですよぉ」
「本当に穢れを知らない無垢な心に癒されますねぇ。うふふっ」
しかし、三人の一方的な思い込みとは違い、めぐみのケータイのアラートが鳴った――
「えぇっ! あんなに幸せそうな夫婦がまさかっ! 不倫とか? 仮面夫婦なの……ん? あの娘にエラーコードが出ているっ! どう云う事かなぁ……」
めぐみは授与所から飛び出し、竹林に姿を隠すと、神官に連絡をした――
「あの、もしもし。今、親子連れの、はい。そーです、エラーが出てます。願い事が何なのか教えて頂きたいのですけど? ええ、はぁ、えぇっ! 恋の悩みだったのですかっ! と云うか、恋の悩み……扱いになるのですか? あんなに小さいのに? まだ五歳くらいですけどぉ……」
すると、神官が願い事メッセージを再生した――
〝 シローちゃんと キスができますように。かみさま どうか おねがいしますっ ″
「マジかぁ……可愛いなぁ。いやいや、マセてるって事か。しかし、幼稚園に出向いて相手を特定するにしても、不審者に思われない様に気を付けなければいけないわね。ふぅっ」
「めぐみ様、本日より日報では無くレーポートになりましたので、任務完了後に速やかに提出して下さいね。それでは、私はこれで」
通話を終えると仕事に戻り、明日からの任務遂行に備えた――
「典子さん、紗耶香さん。初めてのチュウって覚えていますか?」
「いやだぁ―、めぐみさんたらっ! 私は小学生の低学年だったけど、ドキドキしたのよね。あんなに時めいた事は無かったもの」
「私はぁ、保育園の時でしたよぉ。さっきの女の子位だったんですけどぉ。異性として意識して無かったのでぇ、ドキドキもトキメキも無かったんですけどぉ、とにかく仲が良かったんですよぉ。楽しい思い出なんですよぉ」
「そう云う、めぐみさんは何時だったの?」
「私は、まだなんですよねぇ、うふふふふっ」
「あ――っ! ズルいわよ、人に聞いておいて自分は『まだでーすっ』なんて、そんなの通用しないわよ。白状しなさいっ!」
「いやぁ、本当なんですよ。私の周りには恋愛対象になる様な神様……じゃなくて人間が居なかったので。あはは」
「人間が居なかっただなんてぇ、そんな変な言い方をしてもダメですよぉ。言い訳にもなって無いですよぉ」
「まぁまぁ、良いじゃないの。めぐみさん、それならファースト・キスをした時は、きちんと報告してもらいますからねっ! 楽しみに待っているわよ――っ!」
「フッフッフッフ、ハーッハッハッハッハハハ――っ!」
「うぅっ! 人間って怖いっ!」
めぐみは仕事を終えて帰宅すると、早速レポートを書いていた――
「日報じゃなくなっても、結局、書くのよ。書く事には変わりは無いのよ。ガックシ」
〝 ピンポーン、ピンポーン ″
「めぐみ姉ちゃん、ただいまっ! 焼き芋買って来たからっ。後でね」
「おぉっ! 持つべきものは焼き芋だよね。最高!」
「後でだよっ! あっシは風呂に入りたいんよー、風呂上がりに牛乳とヤルの」
「なるほど……そう来たか。悪くない提案ねっ!」
ふたりは湯船に浸かり、極楽気分を満喫しながら、ガールズ・トークに花を咲かせていた――
「ねぇ、七海ちゃん、話は変わるけど、七海ちゃんは初めてのチュウは何時?」
「何を突然、ラブ・ストーリー? アイム・ソーリー、成城通り」
「いやぁ、典子さんと紗耶香さんにも聞いたのだけど、話が変な方向に行って困ってしまったの。どんなシチュエーションで、どんなタイミングだったの? 参考までに教えて」
「そうさなぁ。あれは確か……保育園の頃だった。砂場で遊んでチュウしてアハハ、お昼寝の時にチュウしてエヘヘ、帰り間際に何気にチュウしてキャハハッ!って感じかなぁ。照れるなぁ」
「あらら? ったく、何ちゅう回数チュウしてるっチュウのっ! マセてるわねぇ」
「違うお、違うお。あっシは何だ神田の神保町でモテるっチュウの? 男達が放っておかないんよねー」
「そう言うけど、何時もひとりじゃない。付き合っている人は居ないでしょ?」
「うん、今はね」
「えっ、今はねって……何故、遠い目をしているの?」
「学校入って最初の男は、良い奴だったんだけどぉ、馬鹿なんよ。んで、ふたり目は頭も良くてガチのイケメンだったんだけどヲタクでさぁ。アニメとゲームがデートだぜっ! そんで、反動でガタイの良い腕っぷしの強そうなゴリラーマンと付き合ったんだけどさぁ……単車にニケツで乗ったら、からっきしダメ。ビビりで話になんねぇーの」
「単車のせい? その位、大目に見てあげなさいよー、バイクの運転なんて、どーでも良いじゃない」
「あ。そーなんよー、でも……その時、あっシは思わず声に出して『ヘタクソかっ!』って言っちゃってさぁ……そんで傷付いたみたいで、会ってくれなくなったんよ。メンタルが弱いとは思わなかったんよ――っ!」
「オーマイガー! アイムソーリー、六小通り?」
風呂から上がり、冷凍庫で冷やした焼き芋を食し、冷たい牛乳を飲み干すと、その、なめらかで冷たい食感に幸せを感じた。しかし、明日からの縁結びがめぐみの頭を悩ませていた――
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次回もお楽しみに。