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神のいぬ間の選択。

 参道両脇に隙間無く店が連なり、昼間でも薄暗い木立の中に、はだか電球が妖しく灯り、射的 お面、色も鮮やかな人形釣り、じゃがバター、たこ焼き、お好み焼き、焼き鳥、綿飴、りんご飴、それが現実とは思えない、目眩く(めくるめ)世界が出来上がっていた――



「忙しい忙しい、あぁ……何だか良い臭いがして来たよ。綿飴の甘い臭いにお好み焼きのソースの焦げた臭い、堪りませんっ!」


「あのぉ、巫女さん。今、お好み焼きを一番乗りで買って来ましたから、良かったらどうぞ」


「あら、一輝さん、どうしたんですか?」


「いやぁ、さっき連絡が有って、父が退院してその足で御神酒所に向かったので、お役御免って事ですかね……」


「退院されたんですか、良かったですね。うふふっ」


「お陰様で異常も無かったみたいです。代役も終えてひと安心ですよ」


「でも、何だか心ここに在らずって感じですけど?」


「いやぁ、参ったなぁ、お見通しですね。実は明日のお見合いの事で頭が一杯なんですよ……」


「うふふっ。まぁ、ゆっくりして下さい。宮入までは時間が有りますから」


「はい。有難う御座います」



 菜月は十五日が給料日だったので、約束通り七海の働く店にパンを買いに向かっていた――


「えっと、この変だけど……あっ、有った、此処だっ! しかし……随分、古いお店なんだなぁ、昭和初期って感じ」


 テント張りの看板に丸ゴシック体で中島製パン狛江店と書いて有り、通り過ぎて行った時間を感じさせた――


「いらっしゃいませ」


「こんにちは。うわー! 外観からは想像も出来ない素敵なパンばかり……」


「そうでしょう? ウチは元々、学校給食のコッペパンが専門だったんで、店は古いままなんですよ。焼き立てのホヤホヤですよ。どれでもお好みの物を仰ってくださいね」


「この五種のチーズとパンチェッタと、渋皮栗のモンブランのマリトッツォと、秋の果物のデニッシュを下さい」


「はい。有難う御座います」


「あのぉ……七海さんはいらっしゃいますか?」


「あー、七海ちゃんの知り合いなんですか? 今日はお休みで……ほらっ、喜多美神社の大祭だから神輿を担ぎに行っているんですよ」


「そうなんですね……会いたかったのに残念。この間、その神社でパンを貰ったんです。あまりに美味しくて、お礼が言いたくて……今度、買いに行くって約束していたので、それで来ちゃいました」


「そうだったんですか、あの子が来てから色んなパンを創る様になって、嬉しい事にお嬢さんみたいな若いお客さんが増えてねぇ、最近は、わざわざ成城から買いに来るお客さんも居るんですよ。来た事を伝えておきますよ。有難う御座いました」


 菜月は当てが外れてしまったが、喜多美神社に行けば七海に会えるかもしれないと思い、そのまま向かう事にした――


「今日はお祭りだったのか……お祭りで御神輿担いでワッショイ、ワッショイ、楽しいだろうなぁ」


 格式ある喜多美神社が見えてくると、楽しそうな声と縁日の香りがして来た。何時もの様に社殿の脇を通って正面に回ると、神秘的な参道が色鮮やかな露店で埋め尽くされ、まるで違う場所にタイムスリップした様な不思議な感覚に襲われた――


「縁日なんて……もうどれ位前の事だろう? 父さんと母さんの手を繋いで、浴衣を着て……そんな幸せな時間を過ごしていた事も有ったんだよなぁ……」


 ずらりと並んだ露店を眺めながら歩いていると、子供達の笑顔に心を癒された。そして、人波に押され参道を更に進み、狛犬の前を通り過ぎようとした時だった――


「阿っ!」「吽っ!」


 狛犬の目がギラリと光ると、めぐみのケータイのアラートが鳴った――


「来た来たっ! これでお見合い前にふたりの心をひとつに出来る。うふふふっ」



 菜月は縁日の雰囲気を充分に楽しむと、神楽殿の脇の参道から帰ろうと歩いているとめぐみの姿に気が付いた――


「あぁっ! 巫女さん、この間は有難う御座いました。あのぉ、コスパが最高で御利益が最強の御守りなんですけど……消えてしまったんですよ」


「胡桃が割れた時に願いが叶うと言われていますから、きっと良い事が有りますよ。うふふふっ」


「本当ですかっ! なんだかドキドキして来ちゃった……」


「私は里神楽の準備が御座いますので、これで失礼致します」


「はい。お忙しいのに声を掛けてすみませんでした。私もこれで帰ります、七海さんによろしくお伝えください、失礼します」


 菜月が背を向けて歩き出すと、めぐみの大きな声が耳に入って来た――


「あー、一輝さんっ! 宮入になれば大混雑しますから、今の内に片付けましょう」


 菜月は驚いて振り返ると一輝と目が合ってしまった――


「あっ!」


「うんっ!」


「あれあれ? おふたりは知り合いなんですか?」


「知り合いって云うかぁ……お見合いって云うかぁ……」


「いやぁ、参ったなぁ。明日のお見合いの相手なんです」


「えぇっ! そうなんですか、それなら宮入までゆっくり里神楽でも一緒に楽しんだらどうですか? 椅子の準備も出来ましたから、ふたりでそこに座っていて下さいね。うふふっ」  


 めぐみは嬉しさから、ひとり神楽を舞って喜んでいたが、綿飴の臭いでも、お好み焼きの臭いでもない、異臭に気が付いた――


「何だろう……この臭いは? 鼻腔を突き刺す様な刺激臭、樟脳と白檀の入り混じったこの臭いっ! ババアだっ! 狛江ばばあが来やがったっ!」


 狛江ばばあの気配を感じためぐみが参道に眼をやると、鳥居の向こうに一輝の父、重信と文子の姿が有った――




御読み頂き有難う御座います。


次回もお楽しみに。

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