祭り囃子に誘われて。
喜多美神社の宵宮は美しく妖しく――
温かい優しさに包まれていた――
「あの、巫女さん……この間は有難う御座いました」
「あぁ、一輝さん今晩は。お父さん大した事が無くて良かったですね」
「はい。御心配をお掛けしました。あっ、いえ、その事では無くて……御守りの事です」
「あぁ、あの御守りがどうかしましたか?」
「同じ御守りを持った人と出会ったら絡みついてしまい、外そうと引っ張っると胡桃が割れて……赤い紐が解けるかと思ったのですが、ひとりでに絡んで結ぶとフッと消えたんですよっ!」
「まぁっ! 良かったじゃないですかっ! きっと、願い事が叶いますよっ!」
「その願い事の事なんですが……長年、探し続けて見つからなかった本が手に入ったので、てっきりその事だと思っていたのです。ところが、突然、縁談の話が有りまして……お相手の写真を見たら、探し続けた本を持って来てくれた女性なんですよっ! 僕が慕い続けた、その人だったんですよっ! なんだか盆と正月がいっぺんに来た様な……」
「今は秋、お盆は過ぎたし、正月はまだ先。うふふっ。でも、探し求めていた物が両方手に入るなんて喜ばしい事です。正に実りの秋ですね」
「いえ……まだ手に入ったわけでは有りません。同じ御守りを持っていた彼女が、僕と同じ願いだったら……って事ですよね?」
「心配しなくても大丈夫だと思いますよ。あの御守りは強力なので。うふふふっ」
テンツク テケツク テンツク ツ チン チチン チン チキ チ ドンドン ドコドン ドコドコ ドン ドン オッピキ ピ ッピッ ピーヒヤララ オッピキ ピ ッピッ ピーヒヤララ
お囃子の音色に誘われて、近所から大勢の人が訪れると、楽しそうな笑い声がそこかしこから聞こえ、神様と人間の深い繋がりを肌で感じた――
「典子さん、お囃子って良いですねぇ」
「本当……いつの間にか心が踊り出して、浮足立ってしまうと云うか……アナザーワールドに誘われる感じがするのよね」
「お囃子ってぇ、元祖、トランスミュージックなんですよぉ、心のバリアが外れるんですよぉ。だからぁ、典子さん集中して下さいよぉ」
「そうね、祭礼は九時半からで、社殿前で国歌斉唱と日の丸掲揚でしょ。忠魂碑、戦没者慰霊碑の前を通って、そして祓戸で修祓を行って、それから、神前舞ね。紗耶香さんっ!」
「分かってますよぉ、だから集中しているんですよぉ」
「十二時前に太鼓のお祓いをして、十二時に太鼓の宮出し。十二時半頃に神輿が上がって宮出しで、神輿渡御と。神輿が戻って来るのは六時過ぎだから、それ迄に色々準備もしなきゃね。神楽殿で神楽の舞いが始まって、直来の宴会が始まればゴールは見えた様な物よ」
「あれ? 典子さん、紗耶香さん、縁日はどうなるの?」
「あぁ、参道を出た後だから、慌ただしいのよねぇ。ホッと一息ついた頃には撤収して居るから」
「縁日を楽しむ余裕なんてぇ、一切、御座いませんっ!」
「あぁ、縁日を楽しめる日が……私には来るのだろうか……ぐっすん」
テンツク テケツク テンツク ツ チン チチン チン チキ チ ドンドン ドコドン ドコドコ ドン ドン オッピキ ピ ッピッ ピーヒヤララ オッピキ ピ ッピッ ピーヒヤララ
―― 十七日 友引 戊戌 大祭の日 ――
「はぁ―、良い天気っ! 清々しいですね」
「私達のぉ、日頃の行いがぁ、良いって事なんですよぉ」
「神様のお力よ。ふたり共、神前舞の準備は良い? さぁ、地の精霊を圧服するわよっ! 世田谷区の無形民俗文化財に指定されているのだから確りねっ!」
「もう、プレシャー掛けないで下さいよぉ」
神前舞は五座で構成され、一座が奉幣の舞、二座が榊の舞、三座が舞扇、四座が弓の舞、五座が太刀の舞で、社殿の中を東西南北に移動し、四方固めを行い、無事に終える事が出来た――
「紗耶香さん、良かったわよ」
「何故だかぁ、身体がひとりでにぃ、動いたような感じだったんですよぉ」
「それで良かったんですよ。うふふふっ」
神前舞いを終えると、大勢の神輿の担ぎ手達が集まっていた――
「めぐみさんっ! 久しぶりっ!」「お久しぶりです」「こんにちは」
「あっ! 総長……じゃなくて美織さん。お久しぶりです。耕太さんに、栞ちゃん、つかさちゃん しおんちゃんに崇介君まで、皆お揃いですねっ! うふふっ」
「ちょっと―っ! 肝心な人を忘れてませんかっ!」
「えーっと、どちら様でしたっけ?」
「あっシだよっ! あっシ、七海だっつーのっ!」
「いやぁ―っ、七海ちゃん? 半纏なんか着て、まるで別人だよ。髪型も決まっているじゃないっ! 皆で神輿を担ぐのねっ!」
「そーゆー事っ! 栞ちゃん達は太鼓のお祓いが終わったら一足先に出発だけどね。めぐみ姉ちゃんも今日は特別に綺麗だお、なんか神憑っている感じがする」
「そりゃあそうよ、私は神様ですから。あははは」
太鼓の宮出しの後、御霊遷し、発輿祭、祝詞奏上、木遣り奉納が行われ、神輿ダコが盛り上がった担ぎ手達が神輿を上げると、ありとあらゆる雑念が消え、宮出しとなった――
「セイヤッ!セイヤッ!セイヤッ!」「セイヤッ!セイヤッ!セイヤッ!」「セイヤッ!セイヤッ!セイヤッ!」「セイヤッ!セイヤッ!セイヤッ!」
お囃子用のトラック山車が先導して、神輿渡御に人が出て行くと、縁日の準備が始まった――
御読み頂き有難う御座います。
次回もお楽しみに。