毒をもって毒親を制す。
連絡を受けた一輝は、会社を早退して喜多美神社に向った――
「あー、もしもし、母さん。さっき連絡が有った。うん『俺は大丈夫だ』なんて強がっていたけど、本当の所、父さんの具合はどうなの? えっ、ピンピンしているの? うん、あぁ、原因が分からないから精密検査をするのか。とにかく、大事に至らなくて良かったね。帰る前に病院に寄ってみるよ」
喜多美神社に到着すると、総代や地元のお歴々に挨拶をして回り、重信の容体を伝え、代役で出席する事を報告し、了解を得た――
「こんにちは。先程は、父がご迷惑お掛けして、申し訳ありません」
「とんでも御座いません。大した事が無くて良かったですね」
「いやぁ、まだハッキリとした事は言えないのですが……お騒がせして、本当に申し訳有りませんでした」
明日の奉納はやしの練習にも熱が入り、前夜祭への期待が高まった頃だった――
「あまり緊張なさらなくても大丈夫ですよ」
「いやぁ、僕は、人と話したりするのが苦手なもので。何より、こんなに知り合いが多いなんて……父の顔が広い事に驚きました。家庭とは違う公人としての姿を知って、ちょっと見直しました。尊敬しますよ」
「一輝さん、お祓いも済んだ事ですし、この御守りをどうぞ」
めぐみが授けた御守りは、胡桃を赤い紐で十文字に縛り、そこから伸びた紐の先端が根付けタイプの物だった――
「これは、随分、変わった御守りですね? 見た事が有りませんよ……」
「ケータイやカバンなどに付けるカジュアルなもので、最近人気のタイプなんですよ。その堅い胡桃が割れた時。願いが叶うと言われています」
「うーん、斬新なデザインですけど……深い意味が有る物なのですね。どうも有難う御座います」
日も傾き、一輝は病院に向う為、神社を後にした。暫くすると、そこに神恩感謝に菜月がやって来て、何時もと違う神社の雰囲気に周囲に気を遣いながら参拝を済ませると、授与所の前に立った――
「あのぉ……この、恋愛成就の御守りを下さい」
「はい、今日は特別な御守りが御座いますので、これをどうぞ」
「珍しい御守りですね……」
「はい。特別製の特価品です。特価ですが御利益は最大級のコスパ最強の御守りです」
「コスパ? でも、御利益最大級なら、是非、それを下さいっ!」
めぐみは御守りを授けると、口の中で呪文を唱えた。そこに、七海の元気な声が聞こえて来た――
「めぐみ姉ちゃーん、めぐみ姉ちゃーん、あっ! この間の、腹ペコ女だっ!」
「コラッ! 失礼でしょう、妖怪みたいに言わないのっ! すみません、この娘、元ヤンなもので……」
「いいえ、この間、あなたに頂いたパン、本当に美味しかった。あんな美味しいパンを食べたのは生まれて初めてでした」
「マジかっ! 本当? 嬉しいー、腹ペコ女なんて言ってごめんなさい。お姉ちゃんは良い人だよーっ!」
「七海ちゃんたら、現金ねぇ」
「あははっ、でも私は人の事は言えません。この間はお賽銭のお釣りを下さいなんて、恥ずかしい事を言って……すみませんでした。結ばれるかは分からないですけど……あの後、良いご縁が有ったんですよ。あの日、此処に来なかったら、私……今頃どうなっていたか分かりません。七海さん、あなたのお陰よ。有難う」
「何か照れちゃうなぁ、良かったら、今日のパンも持って行って。この間のラ・フランスのコンポートは白ワインだったけど、今日のは赤ワインで、バニラたっぷりのカスタードに、ジャム掛けなんだお。又、感想を聞かせて欲しいのよー」
「うわぁ―、美味しそう! それでは、お言葉に甘えて……此処に来ると良い事ばかり。神様っているんだね。うふふっ。七海さん、本当に有難う。何時も貰ってばかりだから、今度は買いに行くねっ! じゃあね、さようなら」
菜月はその足でアルバイトに向い、一輝が父の容体の確認をしている頃、文子は新幹線で東京に向っていた――
「はぁー、まったく、最近の子離れ出来ない親と云うのは、本当に世話が焼けるわねぇ、でも、後になってゴタゴタするより先に分かって良かった。はっきりカタを付けたからこれで安心ね」
文子は菜月の両親に、親には子供を育てる義務がある事、その子供が大人になり巣立って行ったにも拘わらず、所有物の様に支配する事を咎め、娘が幸せになる事を妨害する権利は無いと引導を渡した――
「今晩は。遅くなりました、写真は出来ていますか?」
「いらしゃいませ、今晩は。大森さん、お見合い写真なら仕上がっていますよ」
「急がせておいて、こんなに遅くなって、迷惑なお客よねぇ。御無理を言って申し訳ありません」
「何を言っているんですか、こうやって写真館を続けていられるのも全て大森さんの陰ですよっ! お見合いをして結婚をして出産をして、七五三に成人式まで、こんなに幸せな写真で一杯の写真館は都内……いや、全国を探してもウチだけですよ」
「そうね……此処に来ると時間が止まった様な、不思議な気持ちになるのよねぇ……近い内にもうひとつ飾って貰うわ。おほほほ」
何も知らない一輝は、何時もの様に本を買って帰ろうと、菜月の働いている本屋へ向かっていた――
「今日は『野鳥の観察十一月号』と『双輪術の全て』が発売だな。しかし、長年探し思い続けた本は何処にも無かったな……ふぅ」
書店に到着すると、お目当ての本を手に取って、菜月の居るレジへ向かった――
御読み頂き有難う御座います。
次回もお楽しみに。