味方に見捨てられ敵(エルフ)に捕らえられたスパイですがどうやら才能があったようです。みんな優しいし、これからはエルフの国のために生きることにします。
「潜入完了。続いて【秘宝】の奪取に移る」
『了解。【旋光】に気をつけろ』
「りょ~かい。ってか旋光ってなんのことだと思う?」
「……」
『…………』
返事はなし、か。
俺、ルーガと隣の女、イスカは隣国の宝とやらを盗むための任務に就いていた。
隣国といっても、同じ人間の国ではない。
この国はエルフという魔法を扱うのに長けた種族の国である。
一方、俺たち人間は道具に頼らないと魔法も使えない。
そんなエルフの国では、俺たち人間よりも魔法の研究が進んでいる。
だから、人間にない技術を使った道具が多く存在している。
その技術を盗むのが俺たち、【宮廷隠密組】だ。
その中でもトップの実力を持つのが隣の女――イスカだ。
俺は――。
『――ジャミング場だ。気――kれ――た!』
「だとよ。どうするよ、イスカ」
「――構わない。早急に目的を達成させる。プランBだ」
そう言うとイスカは腕に装着したデバイスを起動させる。
【術式確認。跳躍補助】
その表示とともにイスカは空中を蹴り飛ばし、そのまま移動を開始した。
跳躍補助――まあ、名前通り跳躍を補助するという魔法陣だが、これを連続で使用することで空中での自由な移動が可能となっている。
基本の術式だ。
基本の術式なんだけど――。
【術式確認。筋力増強】
「っしゃ、待てよ! プランBってなんだよ!」
俺はできない。
最初に覚える筋力増強でなんとかついていくのがやっと。
次の日、筋肉痛がひどくなるからあまり使いたくないのだが、仕方ない。
……あとプランBって何? 俺は聞いてないんだけど。
廊下を曲がり、宙を進むイスカの後ろを進む。
「――動くな!」
イスカの声が早いか、目の前を一筋の光がとおる。
「――なんだよ、これ」
目にもとまらぬ速さで俺の目の前を通過した光は、そのまま壁に穴をあけた。
「あちゃ~、外しちゃってんじゃん」
『気にしないで。次は当てればいい』
「あはは、まあねぇ」
機械音とともに聞こえる、戦場とは思えない声。
そして、まるで自室のベッドに向かっているかのような落ち着いた足取りでこちらへと向かってくる少女が一人。
ゆっくりとこちらに近づきながら周囲に光を飛ばし続けている。
一部こちらに近づいてくるものは距離をとりつつよける。
「――ルーガ。【旋光】」
「見りゃわかるって。聞いてねえぞ、あんなんだなんて」
「……後方支援」
「俺が?」
「私が」
「安心したよ。俺は筋力増強以外からっきしだ」
イスカの前に立ち、筋力増強術式を重ねる。
一瞬でも気を抜けば、一瞬でも手を間違えれば確実に死ぬ。
それが嫌でも伝わってきた。
「あれ、君たちが侵入者?」
『油断しないで』
二人が――正確には一人と、機械一体が俺の方を見ると何やら笑顔を見せる。
見た目は少女。実年齢は……考えたくないが、人間で言う14歳程度の見た目だ。
肩のあたりでバッサリと切られたショートカットに、視線があえば殺されかねない鋭い目。
それと――人間の国で使われているのと若干似ている、戦闘用のアンドロイド。
しかし、どうやらアンドロイドではないようで、その奥にいる誰かがアンドロイドを介して通話しているようだ。
「予想以上って感じ?」
『比較的』
「何言ってやがる」
俺が言うが早いか、後ろから連続で放出される弾丸。
目の前の二人はまるでダンスでも踊るように、その弾を軽々とよけ続ける。
「――って打ちすぎだ!見えねえ!!」
「けっむ……。やめてよね、まどろっこしいの」
けほけほと、居場所を隠す気がないのか、少女はわざわざ声をあげた。
(ラッキー)
筋力増強の副作用なのか、それとも何か俺が術式を認識に齟齬が出ない範囲で失敗しているのか、なぜか俺は聴覚も強化されていた。
このおかげで彼女の位置はしっかりとつかめた。
けむい、と言いつつもしっかり移動している。
固有術式とは言えない程度のおまけなのだが、うれしいことにこれが評価されたようでここまで地位を上げることができた。
……下っ端の下っ端だが。
「そこっ!」
俺のこの聴覚増強は伝えていないはずであったが、おそらく上司から聞いていたのだろう。
……俺にはイスカの情報は何も伝えられていなかったが。
「ふふ、なんだか知らないけど私の場所がわかるみたいじゃん」
『魔力検知じゃないでしょ。……なんだろ』
「あんたのジャミングがちゃんとできてないんじゃない?」
『馬鹿言わないで。私の技術は完璧』
「だってよイスカ」
二人の会話を聞いて思わずイスカに声をかける。
……が、返事はない。
「……イスカ?」
耳を澄ましてもこの場にいる二人と機械一つ以外の音はしない。
「……イスカちゃーん? イスカさん? ……え?」
「置いてかれたね」
『完全にね。目標補足圏外、私のアレもいくつかなくなってる』
「……そうだ、こういうのはどうだろう」
「何?」
「俺がここで土下座する。君たちは俺を見逃す」
『無理』
「だってさ」
「……そっかぁ」
長く大きなため息を漏らす。
見捨てられたか、俺。
……なんだろうなぁ。なんで置いていかれたんだろうなぁ。
目の前の奴らが動く様子もないし。
「やっぱ最初から俺を置いていく予定だったのかね?」
「私らに聞かれても」
『困るから』
「だよなぁ……」
もう一度深くため息をつく。
煙もだいぶ晴れてきた。
そうか、これも俺ごと目くらましするためのものだったのか。
二人で戻るつもりはなかったんだな……。
「……これからどうしよう」
戦闘したところで勝てるはずがない。
あきらめて俺は手を上げ降参の姿勢を見せる。
「えー……どうすんの」
『戦意喪失? まあ殺してもいいんじゃない?』
「マジ?」
『マジ』
「別に殺さないでもよくない?」
『……まあ、助かる見込みもあった状況で見捨てられた奴を助けに来ることもないか』
「うん」
『うーん……私も無駄に殺すのは嫌。……でも、平気?』
「じゃ、ちょっと見てて」
二人はしばらく会話をした後、少女はゆっくりとこちらに歩いてくる。
「さ、全力でかかってきなよ」
「……今?」
「今」
「そんな気分じゃないな。見てくれ俺の両手。降参だ。一思いにやってくれ」
「まあまあ。別に殺す気もないよ。どのくらい強いのか見たいだけ」
「…………俺は死なないで済むのか?」
「うん。君じゃ私には勝てないし」
あー、なるほど。
いちいち殺すほどじゃないと思われてるのか。
「別に殺さないなら俺も、もう戦うつもりもないんだが」
「私があんたを抑えられるってみせなきゃ、あいつが納得しないんだって」
「あー……なるほど」
後ろのアンドロイドの目が赤く光っている。
目を光らせてるぞ、というギャグのつもりだろうか。
「別にいいけど……俺は筋力増強しか使えない」
「え? なんて?」
「だから筋力増強しか使えない」
「……マジ?」
「マジ」
『……デバイス解析』
「あ、そっか。ちょっと貸してもらえる? 腕のそれ」
「ああ、いいぞ」
「ん、サンキュー」
本来こんなに簡単に貸し出していいものではないのだが……状況が状況だ。
命にはかえられない。
『……本当っぽい』
「え、すご。それでよくここに入ろうと思ったね」
「俺だって言われたから来ただけだわ。初侵入で見捨てられてんの」
「あはは、やば。あんたなんでそんなすぐ裏切られてんの」
「俺が聞きたいわ」
クスクスと笑う少女を横目に、アンドロイドが前に出る。
『これ、見たから。本当に筋力増強しか使われてない』
「だから言ったろ? この状況で嘘がつける奴はよっぽど度胸があるやつか、実力差もわからないバカだけだよ」
「あはは、いいね。いいじゃん、おいておこうよ。せっかくだし。私好きだよ、この子」
『せっかくって何。慎重に考えないと』
「なんかないのか? 裏切らない魔法とか」
『あるわけないでしょ。常識ないの?』
いや、エルフの国の常識なんて知らんが……。
てっきりそういう魔法もあるもんだと思っていたけど。
「あー、まあ大丈夫でしょ。筋力増強だけの人に負ける気しないし」
『……あなたはそうでも、他の人が』
「私が見てるって。ね?」
『……でも』
「いいじゃん、他の種族のサンプル欲しいって言ってだじゃん。なんか変なことしたら殺すからさ」
ひえっ……恐ろしいことを平気で言うじゃん。
と、思ったが声は出さない。
『……わかった』
「やった。あんたも喜んで、権利の保障じゃん」
「え……い、いえーい」
「革命の歴史を一瞬で歩んだのに、あんま嬉しそうじゃないね」
「素直に喜べる状況じゃないだろ」
「確かに。でも安全だよ。安心して」
そう言って少女はクスクスと笑った。
裏切られはしたが、安全が保障されるなら何も問題ないな。……死ぬよりましだし。
「安心したよ」
「よかった」
『……危険なことしたら殺すから』
「安心できなかったわ」
「変なことする気?」
「しないけどさ」
「しないならいいじゃん」
「んー、まあ、そうかもな」
『で? あなたの名前は?』
「あ、俺か。俺はルーガ。それで全部」
「ルーガ・ソレデゼンブ」
「違う違う。ルーガ」
「ルーガ? 苗字は?」
「ないよ」
『……ふーん。私はフィルチ』
「私はメル。よろ」
ああ、よろしくと手を伸ばす。
見た目通りの肌の柔らかさというか、若さというか……。
「年、聞いてもいい?」
「え? だめ」
流石に失礼だったか、と苦笑いしているとメルはクスクスと笑う。
「嘘嘘。いいよ。204歳」
「マジ?」
「まじ」
「マジかぁ……」
「ちなみにフィルチは――」
『言わないで』
「――だって」
「いや、別にいいよ」
ひらひらと手を振る。
ん、とうなずくと、メルは俺の手をつかんだと思うと「行くよ」と言った。
どこに、と聞く余裕もなく、俺は引っ張られ――光の速さでどこかに連れていかれた。
◇◇◇
気付くと俺は広い一室にいた。
「ここは――」
「姫の部屋」
「は!?」
「ひ、め。わかる?」
「わかるけどさ!? いやでもわかんねえんだよ!? 侵入者をいきなり連れてくるって何考えてるのさ!?」
「声大きいよ。姫の前」
「――っ! そうだな……」
どう考えてもおかしいメルの行動だが、この国の――これから過ごすことになるであろう国の姫の前で失礼をするわけにはいかない。
中央にあったベッドの上からゆっくりと一人が下りてくる。
長い金髪がゆったりと伸び、眠そうにこちらを見る目がなぜか艶っぽい。
「あ、俺は――」
「侵入した人でしょ。知ってる。いいよ。自由に暮らして」
「――ありがとうございます!」
頭を下げる。
自分を簡単に見捨てた人間の国にそこまで未練もない。
この国で新しい人生を始めるのも悪くない。
「さ、いこ」
「メル」
「何?」
「あれ置いてって」
「あ、そっか。おっけ。置いておく」
そう言ってメルは俺のデバイスをその場に置いた。
今更何も言うつもりもないし、いいんだけど。
「新しいの、いつもの場所に置いておくから。渡して」
「あい」
後ろから投げかけられた声に適当に返事して部屋を出るメルに続いて、軽く一礼して部屋を出る。
「オーラあるな」
「私? そう?」
「姫の方だよ」
「あ、そっちね」
そっちしかないだろ。
まあ確かに物おじしないメルもすごかったが。さすが204歳。
「さっき言ってた新しいデバイス。あげるからこっち」
「ん、ああ」
メルは今度はゆっくりと歩いた。
何気ない会話をこちらに振り、こちらもそれに応じる。多少メルと仲良くなれた気がする。
「ほら、これ」
そう言ってメルは俺のデバイスの何分の一かもわからないほど小さい何かを俺に向けて投げてきた。
「なんだよこれ」
「デバイス。新しいの」
「こんな小さくないぞ」
「こっちのは小さいの。ルーガのを見てあんまり変わらないように作ったんだよ」
いや……全然違うが……。
「見た目じゃないよ。持ってる能力」
「能力?」
「うん。それでルーガの持ってたデバイスができるものに加えて通信機能とか、その他もろもろつけたのがそれってこと」
言葉を失った。
確かに肘から先すべてを覆うような大きさではあったが、人類の技術の最先端で作り上げた驚きの小ささだとか言われていたのに……。
渡されたデバイスを手に取ると、そのデバイスはまるで吸い込まれるかのように俺の腕の中に消えていく。
「うわっ!?」
「あはは、慌てすぎだよ」
「驚くわこんなの!事前に言ってくれよなぁメル……。うわぁ……なんか腕が気持ち悪い……」
「一体化しただけだよ。ルーガの魔力源に接続して、それで何も問題は――」
ドン、という爆発音。
それと同時に俺の腕に入ったデバイスが飛び出てくる。
「――ない……わけじゃないこともあるみたい……」
「ええ……」
『爆発音がしたけど』
「あ、フィルチ」
「フィルチか……なんか知らんが爆発したんだよ」
『……デバイスの爆発?』
「そ、なんでなの?」
「おいおいフィルチに聞いてもわかんない――」
『私が作ったから。……でもなんでだろ』
フィルチは食い気味に返事をした。
おいおい、マジか。この小さいデバイスを……フランクに話しかけたけど、こいつすごいやつなのか。
……それを言ったらメルもそうか。【旋光】として知られているくらいだもんな。
フィルチは壊れたデバイスと俺の方を何度も見比べる。
「あー、何かわかったか?」
『……多分。ちょっと時間を頂戴』
そう言ってフィルチは俺の上から下まで一度光を当てた後、『じゃ、後で』と一言言うと黙ってしまった。
何も反応を見せないアンドロイドを数回たたいた後、息を吐く。
一体何だったんだ、さっきの爆発は。
「……メル、ちょっとここの案内してくれよ。暇だし」
「ん、いいよ。フィルチも持ってこっか」
「あ、このアンドロイドか」
「そう。多分今操作してないからさ」
そう言ってメルはフィルチのアンドロイドをコツコツとたたく。
「俺が持つよ」
「え、いいの」
「ああ。重いだろ」
『重くない』
「……聞いてはいるのか」
「うん。操作してないだけ」
『私は重くない』
「いや重いだろ。アンドロイドなんだから」
『……でも私は重くないから』
「……わかったよ。フィルチは重くない」
満足げな鼻息を最後に音は聞こえなくなった。
ちなみにフィルチのアンドロイドはかなり重かった。
◇◇◇
「俺から提案しておいてなんだけどさ、簡単にこの中を案内してよかったのか? 一応人とエルフは敵対関係なわけだし」
「別にいいよ。帰すつもりないし」
「怖いな! ……まあ帰るつもりもないが」
「じゃ、いいじゃん。ってか私嘘ついてるかどうかわかるんだよね」
「マジ!?」
「うん。固有魔法。いいでしょ」
固有魔法というのはこっちで言う固有術式と同じようなものだ。
魔力という、魔法や魔術の源となるエネルギーは、各個人によって性質を変えている。
その性質を上手く利用した魔術を発動させる術式のことを固有術式と呼ぶ。
そして固有魔法は同様に、その性質を上手く利用した魔法のことである。
かなり魔術や魔法に精通しなくては使えないのだが――。
「使えるのか、固有魔法」
「まあね。私、これでも強い方だから」
「だろうな。こっちでも有名だもん」
「ほんと? なんかうれしい」
【旋光】というのはこっちで勝手につけた名前で、こちらの国ではそう呼ばれていない。
というのも、彼女に関して唯一入った情報が
『光が――曲がって――』
という言葉のみ。
彼女に出会って帰還した部隊はなかった。
……そういえば、イスカが帰還したんだった。多少の情報が伝わるだろうが――まあもう関係ない話か。
「さ、そろそろデバイスも完成しただろうし。戻ろ」
「そんな時間経ってたのか」
「夢中になってたもんね」
「見どころ満載って感じだったからな」
事実、俺たちの国では見られなかった技術がふんだんに使われていた。
こんな国に喧嘩を挑んでいたなんてずいぶん無謀な話だ。
デバイスを取りに行く、と言ってメルは俺を姫の部屋まで引っ張っていった。
「なんでここなんだよ」
「姫が持ってんの」
「……?」
「あれ、言ってなかったっけ。フィルチが姫」
「え?」
「姫はフィルチのことだよ」
「……マジ?」
つまり姫に俺はため口を使って話していたと……?
下手すりゃ即打ち首だったということか……それは侵入してきたところからそうだが……。
『私、重い?』
「いえ! 全然! 軽いです!」
「あはは、重いでしょ」
「なんてことを! ちょっとメル変なこと言わないでって」
「だって重いってぼやいてたじゃん」
『へえ』
「嘘です嘘です! こいつ嘘しか言わないんですわ!」
『私の方がメルと長い付き合いなんだけど』
何とか言おうと口をパクパクさせていると、
「ま、気軽に話していいよ。さっきまでみたいにね」
『メルの言う通り。別にいいよ』
「そう、か」
知らなければ普通に接していられた気がするが……いずれ知ることだろうししょうがないか。
先ほどの部屋にやってきてドアに手をかける。
「フィルチ~。入るね」
「どうぞ」
そこには無造作に伸びた髪、ダルそうな目をしたフィルチが座っていた。
よく見れば部屋中に何かの道具が転がっており、壁にはいくつかの機材が設置されている。
「……なんかさっきと印象変わったわ」
「失礼でしょ」
「実際あんま姫っぽくないじゃん、フィルチ。目はしっかり開いたら?」
「……ほら、これ改良したデバイス」
「お、サンキュー」
雑に投げられたデバイスは意志を持つかのようにふらふらと宙を動き、俺の頭にピタリとくっついた。
「あなた、なんか入ってる」
「え?」
「……気づいてないの?」
「どういうことだ? 頭になんかあるのか?」
「ええ。おそらく監視用かなにかでしょうね。やられた」
「……フィルチ、どういうこと?」
「人間にこいつの見たものが伝わっちゃったってことよ。多分そいつは死んでもともと、生きてたらラッキーって程度の捨て駒ね」
メルが俺の方をちらりと見る。
捨て駒、か。
初めからイスカは俺を見捨てていくつもりだったのか。
……いや、そうか。
多分、プランBだろう。
俺を――俺の頭部をこの城の中に残し、次の戦いに備える。
「……あの女」
「……平気なの? あなた、国に捨てられたのに」
「平気ってか、イラついてるよ。なんなんだあいつら」
「ちょっと待って。今その術式を破壊するから」
フィルチがそういうが早いか、頭についたデバイスが多少の光を放ち、パリン、と何かが割れる音がした。
「はい、終わり。じゃ、そのデバイスあげるから」
「腕につければいいんだよな」
デバイスを腕に着けると、体の中に消えていく。
今度はなんだかなじんでいる気がする。
「……情報を俺から渡す」
「え、どうしたの急に」
「俺の体に知らない間に何かされてたんだ。ちょっとくらい復讐したい。俺が知る限りの人間の情報を伝えるよ」
「いいの? 人の国を裏切ることになるけど」
「いいさ。それにこっちで暮らしてもいいんだろ?」
「……いいけど」
フィルチは静かにこちらに向きなおると口を開く。
「別に、そんな情報なくても人間なんかに負けないから」
「いうじゃねえか」
両手をあげてひらひらと振る。参ったね。こうもはっきり言ってのけるとは。
上げた手を下ろそうとした瞬間、再び聞いたことのある爆発音。
「ぬわっ!? また爆発かよ!」
「……嘘」
「フィルチ、爆発二回目だよ」
メルが俺の肩に顔を置いてフィルチに話しかける。
「寝てばっかりいるから腕がなまったんじゃない?」
「馬鹿にしてる? ……ちょっともう一度見せて」
「何を?」
「あなたの体」
「ああ、わかった」
フィルチの手招きに従って彼女についていく。
フィルチはベッドに座ったまま、ベッドが自動で動いていく。大きなドア、広い廊下はこの移動のためだったのだろう。
「……見てよ、自分の足で動かないからこんなことになるんだよ」
「メル、聞こえてる」
「へへ、ごめーん」
「まあ俺も動いた方がいいと思うぞ。体に悪い」
「……うるさい」
ふん、と鼻を鳴らしてフィルチはそっぽを向いた。
案内された部屋はどうやら研究室のようで、先ほどの部屋の簡易的な機材とは異なり、かなり大がかりな機械であふれていた。
「そうだ、後で戦闘訓練しようよ。部屋があるんだ。絶対ケガしない場所」
「俺とか?」
「そうだよ。せっかくだからね」
「でも俺筋力増強しか使えないし」
そう言うとフィルチはそっとこちらを見た。
目に何かの機械を付けていた。
「なんだそれ」
「魔力測定器。…………うそ」
「どうしたの、フィルチ」
目に機械を当てたまま信じられないような顔をして固まったフィルチの目の前でメルは手を振る。
「人間離れしてるのはわかってたけど……私たちと同じ……それどころか――」
フィルチは先ほどまでの眠そうな目が嘘であったかのように目を見開いて俺の方を見つめる。
さらによく見ようと思ったのか、立ち上がり、一歩足を踏み出し――。
「ふぎゅっ」
足がもつれて顔を布団に突っ込んだ。
「あーあ、運動不足」
「メル、うるさい!」
「歩くこともできないのかよ。大丈夫か?」
そう言いながら近づくと、ベッドの縁まで来ていたフィルチにがっしりと肩をつかまれた。
そしてフィルチの前髪が鼻をくすぐるくらいに近づくと、息を荒げたまま声を出した。
「あ、あなた!!!!!」
「うわ、大声出すなよ」
「とんでもない魔力……!」
「え、どういうことだ」
「どういうこともこういうこともない……あなたの魔力、おかしいわよ」
「おかしいって……少なすぎってことだよな?」
「……ああ、人間が使ってたデバイスの弊害ね」
どういうことだ、と尋ねる俺にフィルチは壁を指さす。
そこには俺たちが使っていた、この国から盗んできたデバイスが大量に設置されていた。
「これ、私が100年前くらいに……こういう開発を始めたころに作った試作機」
「え……」
「だから、まだ全然魔力に理解がないときに作ったもの」
「そうそう。だから私が使うと――」
そう言ってメルは俺がここに来るまで使っていたデバイスを手に取ると手に装着する。
すると、メルの腕についたデバイスが起動され――――なかった。
「こんな具合にね」
「――なんで?」
「入力を間違えたんだ。正確に言えば、魔力の根源でなく、別の場所の魔力を変換するような仕組みにしてしまってたみたい」
「そうそう、だから普段は根源の魔力を使う癖がついてると、なんかこんがらがって爆破するんだって」
「なる……ほど……?」
「ま、詳しいことはフィルチに聞いてよ」
「……興味ある?」
「今はいいわ。情報が多すぎて……ってことは何か? 俺たちが『秘宝』と呼んでいたのはただのお前の昔の――思い出置き場ってことか?」
少しフィルチは考えるようなしぐさをした後、
「……そんな感じ。ゴミ置き場、って呼んでたけど」
「俺たちにとっては宝の山だったんだけどな……」
「あ、なるほどね。やけにゴミ置き場ばっかり狙うから何考えてるんだろうって思ってたんだよね」
つまり俺たちはゴミ捨て場をあさるカラスさながらの対応をされていたわけか。
そうなると今まで大した量の人員を割いていなかった理由も頷ける。
「……待てよ」
「ん、どうかした?」
「俺の目を通してどうせ見てたんだろ、あいつら。だったらあれがかなり性能の悪いものだってばれたんじゃないか?」
「……確かに」
「ってことは。だ」
「……攻めてくるでしょうね。おそらく」
ふう、とフィルチはため息をついた。
「ま、あなたがこの時間で見聞きした程度の情報で攻め落とされるほどやわな場所じゃないから。気にしないでいい」
「そういってもらえると助かる」
フィルチはこくりと首を縦に振った。
そして「それより」と一言つぶやくと周囲の機械をおもむろに俺の方に放り投げた。
いや、正確に言うと、フィルチが適当に放り投げた機械がすべて俺の方に吸い寄せられるように向かってきた。
「いてってて、なにすんだ!」
「確認」
「これが私以外にくっつくとこ、はじめて見た」
「これは一番質の高い魔力に反応するんだけど――魔力の量・質とともに最高」
やったじゃん、とメルが俺の脇腹をつつく。
少し恥ずかしい。こんなにほめられたのは初めてだ。
「いやぁ、照れる」
「素直じゃん」
「素直なのは美徳だからな。俺の国ではそうだった」
「いいね。好きだよ、そういうの」
そう言うとメルは俺の手をつかんだ。
そして何かを確かめるように手を何度か握る。
「……おいおい、どうしたんだ。メル?」
「んー、戦闘訓練。しよ?」
「メル……別にいいけどちゃんと説明してよ?」
「あ。デバイス」
「そう。私もついていく」
「いいね。運動不足解消」
「……それもかねて」
「乙女のダイエットに付き合うのは男として当然だな。サンドバッグになってやる」
「ダイエットじゃない! 別に重くないから!」
フィルチは顔を赤くしながらそそくさと訓練場へと歩いていった。
◇◇◇
「ここは訓練場。えーっと、なんか怪我しない場所」
「……この場土地の魔力を利用して、仮想の体で実際の体を覆ってる。だから互いにどれだけ攻撃しようと、その体が傷つくだけ。実際にはもっと複雑だけど」
「へえ……すごいな」
よくわからんがすごそうだ。
その部屋に入ってみると、魔力の感覚なのかはわからないが、どこか不思議な感覚があった。
「まずは私から」
「えー、私がやりたいんだけど」
「デバイスの説明」
「あっちで待ってる」
メルはそういうと少し離れた場所で座り込んだ。
フィルチはメルの方を一瞥することもなく、俺の方に歩み寄ると、手を俺の胸に当てる。
「今から魔力を流す。感じ取って」
「え? デバイスの使い方を教えてくれるんじゃないのか?」
「その第一歩。デバイスを認識できないことには意味がないから」
そう言うと俺の胸に手を当てていたフィルチの手が少し光り、音が聞こえた――気がした。
「うぇ……なんか気持ち悪いんだけど」
「しっかりして。初めはそんなものだから。まずは私の手にしっかり意識を向けて。そこから徐々に体の中に入ってくるものに意識を向けて」
「んなこと言われても……」
言われた通りにフィルチの手に意識を向けるが、何かが体の中に入ってくる感覚はない。
「……わかんない?」
「ああ」
「じゃあ仕方ないわね」
フィルチはそういうと腕に力を込め、俺を突き飛ばした――――かと思った。
いや、実際に俺は吹き飛んだ。
だが、フィルチは腕を初めから伸ばしきっていた。
さらにそこから一歩も動いていなければ、重心も動いていない。
しかし、確実に俺は吹き飛ばされた。
大量の『何か』が俺の中に入ってこようとして――あふれたそれが俺を突き飛ばした。
「今のが魔力。感じた?」
「これが……」
「ん、よかった。これでわからない子もいるから……そうしたら魔力認知に数年かかることもあるし」
す、数年……。
長寿のエルフにとってはいいかもしれないが、俺たちにとって数年もかかったら人生がかなり変わる。
危なかった……。
「じゃ、改めて。こっち」
そういうとフィルチは再び手を俺の胸に手を当てる。
「さっき感じたのが魔力。それが体に入っていくのはわかる?」
俺は黙って頷く。
フィルチの手にあったものが、俺の胸から体に入ってくる。
それは当然のように俺の体中を動き回る。
「いい、ここから集中して。おかしな動き方をする魔力を見つけて。デバイスはあなたの核にある。あなたはその核を感じなくちゃいけない」
動き回る魔力はどれも同じように、デタラメに動いているように感じる。
目を閉じ、体の中に入ってきたそれに深く集中する。
おかしな動き方……このデタラメな動きの中から、おかしな動きを感じられるのだろうか。
一つ一つ、確かめるように魔力の流れに意識を向ける。
「――――これか」
「わかった?」
「多分、だけど」
「じゃあどんな感じか、教えて」
「気ままに広がってた魔力が――その場を避ける感じ」
「……面白いたとえ。でも、あってる」
そう言うとフィルチは俺の胸から手を離す。
「そこがあなたの核。魔力がそこから生み出されてる。そして、デバイスはそこに入った。位置が分かったところで――さっそく使ってみましょう」
「お、実戦?」
「もうちょっと待っ――いや、やっぱりメルも参加して」
待ってました、と言わんばかりに肩をぐるぐると回しながら、メルは手を打ち合わせる。
「魔法の使い方は簡単。今まで使っていたデバイスを基本にしてあるから。まずは風魔法とかがいいかな。基本だし」
「……え、それが基本なのか?」
「……違うの?」
「……俺の国だと、身体強化、跳躍補助あたりが基本だったんだが」
フィルチは数度瞬きをした後、参ったとばかりに頭を抱える。
「なんでそんなものが……」
「その辺って補助だから、確かに基本だけど……」
「魔力をデバイスに移動させて。そうすればその辺は自在に出るから」
「移動って……どうやって」
「ぐっとつかんで移す感じだよ。やってみなよ」
言われた通りに先ほど感じた『核』に魔力を流す。
メルは感覚派なのだろう、それでも彼女の言う通りにやってみると見事にできた。
「おお、確かに身体強化されてる」
「跳躍補助も自由にできるはず。飛んだら足の方に意識を集中。やってみて」
フィルチに言われた通り、飛び跳ね、足に意識を集中させる。
足に地面以外の感覚がある。
「うおおお! 跳躍補助じゃねえか!! 始めてできたぞ!?」
調子に乗った俺はそのまま何度も上に跳ねる。
しばらく跳ねた後、地面に戻るとフィルチとメルは苦笑いをしていた。
「……無邪気」
「あんなにいい魔力なのに。今までどんな生活してたんだろうね」
ほめられているんだかけなされているんだかわからない言葉をかけられた。
さて、とフィルチがつぶやいて地面に降りた俺の方に歩み寄ってくる。
「風魔法。やるよ」
「おう、できるかわからないけどな」
「できるよ。ルーガなら」
人間にとっては応用にあたる風魔法なんだが、簡単に言ってくれる。
だが、跳躍補助に成功した今の俺に不可能はない。
……そんな気分になっていた。
「じゃ、早速私の出番だね! 訓練!」
「ああ、うん。メルの出番だよ」
そう言うとフィルチは俺の後ろに回ると、メルを指さして言った。
「じゃあ今からメルに適当に魔法を当てていこうか。動かないでね」
「………………え」
状況を飲み込めないメルの声が小さく訓練場ないに響いた。
◇◇◇
「ルーガ、ずれてる! もっと右に!」
「んなこと言ってもさ……」
当てずらいわ、これ。
メルは一瞬驚いてはいたものの、すぐに乗り気になって今ではこの通り、自分にきちんと当てるように指示まで出してくる。
「なにためらってるの。別に当ててもいいって。……それに、あなたの魔力の質がいかに良くても、魔法がいいものになるとは限らないの」
「……そんなものか?」
「そうなの。実際、メルだって簡単にいなせると思ってるからあんなにノリノリなんだから」
「……ならいいけどさ」
とはいえ、狙ったところであたるかどうか。
意識を集中させ、魔法陣を構築する。それにより発生するのが魔法。
風魔法がどんな魔法陣を使うのかというところは先ほど教えてもらい――実際、この通り何とか形にはなっているが。
「やっぱりコントロールが悪いな」
「慣れてないせいでしょうね」
「ねえルーガ! もっとでっかいの飛ばしてみてよ! できるんじゃないの!?」
メルはそう言って手をクイクイと動かす。
「確かにそれをやればあたりはするだろうけど、やめた方がいい。見つかりやすくなるから。魔力的には何発も打てるでしょうけど」
「ってか普通に風魔法使ってるだけなのに俺は若干後ろに飛んでるんだぞ? そんなに威力をあげたら隣の国まで飛んでいくわ」
「あー……そっかぁ……」
「じゃ、もう一回」
フィルチの言葉に従い、メルに注目し、意識を集中し――たところで警報のような音が鳴り響く。
「……人間が攻めてきたみたい。早いわね」
「あれ、もう?」
「なんの準備もせず……さすがに信じられない」
フィルチはそういうとメルに合図を出し、どこかへ消え去る。
そして次の瞬間、アンドロイドを連れたメルが戻ってきた。
「ルーガも行くよ」
そう言ってメルは俺の手を握ると、そのままありえないスピードで走り出した。
「向かうから、戦場。実戦が一番」
確かにそうだ、確かにそうだが――
「せめて的に当たるようになってからにしてくれ!!」
俺の声はメルのスピードについていくことはできなかった。
◇◇◇
『ジャミング出すから。あとソナー検出もしておく』
「おっけ」
「了解」
俺たちが了承するが早いか、フィルチは再び口を開く。
『敵は33人』
「33!? 全員じゃねえか」
「え、少な」
「……一応精鋭だからな。あとはメルたちが殺してたんだろ」
「あ、そっか。ってことは……ルーガも精鋭?」
「………………多分」
自身はないが、一応精鋭にあたる。
筋力増強しか使えなかったが――副作用のおかげだ。実戦に向いている性質だったからな。
「近い。三秒後、接敵。まずは私」
「まずはとは言わず全部頼みたいが」
俺の言葉も聞かず、メルは光を浮かべる。
浮かんだ光はメルのもとを離れ、通路を曲がっていく。
すると、すぐに数人の悲鳴が響き渡る。
「命中。こうやって当てるんだよ」
「わかるか……あたったところ見えねえし……」
「ね、フィルチ。残りの奴らはどんな配置?」
『今ので5人が行動を停止した。残りが4人ずつ固まっている。うち5グループが一番近い。……それに、壊しちゃダメなものは――ここからちょうど北の方向。爆発するかも。そこ以外なら大丈夫』
その言葉にメルは満面の笑みを浮かべる。
「ほら、フィルチの合意もとれた。さ、ぶっぱなしてよ。見せて、ルーガの全力」
フィルチのアンドロイドが敵の位置を示す。
ここから直線的に撃てば――確かにあたる位置だ。
「……いいのか?」
「いいよ。どの魔法でも。雷、風、炎――はだめだった。雷か、風か、水か。好きなの選びなよ」
主に練習したのは風だが――ほかのものも使えないわけじゃない。
水か、雷か。
……よし。
「雷、やるよ」
「おっけ。私の『旋光』の影響?」
「大体そんな感じ。援護頼む」
「いいよ。方向修正は任せて」
そう言うと、メルは後ろから俺に抱き着いた。
そして耳元で静かにささやく。
「もう少し右……うん、そこ。いいよ」
自分の核に魔力を流しこむ。
その魔力は『魔法』となって――爆音とともにあたりを平面にした。
「……すっご」
『こんなに出るんだ……』
自分でも威力に驚いていた。
これは自分がやったのか?
目の前で起きた現実を、しっかりと把握できていなかった。
まるで夢でも見ているような感覚だった。
『――ソナー。敵検出。一人』
そんな俺を現実に引き戻したのはフィルチの言葉だった。
その一人が誰なのか――その一人がどこから来るのかを、俺の耳はしっかりととらえていた。
「――っ!」
メルを抱えてそのまま左によける。
俺たちがいた場所に何本ものクナイが突き刺さる。
一瞬の間の後、そこに仕掛けられた術式が起動し、爆発とともに周囲の地面がえぐり取られる。
「あ、ありがと」
「おう。最初にあったときにいたやつだ。気を付けて」
「おかしな魔法を使うね」
「……魔術、だ」
人類の『魔術』は、魔法と異なる進化をしてきた。
だからこそ、エルフは俺たちをなめてかかり、そのおかげで今までは数体のエルフを倒して道具を盗むことができていた。
「魔法と同じだとは考えないほうが良い。あいつが使うのは大体応用で――魔法のそれとは根本的に違うことが多い」
だからこそあいつは道具を多用するし、トップの実力を持っている。
「大した魔力に見えないけど――今のもそうだったね。警戒するよ」
メルは俺から離れ、後ろに立つ。
「援護するから、ぶっぱなして」
メルはそういうが、イスカの姿は見えない。
『……ソナーに反応がない』
「おっけー」
メルはぺろりと舌を出す。緊張しているのだろうか。
しかし、口元は楽しそうに笑みを浮かべている。
「案外楽しそうな子もいるじゃん」
「……そうかもな」
「フィルチは向こうに人数確認に行って。残りの一人は私たちでやるから」
『オッケー。任せた』
『筋力増強』を強める。
ほしいのは副作用。
静かに風が流れる音と一緒に、不思議な感覚が俺を襲った。
「――――魔力が見えるって言ったら、信じるか?」
「……まさか」
「じゃあ見ててくれよ」
筋力増強に意識を割いているため、先ほどのような威力を出すことはできないが、それでもイスカの『魔力』を感じる場所を打ち抜くには十分だ。
「そこだっ――!」
俺が放った雷魔法は壁を貫き、そのまま一つの人影を宙に放り出した。
「やった――」
イスカを倒した――そう思った瞬間だった。
左から何かが飛んでくるような音がした。
「ルーガ!」
と、同時にメルが叫び、俺を地面に押し倒す。
俺がいた場所に突き刺さるクナイ。
「っち!」
上に乗っているメルをかばうように寝返りを打ち、メルを放り投げ、爆発に備える。
が。
「……捕縛完了」
そのクナイが爆発することはなかった。
いや、そのクナイの爆発に気を取られた隙に、イスカはメルに対し『捕縛魔術』を発動させていた。
「ルーガ。帰還命令が出ている」
「……」
「――反逆?」
もともと帰るつもりはなかったが――一瞬の間であろうと、俺の命令を無視する姿勢を見逃すほどイスカは甘くなかった。
「そうか。では貴様はここで始末――」
と、イスカは言いかけ、ひらりと身をひるがえす。
「あちゃー、外れたか」
「……捕縛魔術が」
「え? あれって捕縛のつもりだったの? なんだ、泥でもつけられたのかと思ってたよ」
そう言うと、メルは視線はイスカから離さず、服についた砂を払う。
「ほら、たって。ルーガ、あんたが倒すの」
「お、俺?」
「できるよ。ルーガ、強いから」
そう言うと、メルは再び俺の後ろに立つ。
「いい、戦闘の基本は相手の先を読むこと。必殺の手は一つじゃダメ」
「……難しいこと言ってくれるぜ」
視線を少し先ほど見えた人影に移す。
人形。
どうやら『魔力』を感知することを想定した罠であったようだ。
これが数手先を読むということか。
「……ルーガ。国に戻れ。今なら昇進と褒美が出るだろう」
「は? 何言ってやがる。絶対に戻んねえよ」
「なぜだ。理由がわからない」
「――教えてやるよ、俺が嫌いなのはお前らの態度だよ。何も言わずに俺を――死ぬかもわからねえ作戦に巻き込みやがって……それでおいて俺が魔法の何かを手に入れたから戻ってこいだって? 戻るわけねえだろ」
「――ちっ」
イスカは一つ舌打ちをした。
「ならば――ここで死ね」
イスカは周囲にクナイをまき散らす。
おそらくすべてに何らかの魔術が付与されたおり、デタラメに見えるその配置にも意味がある。
「――メル!」
「おっけー」
メルの旋光がそのクナイをすべて飲み込み、消し去る。
「厄介な――」
「俺を忘れるなよ!」
小規模の雷魔法を分けて飛ばす。
それらはすべてイスカにあたることなく――残った壁にぶつかり、火花を揚げる。
「お前の攻撃は問題はない。出力がいくらあろうと――私の魔術ならいなせないものでもない」
「ああそうかい」
気にせずにさらに数発、打ち込む。
「何度打っても無駄だ」
その間もイスカはクナイを投げ、それをメルが弾き飛ばす。
「っち――いちいちうざい」
跳躍補助で空中へと上がる。
――いい位置だ。
俺が宙に上がろうと、イスカはお構いなしでいくつもの術式を発動させていく。
クナイを投げ、それをおとりに地面に何らかの媒体を落とすことによって魔法陣を浮かべていたのだ。
「メル! 地面!」
「おっけ!」
俺の言葉を理解しているのか、していないのか。
メルは空中に飛び上がると、そのまま地面に向けてかなり巨大な雷魔法を放つ。
「くっ――」
しかし、術式は消えていない。
あの術式は見たことがない。
あれが完成するより早く術者を倒さなくては――。
あそこに見える術式はヤバい。
俺の直感がそう告げていた。
雷魔法を地面にぶつける。
イスカの固有魔術。
小耳にはさんだことはあった。
あいつは魔法だろうと、魔術だろうと、消し去る。
「そんな魔術! 効くものかッ!!」
イスカが叫ぶ。
俺が放った雷魔法はわずかにイスカからそれ、地面にぶつかる。
「吸収術式――お前たちの魔法はもう私には当たらない」
その術式の応用か――俺が放った魔法は地面に吸収され――消え去った。
「――私がやろうか?」
「……いや。まだ大丈夫だ」
イスカはすでにだいぶ手負いの状態だ。
俺の攻撃と、メルの補助。
この二つのおかげでだいぶダメージを与えることができた。
「すでに手は打ってある」
跳躍補助を利用し、雷魔法を何発も打つ。
が、すべて魔法陣の中心に方向を変え、地面にぶつかる。
「――大丈夫だ。俺たちの勝ちだ」
「何を言っている! すでに勝機はこちらに――」
そう言ってイスカは雷魔術を俺たちに向けて放つ。
俺たちの魔力だけを吸収するようになっているようだ。
「メル、補助頼むぞ」
「――任せて」
その言葉を聞き、俺は跳躍補助の発動を停止する。
筋力増強もない。ただの生身の人間。
一直線に落ちていく――いい的だ。
魔力切れ。
そう思ったのだろう。
当然だ。イスカは俺が筋力増強しか使えず――さらに翌日筋肉痛になるような、魔力の少ない人間だと勘違いしているのだから。
イスカは勝利を確信したかのように雷魔術を俺めがけて放つ――が、それが俺にあたることはなかった。
「――なにっ!?」
風魔法。
ただでさえ俺を吹き飛ばす威力。
それを少し強めの威力で放った。
俺の体は上に吹き飛び、そこをメルに抱えられる。
「なんのつもりっ――」
「これで終わりだよ」
イスカの放った雷魔術は、俺が落ちていた位置を通り越し――その背後にあった、ちょうど北の方向に激突する。
俺がさっきで攻撃を当てていた壁。
その壁を突き破り、イスカが放った雷魔術は爆発を引き起こす。
「でかい的なら当たるんだよ、俺だって」
メルに抱えられ、安全圏まで離れていたものの、それでも多少の傷はついた。
筋力増強に全力を注ぎ、元の場所を――イスカの様子を確認する。
「……倒したな」
起き上がる様子もない。
防ごうとしたが、おそらく間に合わなかったのだろう。中途半端な術式がそこに浮かんでいた。
「やったじゃん。初勝利」
「ああ、ありがとう」
「……じゃあ。後のことは任せて」
「……殺すのか?」
メルは少し考えると、下を向いて腕を組む。
「……あれはルーガの戦果だよ。任せる」
◇◇◇
「あなたがどれだけ破壊したか教えてほしい?」
「いえ……すみませんでした……」
「そんなに教えてほしいなら教えてあげる。あなたが一生かかっても償えないほどの額。わかってる?」
「申し訳ございません……」
「あそこ、壊しちゃだめって言ったの覚えてる?」
「はい……」
イスカをとらえた後、俺とメルはフィルチの部屋で正座させられていた。
壊しちゃダメ。確かに言われていた。
北の方は爆発するから気を付けて、程度にしかとらえていなかった……。
「ま、まあまあフィルチ。おかげで人間国からの侵略を防げたんだから」
「メルが戦えば、あの塔は壊れずに済んだ」
「う……」
メルもフィルチの言葉に黙ってしまった。
「……まあ」
うなだれる俺たちを見て、フィルチは枕に顔をうずめながら小さくつぶやく。
「……あなたが私のために働くなら許してあげる」
その言葉に俺とメルは顔を見合わせた。
返す言葉は一つしかない。
「「喜んで!」」
読んでいただきありがとうございました。
『面白かった!』
『続きを読みたい!』
と思っていただけたら、下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして、応援していただけると嬉しいです!