勇者召喚から即追放されて性悪王女のペットになった俺が逆に王女をテイムしてた
前半の大部分はメインとなる主人公視点。
後半はヒロイン視点となっております。
「わたくしの前で呆けるなんて、ペットのくせにいい度胸してますわね」
「――っ!」
目に痛いくらい派手派手しい豪著な室内で、そんな声と共に刃を潰した模擬剣が振るわれた。
その一撃を左の肩口に喰らった俺は、赤い絨毯の上で無様にのたうち回る。
手加減しろよバカ女、なんてことを思っても口には出せない。
なにせ俺の眼前に立ち、慈悲もない一撃を放った見目麗しい金髪碧眼の美女は、この国の第一王女であり、俺のご主人様なのだから。
「姫騎士であるわたくしのペットだというのに、毎度毎度勇者にブチのめされて、本当にみっともないですわ。恥を知りなさい!」
王女様は、模擬剣から革紐をしっかり編み上げた一本鞭に持ち替えている。
衣装こそボンテージではないものの、鞭を振るうその様は、まるでなんちゃらクラブの女王様のようだ。
「弱い弱い弱い、弱すぎですわ、この犬っころ!」
俺の体に何度も打ち付けられる鞭。
たかが鞭と侮るなかれ。一本鞭は打撃面が細く集中し、痛みが激しい。
大の成人男性があまりの痛さに泣いて許しを乞うたり、失禁したり気絶したりするほどの威力があるのだ。
そんな凶悪な物を振るう王女は、ヒステリックに叫んでいるわけではない。
彼女は口角を上げ、愉悦感たっぷりに俺を叩き続けるのだ。
その様は、はっきり言って気持ち悪い。
いくら元の顔が美人であっても、こんな女に関わり合いたくない……のだが、俺はこの女のペットなのだ。
どうしてこうなったのか?
その答えは簡単。
俺が勇者召喚に巻き込まれただけの、”勇者ではない者”だったからだ。
少しだけ詳しく言おう。
日本でチンピラみたいな学生三人組に小柄な少年が絡まれているを見かけ、そのチンピラのリーダーみたいなヤツをぶん殴ったら、逆上したチンピラリーダーの取り出したバタフライナイフで刺された……と思ったら、俺たちはこの世界に召喚されていた、というわけだ。
とはいえ、俺が勇者召喚に巻き込まれたのは、何気に今回が初めてではない。
既に四度の巻き込まれ召喚を経験していて、実は今回が五度目だった。
そして過去四度の巻き込まれ召喚で、勇者ではない俺も手厚く歓迎され、支援職で勇者パーティに所属して魔王撃退に貢献し、最終的に感謝されていたのだ。
そして召喚された直後、また召喚に巻き込まれたのだと気づいた俺は、即座に自分のステータスを確認していた。
名前:犬飼 子猿
年齢:30歳
性別:男性
称号:超越者
職業:使役師
加護
・言語翻訳
・ステータス偽装(発動中)※本人以外閲覧不可
こんな画面で表示された俺のステータス。
過去の経験上、称号は空欄なのが当たり前で、現地人だと称号持ちは珍しい。
一方勇者召喚された異世界人は、勇者の称号を持っていることが当たり前で、俺のように勇者の称号を持たない者はイレギュラーな存在だ。
それでも俺にとっては当たり前の状況で、何だかんだ今までどおりだろう、そう思っていた。
しかし――
「犬飼子猿様。年齢は30歳。性別は男性。称号は勇者……ではなく、超越者? ――それから、職業は使役師でございます。加護は他の勇者様方と同じで、言語翻訳をお持ちのようです」
儀式用だろうか、少しばかり豪華な神官服を着た少女が、水晶を見ながら俺のステータスを読み上げたことで状況が一変した。
「勇者の称号もなく、職業が道化師のような者が勇者パーティに必要とは思えん。……いや、そのような者、はっきり言って不要だ」
ステータスに表示される職業は、人の能力を判断する一番重要な要素だ。
とはいえ、国王が使役師を道化師呼ばわりしたことは許し難い。
腹立たしさを覚えた俺は、それでも冷静に口を開く。
「恐れながら陛下――」
「おう猿回しのオッサン、アンタはこの国じゃ役立たずなんだって、っよ」
俺が国王に前言を撤回してもらい、まずは使役師の能力を確認してほしい、そう言おうと声を出すや否や、チンピラリーダーが俺の言葉を遮り、あまつさ胸ぐらを掴んでいきなり殴ってきたのだ。
誰が猿回しだ、と文句を言う間もなく。
その後、俺を散々殴ったチンピラリーダーは満足したのか、ようやく俺から離れ、その離れ際に俺の脇腹を蹴り上げた。
腹を抱えてうずくまった俺は、腫れ上がっているせいで目も開けられず、なんとか意識を保つのが精一杯。
「そこの道化師は、勇者パーティには不要。よって追放を命じる」
どうにか機能していた俺の耳に入ったのは、慈悲もなくあまりにも無情な国王の宣言だった。
「ならば陛下、そこ道化師はわたくしが貰い受けてもよろしいかしら?」
国王に対し、軽い感じの言葉遣いで喋る女性の声。
「む、何故出てきた……いや、それより、そのような道化師をどうするつもりだ?」
「うふふ。道化師らしく、わたくしを楽しませる役目をさせるつもりでしてよ」
「……まあよい、好きにするがいい」
俺の処遇を、俺抜きで勝手に進めている。
だからといって、意識を保っているのがやっとな俺は何もできない。
「レニャ、そこに転がっているわたくしのペットを、少しばかり回復しておいてね」
「わ、分かりましたお姉さま」
この世界で最初に会話を交わした相手こそが、レニャという人物である。
聖女の称号を持つこの国の第二王女で、勇者召喚を行なった張本人だ。
体型の分かりづらい神官服でありながら、分かりやすくバルンと胸を揺らす小柄な美少女で、ステータスを読み上げた少女でもあった。
そしてよく分からない状況の中で、俺はレニャのお姉さまという人物のペットになっていたらしい。
俺は使役師という何かを従えさせるような職業に就きながら、逆にペットにされるという間抜けな事態に陥っている。
そんな理不尽な状況が、一周回って笑い話のように思えてきた。
ままならない出来事に些か投げやりな思考になった俺は、体の痛みが引いていくのを感じながら意識を手放してしまう。
その後意識を取り戻した俺は、女王様気質の性悪ツンギレ王女……もとい、第一王女のエロイーズから、俺が王女のペットであることをハッキリ告げられた。
そんな理不尽すぎる現状を心の中で嘆きながら、亀のように蹲った俺は、鞭の嵐が収まるのをただ耐える。
「毎日無様にやられるばかり。どうして一撃くらい勇者に入れられませんの! この恥晒し!」
ご主人様である第一王女は、何かに取り憑かれたように鞭を振り続ける。
大体にして、俺は勇者の称号を持たない使役師で役立たず、という理由で追放を言い渡されているのだ。
そんな俺を勇者の訓練に参加させ、勇者を倒せとかいう無理難題を押し付ける方が、どう考えてもおかしい。
もしそんな力があるのなら、そもそも俺は追放されていないだろう。
ちなみに現在は、召喚が行われてから約ひと月が経過している。
だからいい加減、王女は自分が無謀な指示をしていると気づいてほしい。
いや、違うな。
この女は俺が無様にやられるのを見て楽しみ、それを理由に自分が鞭を振るうのを楽しんでいる。
一粒で二度美味しいって感じか。
今日だって――
「第一王女の犬っころ、今日の訓練はこれで終わり、っだ!」
「――ガハッ」
勇者専用訓練場の中央で、拳聖の勇者であるチンピラリーダーもとい、大奥剛拳の拳が俺の腹にめり込み、腕が振り抜かれるとともに俺の体が宙を舞った。
連日行われている勇者特訓の締めを飾る、もはやお馴染みとなった光景だ。
「レニャ、そこに転がっているわたくしのペットを、少しばかり回復しておいてね」
召喚された初日、俺が意識を手放す寸前に耳にしたのと同じ台詞が聞こえた。
その声の先には、王女エロイーズがいる。
彼女は、バタフライマスクで隠されていない口元で三日月のような弧を描き、俺だけが知っている歪んだ笑顔を見せてその場を去っていく。
あれを見せられては、俺がやられるのを楽しんでいることが丸分かりだ。
俺は悔しさや情けなさを抱え、ただ唇を噛んで耐えた。
だが勇者訓練は悪いことばかりでもなく、優しさも十分に感じられている。
「だ、大丈夫ですか犬飼さん?」
訓練が終わるといの一番に俺を心配してくれるのは、いじめられっ子だった小柄な少年、剣崎優だ。
「大丈夫だ。迷惑かけて悪いな。それはそうと、今日の動きもキレッキレで良かったぞ」
「ぼ、僕は自分の力に振り回されてて、ま、まだまだ、です」
長い前髪で目を隠している優は、対人恐怖症の類なのか、どもるような喋り方で会話が上手くない。
それでもひと月の付き合いで、少しずつ会話ができるようになっていた。
そんな優だが、勇者として一番優れていると言う”剣聖”の職業を得ている。
今はまだ弱気な優だが、それを克服したら凄い勇者になるだろう。
現に拳聖である剛拳との模擬戦で、優は一撃も喰らっていないのだから。
「イヌカイさん、すぐに癒やしを施しますね」
蹲って情けない格好で優と喋っていると、ピンクブロンドの髪をなびかせ、重そうな胸の塊をたぷんたぷんさせながら駆け寄ってきたレニャが、俺の傍らにいる優の隣に腰を下ろし、やおら癒やしを施してくれる。
彼女は体だけではなく、荒んだ俺の心をも癒やしてくれた。
そんなレニャは、小柄な優よりもっと小柄だ。
だが彼女は、その小さな体から想像もつかない大きな力で、俺の体全体を包み込むように癒やしてくれる。
その姿は、『どこの騎士王だよ』と言いたくなるようなファンタジー風西洋鎧を着込み、自室で背の高い籐椅子にふんぞり返って偉そうに座り、跪く俺を見下す第一王女とは全然違う。
――って、いつまでも現実逃避してられないな。
今も俺は、その第一王女から鞭を打ち付けられている。
痛みを紛らわすように意識を他所に逸していたが、さすがに現地人より丈夫な異世界人の俺とはいえ、いい加減限界だ。
「だ、第一王女、殿下。明日、明日こそ頑張りますので、ど、どうかご容赦を」
俺は王女に手を止めてもらおうと懇願する。
今の俺には恥も外聞もない。
この苦痛から逃れる、そのための方便を口にするしかなかった。
「あなたは毎日そんなことを言うけれど、いつまで経っても、ただの一撃さえ叩き込めておりませんの! 本当に情けないですわ!」
その台詞をいうのであれば、せめて悔しそうに眉をひそめるくらいしてほしい。
何故バタフライマスクを外し、そんな歪んだ笑みを見せつけ、弾んだ声でそんなことを口にするのだ。
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い――。
「この犬! 犬! 犬! ハァハァ……」
散々俺をブチのめし、気持ち悪い笑みを浮かべて息を切らす王女。
ハァハァ言いってるお前の方がよっぽど犬だろうが! そう罵倒してやりたが、俺は言える立場でもなければそんな状況でもない。
「せ、せめて、テイム……テイムをさせてください」
これ以上は本気で勘弁してほしかった。
だから王女の蛮行を止めるように、俺は尻餅をついた無様な格好で右の掌を突き出し、もう止めてくれという言葉を出さず、せめて職業を活かした戦闘をさせてもらいたい――つまり、何かテイムさせてほしいと願い出たのだ。
「チッ! 何がテイムよ、この軟弱者!」
何故か王女の怒りのスイッチを押してしまったようで、彼女は顔に貼り付いた気持ち悪い笑みを捨て、鞭を放り投げて模擬剣を手に取る。
すると、怒りの形相でその剣を振りかぶり、躊躇なく俺の頭上に振り落とした。
が――
「な、何なの?」
差し出していた右腕を咄嗟に引いて頭をガードしていた俺だが、一向に衝撃が襲ってこないことを不思議に思う。
そして衝撃の代わりかのように、王女の戸惑うような声が聞こえてきた。
俺は俺で何があったのか分からず、恐る恐る腕を下ろし、彼女へと目を向ける。
すると、鬼のような形相をした王女と目が合ってしまう。
その目、めっちゃ怖いんですけど……。
「あなた、一体何をしましたの?」
「わ、私は何も……」
何をしたかと問われても、俺にはサッパリ分からない。
どうしてそんな微妙な距離で剣が止まっているのか、むしろ俺の方が聞きたいくらいだ。
「チッ!」
しばらく間を置いてから不意に舌打ちをした王女は、よく分からないが部屋から出て行けと言い出した。
俺からしてみれば、今日の折檻が終わったことはありがたいため、彼女の気が変わらないうちに退出する。
こうして、理不尽な仕打ちを受ける一日が終わった。
しかし、今日は少しばかり王女の様子が違ったことが気になる。
といっても、今の俺が気にしたところで現状は変わらない。
もはや感覚が麻痺しているのか、この狂った現状に慣れ始めてしまっていた俺は、深く考えることもなく眠りに就く。
◇
翌朝、寝起きに肩などを回して体調を確かめる。
昨夜のうちに回復士に癒やされたことで、それなり以上に体調が戻っていることを確認した俺は、いつものように訓練場に向った。
「あれ?」
訓練場に付くと、いつもは誰より先にいる優がいない。
「教官殿、優の姿が見えませんが」
「ん? 何だ貴様か。――本日、剣聖の勇者マサル様と団長は別行動となっている」
「どうしてですか?」
「貴様に教える必要はない」
すっかり現地人にも下に見られている俺は、ちょっとした質問も適当にあしらわれて答えてもらえない。
剛拳たちチンピラに”劣る”と呼ばれていじめられていた”優”が、剣聖の勇者として崇め奉られているのとは大違いだ。
しばらくして優以外の勇者たちが集まり、教官役の騎士から『本日は実地訓練を行う』という旨を説明され、数人の騎士に引率されて現地に向かうことに。
行き先は、”王家の谷”と呼ばれる場所とのこと。
何とも岩やら砂のイメージが湧く名だが、現地に着いたらそこは辺り一面木々がお生い茂る森だった。
「本日は初日であるため、この山道を進んだ先にある谷まで行って帰ってくるだけであります。この行動は、見知らぬ地を歩く訓練だと思ってください」
それを聞いた剛拳と腰巾着1と2は、「だりー」などと不満の声を漏らしている。
「もし勇者様方に危険があれば、我々が敵を排除いたしますが、気を抜かずに索敵を行なっていただきたいと思います」
「おいおい、オレたちゃ勇者だぞ。――おっと、一匹そうじゃねーのがいたな」
「第一王女の飼い犬が紛れ込んでるな」
「おい、老けた子猿の間違いだろ?」
ふざけんな剛拳の腰巾着1と2!
俺は飼い犬じゃなくて犬飼だ!
それとコザルじゃなくてシエンだゴラァ!
まったく、”子猿”と書いて”しえん”と読ませるとか、名付け親のじいちゃんにはまだ文句が言い足りないぜ。
俺はそんなことを心の中で愚痴っているが、俺のことなど眼中にないとばかりに、剛拳は教官に絡む。
「なー教官、お前らが倒せる相手に、オレたちが勝てねーとでも思ってんのか?」
「め、滅相もないことでございます。ですが我々は――」
剛拳の言葉に教官はしどろもどろになりつつも、騎士の役目などを説明しはじめた。
だが騎士がどうのこうの以前に、剛拳は初めての探索なのだから、いきがらず大人しく聞いていればいいのに、無駄なプライドを見せつけるのが如何にもガキだ、と俺は思う。
ちなみに、優や剛拳を含めた勇者4人は、同じ高校の3年生で全員18歳らしい。
30歳の俺からしたら、まだまだ全員ガキだ。
グダグダな感じで始まった初の探索は、自信満々な剛拳が先頭を歩き、あまりルートがズレるようなら教官がルートを正し、何の問題もなく目的地に到着した。
「何だ、魔物なんか全然出ね―じゃねーか」
「勇者様の迫力に物怖じして、魔物も近寄れなかったのでしょう」
「そーゆー訳か。じゃーしょーがねーなー」
「はい。きっとそうであります」
くだらないやり取りを尻目に、俺は突き出た崖の先端に足を運ぶ。
剛拳を馬鹿にしている俺だが、基本そっちよりなため、高い場所が好きだ。
なんとかと煙は高い場所が好きらしい。
そんななんとかな俺は、勇者召喚でも勇者になれず、日本でもちゃんとした就職もできていない半端者でしかない。
だからこそ、過去の勇者召喚に巻き込まれた際、支援職であっても頼られることが嬉しかった。
一方で、人であれなんであれ、見下ろすことが好きな人種なのだ。
そんなところは、俺も剛拳と変わらないのかもしれないな。
なんとなく嫌な気分になりながら、膝と手をついて崖下を覗き込む。
だがあまりにも深すぎるようで、崖下にあるはずの谷底が見えない。
それでも雄大な自然を眺めながらしばらく呆けていると、自分の背後に何やら気配を感じた。
何となくだが勘違いではない気がして、慌てて立ち上がった俺は即座に振り返る。
と、そこには剛拳が立っており――
「消えろ、猿回しのオッサン」
その一言と同時に素早いワンツーを入れられ、膝が落ちる瞬間にアッパーを叩き込まれ、俺の体は木の葉のように宙を舞う。
そして、底の見えない谷の上空に体を放り出されている、という最悪な況で、俺は完全に意識を失ってしまった。
◇
「くぅっ! 全身の、あちこちが、痛い……」
崖下を覗き込んでいたはずが、気づくと湖と思しき場所のほとりで目が覚めた。
そんな場所にいた所為だろうか、体が冷え込んでいるのを感じる。
思わず寒さに身を震わせると、体全体が悲鳴を上げ、口からも情けない声が漏れてしまったのだ。
「確か、気配を感じ、振り返ったら――!」
現状に陥った原因を記憶から探ると、拳聖の勇者である剛拳に殴られたことを思い出し、崖上から叩き落とされたことに気づいた。
「あの高さから落ちて生きてるのが不思議だけど、考えてもどっちみち分からないんだ。だったら、生きながらえた命を繋ぐ方法を考えよう」
奇跡が何故起こったか考えるより、現状をどうにかすることの方が大事だ。
「まだどうにか動けるけど、このままだとマジでヤバそうだからな。――そうだ、しばらくステータスの確認もしてなかったし、もしかして新しいスキルが生えてる可能性も……」
エロイーズ第一王女のペットにされた後、一応ステータス偽装を解除して真のステータスは確認してある。
だがその後は、何度か確認しても表示に変化がなかったため、しばらく見ていなかった。
ちなみに、ステータス偽装を解除した真のステータスは――
名前:犬飼 子猿
年齢:30歳
性別:男性
称号:超越者
職業:使役師 レベル1
第二職業:神聖騎士 ※未開放
・転生5回特典(過去の転生で就いた職業すべてを使用可能)※未開放
加護
・言語翻訳
・簡易鑑定
・ステータス偽装
偽装時は使役師としか表示されてなかった職業に、テイマーというルビが表示されていたり、今までの勇者召喚時にはなかった職業のレベル表示があった。
更に、第二職業などというのが現れている。
加護に簡易鑑定があったのも初めてだ。
だが何より訳が分からないのが、『転生5回特典』だった。
何だよ転生5回特典って。というのが、初めてこの表示を見た時の率直な感想だ。
そして、第二職業と転生5回特典は未開放。
どちらも内容の確認はできず、解放条件も明示されていない。
しかし、(過去の転生で就いた職業すべてを使用可能)と書かれていたので、特典の内容は分かっている。
「そんな分かりきったことより――って、何だこれ?」
眼前に現れたステータスボードの内容に、思わず驚きの声を上げてしまった。
名前:犬飼 子猿
年齢:30歳
性別:男性
称号:超越者
職業:使役師 レベル2
第二職業:神聖騎士
・転生5回特典
転送士
錬金術師
付与術師
暗殺者
加護
・言語翻訳
・簡易鑑定
・ステータス偽装
従属
▽エロイーズ・ノルベルト
※初回特典、一度だけ使える無制限従属化を使用してテイム
「……何か色々増えてるんだけど」
体の痛みを忘れるほど呆けた俺だが、ステータス表示に意識を向ける。
テイマーのレベルが上っており、第二職業と転生5回特典にあった、『※未開放』の文字がなくなってる。
転生5回特典には、過去の転生で就いた職業すべてを使用可能、と書いてあったはずだが、その文面もなくなっていた。
とはいえ、その文面がなくなっていることに問題はない。
問題なのは、羅列されている職業名だ。
「俺が過去の召喚で就いていた職業は、運搬士・鍛冶師・結界師・盗賊だったのに、何で転送士・錬金術師・付与術師・暗殺者って表示されてるんだ?」
よく分からない状況に頭が混乱するも、一つの可能性に気づいた。
過去の召喚で俺の能力は、最終的に同業者の能力をかなり上回っていたのだ。
しかしそれは、俺が勇者ではないながらも異世界人だからだと思っていたのだが、もしかすると知らぬ間に転職的な何かがあったのかもしれない。
仮にそうだとしても、運搬士から転送士への転職はちょっと意味が分からない。
鍛冶師から錬金術師は、ポーションを作れるようになってたことがむしろ不思議だったので、転職していたという方がしっくり来る。
結界師から付与術師も、単に個別結界を張るだけではなく、付与した相手の強化とかできていたので、これも理解できなくはない。
盗賊から暗殺者も、気配察知や隠蔽、隠密術的な流れは同系統だから分からなくはない……のだが、暗殺というか戦闘自体を俺がやっていなかったため、あまり確信が持てない。
「それでいうと、無限収納から物を取り出すのって、ある意味で転送……ってことか?」
少し強引な考えだが、運搬士が転送士になった可能性はなくもないだろう。
「まあ考えても無駄だし、そういうものだと割り切ろう。そんなことより、そろそろどうにかしないと体がヤバいな」
のんきにステータスを眺めている場合ではないと、体が救難信号を送ってきた。
そこで、先ほどのステータスを思い出す。
今の俺は、錬金術師の職業も反映されている。
鍛冶師だった頃にポーションが作れたのだ、ステータスに錬金術師と明示されている今の俺に、ポーションが作れない道理はない。
そう思った俺は、首を回して周囲を確認する。
まず水だが、湖の水に意識を集中すると、魔力を多く宿す錬成に適した水だと分かった。
これは簡易鑑定が働いているのか、それとも錬金術師のスキルの何かが働いているのだろう。
原理は分からなくとも使える水だと分かったのだ、今はそれで十分。
次は周囲に目を凝らし、付近に草が生えているのを発見。
俺は痛む体を引きずりながら、草むらに近づく。
草が回復に使える薬草であったため採取。
ある程度採取して、再び湖のほとりへ戻った。
そして今は錬成釜などないので、石のくぼみを使う。
程よい石を手に取り、薬草をゴリゴリすり潰してそこへ湖の水を加える。
なんとなくあやふやな感じだが、俺の中の何かがそれで間違いないと言っているので信じた。
その後しばらくゴリゴリしていると、手元の液体が淡く光る。
「……完成、か?」
そろそろ体力の限界に達していた俺は、出来上がったであろうポーションを、それこそ犬のような格好で啜った。
あまり出来の良い物ではなかったようで、全快には程遠い。
それでも多少動ける程度には回復した実感が得られたので、改めて草を採取して何度かポーションを作っては啜った。
「取り敢えず危機は脱したな」
良い具合に体調が戻った俺は、枯れ枝などを拾って焚き火で体を温めている。
ちなみに、鍛冶師には四大魔法(基礎)という戦闘には向かないが、ちょっとした魔法が使えることを知っていたので、派生職業であろう錬金術師でも使えると思い、試しに使ってみたら問題なく使えた。
ひと段落したところで、俺は改めてステータス確認してみる。
「やっぱりある。何だよ従属って……」
今まで見かけなかった『従属』という表記欄ができていた。
しかもそこには、『エロイーズ・ノルベルト』という、俺をペットにしていたノルベルト王国第一王女の名が記されている。
見間違いであってほしかったが、どうやら見間違いではなかったようだ。
「よく分からんけど、俺があのクソ女をテイムした……ってことだよな?」
ステータスの表示から察するに、多分そういうことなのだろう。
「ってか、『初回特典、一度だけ使える無制限従属化を使用してテイム』って……」
その表示を見るに、最初のテイムだけは、相手が何であれテイムできる能力だったような気がする。
であれば、強力な魔物、例えば強者で有名なドラゴンなどがテイムできたのではないか。
そう思うと、第一王女なんぞに使ってしまったのが悔やまれる。
「いやいや、普通はその能力を使用する以前に、そんな能力があると説明すべきだろうが。確かに俺は数回しかステータスの確認はしてないけど、それでも見れる場所はじっくり見たし、そんな記述は一切なかったぞ」
誰に言うでもなく、俺は非難の声を上げた。
「変な話、俺を魔王の前に連れて行ってくれれば、俺が魔王をテイムして魔王退治は終了、って可能性もあったんじゃねーの? なのに、何であのクソ女をテイムするのに使ってるんだよ……」
初回特典が平和への切り札になり得たことに気づき、俺は心底へこんでしまう。
「それより、いつあの女をテイムしたんだ?」
そもそも、ステータスにはスキルの使用方法が書いていないため、俺はテイムの仕方を知らない。
しかし俺は、既に王女をテイムしている。何故だ?
「もしかして――」
『せ、せめて、テイム……テイムをさせてください』
昨日俺は、右の掌を突き出しながら王女にそんなことを懇願した。
そしてその後、王女は俺に模擬剣を振り下ろしていたが、絶妙な距離の寸止めをしたと記憶している。
更にその後、鬼のような形相で俺を睨みつつ、『あなた、一体何をしましたの?』と言われたような。
「あのときか……」
現実に目を背けても仕方ない、きっとあれがそうだったのだろう。
「悔やんでも現状は変わらないし、前を向こう。――ん、何だこれ?」
ステータスに表記されたエロイーズの名前の前に、『▽』のマークがあることに気づいた俺は、感覚的にそれをタップしてみた。
▲エロイーズ・ノルベルト
召喚する
タップしたことで、『▽』が『▲』に変わり、エロイーズの名前の下に、『召喚する』という文字が記された。
「召喚するって、あの女を呼べるってことか? いやいや、会わなくていいんなら一生会いたくないし。……でも待てよ。現状はクソ女から解放されただけじゃなく、逆に俺が支配する側になってるんだよな? ってことは、俺がアイツをペット扱いできる立場に……」
そんなことを思っていると、ステータスボードの『召喚する』という文字がグレイアウトする。
そして――
「なんだこれ、眩しっ!」
俺の目の前が急に輝き始めた。
「な、何ですの?!」
俺の目が正常に稼働しない中、光のあった方から声が聞こえた。
その声には聞き覚えがあり、できれば一生聞きたくないと思っていた声だ。
少ししてやっと目が開けられるようになると、眼前にはファンタジー風西洋鎧を着込み、黙っていれば見目麗しい金髪碧眼の美女の姿があった。
「――ちょっ、犬っころ! どういうことですの? 説明なさい!」
「なんだよお前、マジできたのかよ」
「なっ! 犬っころの分際で、このわたくしをお前呼ばわりとは生意気な。ぶち殺しますわよ!」
今まで散々俺をいたぶってきた性悪女は、今までのように手にした剣を振り上げ、一切の躊躇いも見せずに振り下ろしてきた。
が――
「ど、どうして、ですの……」
王女の剣は俺に届くことなく、既のところで止まっている。
昨日と同じだ。
「あ、あなた、やはりわたくしに何かしましたわね」
王女が睨めつけてくるが、俺は今までのよう屈しない。
何故なら俺は、確信を得たからだ。
だから言ってやる。
「ねぇねぇ、俺をペットにしたつもりが逆にペットされて、今どんな気持ち?」
俺はいい気分だぞ。
「なっ! 何を言ってますの?」
王女が目の前に現れたときは焦ったが、それにより俺は確信を得た。
この女は、間違いなく俺に従属している。
そして昨日の寸止めもそうだが、ご主人様である俺を攻撃できないのだと。
「なあエロイーズ、俺の職業は何だ?」
「犬っころごときがこのわたくしを呼び捨てに――」
「いいから答えろ」
俺がエロイーズの言葉を遮ると、奴は口をつぐんだ。
そして――
「使役師……ですわ」
俺の職業は何かという問に対し、王女はしっかり答えた。
「はい正解」
「ど、どうしてわたくしは素直に答え――ハッ! も、もしかして……」
「おっ、察しが良いな。そのもしかしてだよ」
「なっ!」
「お前は俺にテイムされた。つまりエロイーズ、お前は俺のペットになったんだよ」
「……ふ、ふざけないでくださいまし! このわたくしが――」
ペットがなにやら騒いでいるが、取り敢えず好きに言わせておこう。
そんなことより、俺は性悪王女をテイムした。
内面はどうあれ、黙って立っていれば人形のように美しい金髪碧眼の女性だ。
姫騎士というだけあって、凛々しさも兼ね揃えた美女。
その女が俺のペットになったのだ。
「ふざけた召喚に巻き込まれたと思ったけど、いやはや、随分と楽しそうな世界じゃないか」
予期せぬペット生活から、一気に立場が逆転した。
たとえ偶然であろうと、俺が王女をテイムしたのは事実だ。
そして、見た目だけは美しい王女様をペットにした以上、これからの生活が楽しくないわけがない。
「さーて、どうやってこの世界を楽しもうかな」
絶望しかなかった俺に、輝かしい未来への道が開けたのだ。
美しい王女との、楽しい楽しい生活が――
~~王女の憂鬱~~
父である国王陛下が、ついに決断した。
禁断とも言われている、異次元から勇者を呼ぶ勇者召喚を行うことを。
長年人間族に不干渉を貫いていた魔王が、休眠に入る際に魔王の座から降りると宣言したのが原因とのこと。
わたくしには細かい理由など分からないが、休眠に入った魔王が魔王でなくなることで、魔族の上位種である魔人族が人間に危害を与えてくる可能性がある、ということは理解した。
「勇者など必要ありませんのに」
称号を持って生まれてくるのが稀な世界で、わたくしは”姫騎士”という戦う女性の最高位とも言われる称号を持って生まれてきた。
そのわたくしは、過去の偉人で『戦神』や『戦乙女』と呼ばれたエロイーズ様の名を頂戴している。
『エロイーズ・ノルベルト』
それがノルベルト王国第一王女である、わたくし自慢の名ですの。
しかしその名は、わたくしの自慢であると共に重荷でもあった。
姫騎士として強くあれとしごかれるのと同時に、王女らしく淑女であれと厳しく躾けられ、子どもらしく遊ぶことも許されなかったのだから。
それでいてわたくしは、ノルベルト王国の秘密兵器。
おいそれと力を見せるわけは行かず、生まれてから22年間、一度も城壁の外へ出たことがない。
それどころか、王宮内では自室を除いてバタフライマスクで顔を隠す生活を強いられるほど、わたくしの顔は徹底的に秘匿されていた。
だからわたくしの周囲には、固定の講師や従者しかおらず、その者たちから剣技や躾け、教育が行われたのだ。
その生活は、過保護な箱入り娘などという生易しいものではなく、自由を奪われた籠の中の鳥のような、息の詰まるものだった。
そんなわたくしにも、ついに力を見せる時が訪れた、そう思っていた。
なのに――
「どうしてお父様は、わたくしがいるのに勇者など召喚したのかしら? 相手が魔人族であれば、秘密兵器であるわたくしの力を見せるに不足はありませんのに」
いよいよ姫騎士として戦えると思って出陣を打診したところ、父王はそのような危険を冒す必要はないと言ってきた。
わたくしの素顔を見ることのできる父王が、類まれな美貌を褒めちぎることから、この顔に傷をつけたくないと思っていることは、容易に想像できる。
しかし、ここで出陣しないのであれば、わたくしはいつになったら戦場にに立てるのだろう。
そんなモヤモヤした気持ちを抱えたまま、わたくしは自室に戻る。
そして、溜まった鬱憤を自分の顔を隠す忌々しいバタフライマスクにぶつけるように、雑に外して放り投げる……が、そんなことでは気休めにもならなかった。
そうして鬱憤を募らせること暫し、いよいよ勇者召喚当日を迎える。
儀式を行うのは、聖女の称号を持つ妹のレニャ。
レニャを中心に行われた勇者召喚の儀式は、一応成功したらしい。
しかし当初予定していた4人ではなく、5人召喚されたようだ。
勇者召喚が失敗すればわたくしが戦場に立てますわ、などと思っていたため、密かに失敗を願っていた身としては、召喚人数のズレがあれども、成功してしまったことは正直残念に思った。
この考えは、王女として間違っていると理解しているが、姫騎士として国の役に立てていない現状、どうしても気が急いてしまっている。
そんな情けなさや恥ずかしさを抱えわたくしも、王家の一員として一応謁見の間にきている。
とはいえおおっぴらに人前に姿を現せない立場だけに、玉座の裏から状況を眺めているわけなのだが……。
それはそうと、勇者の称号を持たない者が紛れていることが発覚した。
しかもその者は、職業が使役師という自力で戦えない者だったようで、父王は不要だと断じたのだ。
するとオークのような野蛮な勇者が、その役立たずな者を完膚なきまでに叩きのめしてしまう。
結果、父王は勇者でもない役立たずを追放すると宣言。
わたくしは自分が秘匿されている存在であることも忘れ、玉座の裏から飛び出して父王に声をかけた。
バタフライマスクは着用しているので、許される範疇だろう。
「ならば陛下、そこの者はわたくしが貰い受けてもよろしいかしら?」
役立たずと断じられた者の職業は使役師で、猛獣使いや調教師の同類とのこと。
それを聞いたわたくしは、俄然その者に興味を抱いてしまう。
何故ならわたくしは、幼少期に『捨てられた子犬』という童話が大好きだった。
挿絵の黒い子犬は、幼いわたくしの心を鷲掴みしたのだ。
そして、魔物でもない弱い動物である犬は、ペットとして貴族にも人気があると教わった。
だからわたくしも犬が飼いたいと言ったのだが、王宮内でペットを飼うのはダメだと言われて諦めた過去がある。
今思えば、籠の中の鳥であったわたくしは、謂わば父王のペット。
ペットであるわたくしがペットを所望することは、父王には許せなかったのかもしれない。
それでも諦めきれなかった当時のわたくしは、妙案を思いついてしまう。
ペットが飼えないのであれば、テイムを覚えて獣魔を従えればいい、と。
子犬とは違うが、オオカミ系の魔獣の子どももまた、もふもふして子犬のようにかわいいと言うのだ。
だから魔獣をテイムする方法を一生懸命勉強をしたが、わたくしには素質がなかったらしく、テイム技術を身につけることができなかった。
そして気づけば、わたくしはペットを飼えないまま今に至っている。
しかし、今ひとりの異世界人が追放処分を受けたのだ。
そしてわたくしは、天啓が降ったような感覚に包まれた。
『動物が飼えないのであれば、異世界人を飼えばいいじゃない』
もはや何でもいいからペットがほしかった。
そして今、不要とされた異世界人がいる。
いきなり呼び出されて即不要と言われてしまった彼が、『捨てられた子犬』に出てきた子犬と重なって見えて、なんだか可哀想という気持ちにもなった。
それらの感情が綯い交ぜになったわたくしは、『見た目は人間と変わらないのだから、ペットとして飼うのを咎められないのではないかしら?』という私情の方が若干強く出てしまったのだろう、無意識のうちに体が自然に動いていた、というわけだ。
結果的に、わたくしは初めてのペットを得た。
建前上父王には、『私を楽しませるための従者にする』と伝えたけれど。
「念願のペットを手に入れましたわ」
しかもペットは、魔獣をテイムできる職業の者。
ペットにオオカミ系の魔獣をテイムさせれば、さらにもう一匹ペットが増える。
なんとお得なペットだろうか。
捨てられた異世界人を憐れむ気持ちよりも、ペットを飼えるようになったことの方が嬉しくなっていた。
「わたくしが主人のエロイーズですわ。王女であり姫騎士であるわたくしに飼われること、誇りに思いなさいな」
勇者召喚が行われた翌日、さっそくペットを自室に呼び出し、わたくしが主人であることを伝えた。
「今日から犬っころは、勇者の訓練に参加するのよ。分かったかしら?」
「私は犬ではありません」
「おだまりなさい!」
「――っ!」
ペットの分際で生意気にもわたくしに口答えしてきたので、手にした一本鞭をピシリと打ち付けてやった。
わたくしはテイマーの勉強をしていたから知っている。
ペットを鞭で叩いて恐怖を植え込み、主従関係を叩き込むのが大事だと。
そこに情けは無用。
むしろ、可愛がるだけで躾を怠ることの方が、飼われるモノが不幸で可哀想だ。
だからわたくしは、心を鬼にして鞭を打ち付ける。
敢えてペットの前ではバタフライマスクを外し、誰が主人であるか分からせるために素顔を見せつけて。
ペットを躾けられる喜びと、主らしく振る舞えているか、という不安を表情に出さないように気をつけ、わたくしは鞭を振るった。
その効果は覿面。
ペットはそう時間もかからず、従順になっていた。
「弱いのよ、この犬っころ!」
弱いと分かっていいながら、わたくしはペットを勇者の訓練に参加させていた。
少しでも強くなってほしい、そんな願いを込めて。
しかし、勇者として召喚した者に巻き込まれてきただけのペットは、一般人よりは丈夫な体をしているが、戦闘力は上級一般兵程度といい勝負。
当然、あのオークのような勇者に手も足も出ない。
「犬っころの主人は、姫騎士であるこのわたくしなのですよ!」
わたくしは如何にも『不快だ』と言わんばかりの態度を取り、弱くて当然なペットを鞭で打ち付けた。
いくらペットが従順な姿勢を見せているとはいえ、躾は一朝一夕で身につくものではない、繰り返し続けることが大事なのだ。
これはペットのため。わたくしはペットを躾けている。
心を鬼にしたわたくしは、一撃、また一撃とペットを打ち付けた。
しかしペットは、鞭を打ち付けられる度に、何かを懇願するような弱々しい目を向けてくる。
わたくしはその視線に耐えきれず、顔を歪ませそうになったり、思わず目をそむけそうになるが、それをしてはいけない。
むしろ、主として余裕のある態度を見せなければいけないと思い、無理やり作った笑みを顔に貼り付ける。
それにしても驚いた。
ペットとは素顔で向き合いたいと思い、いつも忌々しく思っていたバタフライマスクを外して対面しているのだが、表情を読まれたくなくてマスクに頼りたくなる。
自分のこんな感情を知れたのも、ペットに出会えたからだ。
そんなこんなでペットを飼い始めてから約ひと月が経った頃、鞭を打ち付けていると犬っころがいつもと同じ懇願をしてきた。
「だ、第一王女、殿下。明日、明日こそ頑張りますので、ど、どうかご容赦を」
犬っころは、頑張ってもまったく結果が出せない。
頑張ったところで勇者に手も足も出ないのは、わたくしも既に分かっている。
「あなたは毎日そんなことを言うけれど、いつまで経っても、ただの一撃さえ叩き込めておりませんの! 本当に情けないですわ!」
無理だと分かっていても、それでもペットを鞭打つ。
努力を怠ってはいけない。
頑張れば一撃くらい入れられるようになるかもしれない。
努力は人を裏切らない。
そんな風に育てられた自分が、その言葉が事実であると知りたかったのもあって、まるで答えを探すような気持ちで叩き続けた。
「この犬! 犬! 犬! ハァハァ……」
ペットの躾は本当に大変ですわ。
今日も息が切れるほど犬っころを叩けた。
主として、十分な躾ができたことに充実感を覚える。
「せ、せめて、テイム……テイムをさせてください」
本日の躾は終了、そう思ったところで、ペットが尻餅をついた無様な格好で右の掌を突き出し、そんなことを言ってきた。
するとわたくしは体に、雷でも落ちたような衝撃を感じる。
それはきっと、弱いくせに生意気なことを言ったペットに対する怒りが、わたくしの体内を巡った衝撃なのだろう。
「チッ! 何がテイムよ、この軟弱者!」
弱い犬っころでも、自分の力で戦うことを学ばせたかった。
だというのに、このペットはテイムに頼ろうとした。
テイムをするということは、自分の力ではなく、従わせた魔獣に戦わせることを意味する。
わたくしとしては、犬っころが少しでもこの世界でも強く生きていけるようにと、心血を注いで躾をしてきたというのに。
そんなわたくしの想いも知らず、テイムした魔獣に頼ろうとする、その軟弱な思想が気に入らなかった。
だからわたくしは、罰の意味も込めて一本鞭から刃を潰した模擬剣に持ち替え、犬っころの頭上に剣を振り下ろした。
「な、何なの?」
振り下ろした剣が、何故か犬っころの寸前で止まっていたのだ。
あまりの腹立たしさに、珍しく我を忘れてしまったわたくしだが、すぐに我に返ってあることに思い至る。
確かテイムされた従魔は、テイマーに危害を加えられない。そう学んでいた。
そして先ほどの衝撃。あれはもしかすると、主従契約が結ばれたことを分からされたのではないか。
だがありえない。
何故ならわたくしは人間。人間はテイムできないはずなのだから。
それでも学んだこと云々ではなく、本能がそうではないかと訴えかけてくる。
とても不安になる。
だから問いかけた。
「あなた、一体何をしましたの?」
「わ、私は何も……」
おどおどとした態度を見せるペットに、得も言えぬ不快感を覚える。
「チッ!」
思わず舌打ちをしてしまったところで、わたくしはペットを追い出した。
わたくしはノルベルト王国の第一王女。
例えペットの前であろうと、王女らしく振る舞わなければいけない。
しかし現状の感情では冷静でいられない、そう判断した結果だ。
わたくしはその夜、悶々とした気持ちでなかなか眠りに就けなかった。
◇
浅かった眠りから覚めて翌日を迎えると、ペットを含めた勇者たちは実地訓練で、王家の谷へ向かったという。
であれば、最近は短時間しか行なっていなかった自分の訓練を、いつも以上にやることにした。
対人訓練を終えると人払いをし、フルフェイス型の兜を脱ぐ。
重く息苦しい兜から開放されたわたくしは剣を手に取り、型の稽古を始める。
ペットを躾けるために心を鬼にして鞭を振るうより、姫騎士らしく剣を振る方が断然楽しい。
それからしばらく稽古に没頭していると、急に目の前が眩しくなった。
「な、何ですの?!」
突然のことに驚きの声が出てしまった。
少ししてようやく目が開けられるようになる。
ゆっくり瞼を持ち上げると、そこには何故か犬っころがいた。
「――ちょっ、犬っころ! どういうことですの? 説明なさい!」
「なんだよお前、マジできたのかよ」
「なっ! 犬っころの分際で、このわたくしをお前呼ばわりとは生意気な。ぶち殺しますわよ!」
訳の分からない状況で分をわきまえないペットの言葉。
ひと月も心血を注いできたのに、躾が全く身についていないペットの言動に、わたくしの体が怒りに震えた。
それは、不甲斐ないペットに対してなのか、もしくは躾もろくにできなかった自分自身に対してなのか分からない。
何にしても、頭に血が登ってしまったのは確かで、わたくしは犬っころに剣を振り下ろしていた。
「ど、どうして、ですの……」
がしかし、昨夜と同様、私の剣は犬っころに届くことなく止まってしまう。
「あ、あなた、やはりわたくしに何かしましたわね」
信じ難い状況に、昨夜も感じた『自分がテイムされているのでは?』という考えが間違いではないような気がしてくる。しかしそれは受け入れ難い。
だからわたくしは、ただの気の所為、そう自分に言い聞かせる。
すると――
「ねぇねぇ、俺をペットにしたつもりが逆にペットされて、今どんな気持ち?」
わたくしが自分を落ち着かせていると、犬っころが今まで見せたことのない言動で煽ってきたのだ。
「なっ! 何を言ってますの?」
今のわたくしは、本当に何が何だか分からないほど混乱してしまっていた。
しかし、私の本能が訴えかけてくる。
わたくしはこの男にテイムされた、と。
王女でありながら、王国の秘密兵器として秘匿され続けてきたわたくしは、何もなさぬまま異世界人のペットとなってしまった。
姫騎士として戦働きをすることもなく、わたくしはペットとなってしまったのだ。
ただの一度も輝けなかったわたくしは、この先も輝くことはできないのだろう。
これからの暗い未来を想像したわたくしは、ただただ絶望するしかできなかった。
最後に作品を投稿してから約半年。
その間に書いてはボツにすること、数十万文字。
このままでは何も投稿できなさそうなので、現在執筆している作品の冒頭を投稿してみました。
今でも迷走状態なのですが、私自身はゆるりと楽しく書き続けられています。
同時に、私以外の人に楽しんでもらえる作品になっているのか、すごく不安になっています。
で、結局何が言いたいかと言いますと――
この作品に需要はありますか?
この先を読んでみたいと思いますか?
ちゅーことですわ。
今までのように自分で勝手にボツにするのではなく、せっかくなので一度でも日の目を見せて、読まれた方の反応から考えてみようと思った次第です。
そんなわけで、『今後のふたりの成り行きを見てみたい』と思ってくださった方は、感想なり評価なりで反応を示していただけると嬉しいです。
よろしくお願いします。