薬師として
アリアに案内され、寮に着いたカイン。ようやく一息つけるのだった。
「ここが、カイン様の部屋です。狭くて申し訳ありませんが、ご自由にお使いください。」
アリアに案内された部屋は、約3.5メートル四方の大きさの部屋だった。部屋の中にはにベッドが1つと、簡易的な机と椅子がある。アリアの言う通り、決して広くはないが、個室をもらえただけで、俺にはありがたかった。
「いいや、十分だ。個室をもらえるなんて。ありがとう。」
「そう思っていただくと、こちらも助かります。トイレと風呂は共同です。今日は、もうお休みになっていただいて構いません。明日の朝7時に、寮長室までお越しください。寮長から指示を貰えると思いますので。それでは、失礼いたします。」
「ああ、親切にしてくれて、ありがとう。」
アリアは軽く頭を下げて、この場を立ち去り、寮を出ていった。俺はアリアが視界から見えなくなるまで見送った後、自分の部屋に入り、椅子に座った。
「ふう。」
思わず大きな溜め息が出た。そりゃそうだ。ビーラムを出てから、ようやく一息つけたのだ。この都市に来てから、ずっと周りの視線が痛かった。耐えきれずに、冒険者ギルドから逃げ出して来てしまったのだ。これから、冒険者ギルドに行きにくくなってしまったな。でも、その事は、今はたいした問題ではない。今は、この寮で、薬草の畑の手伝いをすることになったのだから。冒険者ギルドに行く必要はないのだ。明日の朝にでも、寮長から指示を貰おう。
さて、明日の予定が決まったところで、まだ寝るには時間が早すぎる。それなら、先程アリアからもらった本でも読んで、道具生成の勉強でもしてみよう。
俺は、『道具全般』の表紙をめくり、まずは目次から目を通した。目次には、『道具の種類』と、『素材の種類』の二項目に分かれていた。
まず、道具の、『ポーション』から確認することにした。『ポーション』のページを開くと、ポーションの説明が細かく書かれていた。
『ポーション』
効果 飲むことで、傷をある程度治すことができる。一回の使用料は、100ミリリットル。
必要な素材 薬草と水
生成方法 薬草を乾燥させ粉末にし、沸騰したお湯に混ぜ、完全に混ざるまでかき混ぜる。ただし、水1リットルに対して、薬草は一枚分必要。
ここには、その道具の効果や、必要な素材、生成方法が記載されている。次に、素材の『薬草』のページを開いてみた、『薬草』のページには、薬草が図入りで説明されていた。
この本にて、薬草について分かったことがある。薬草には、天然物と養殖物があるということ。冒険者ギルドが管理している畑にて栽培されている薬草は養殖、自然に生えている薬草は天然物ということだ。
天然の薬草は、気候条件や、立地条件が揃わないと上手く成長しないらしいが、養殖物と違って、質の良いポーションができるらしい。
天然物と養殖物の違いは、薬草の色だ。天然物の方が、養殖物よりも、はるかに色が濃いらしい。
本を読んでいて気付いたのだが、このポーションの生成方法について、頭の中にはっきりとしたビジョンが浮かんでいる。ポーションについて一回、この本を読んだだけで完璧に理解している自分がいた。
なるほど、これが、先程の説明の中にあった、薬師の特性というものなのだろう。ここまで早く理解できたことなど、生まれて初めてなので、少々びびっていた。
一回読むだけで理解できると知った俺は、とにかく色々な道具のページを読むことにした。ここで驚いたのは、道具というのは、回復目的だけでなく、攻撃手段にも使える物があるのだ。
それは、『火薬』という。『火薬』は、硝石、硫黄、木炭を一定の割合で配合することでできるらしい。この『火薬』があれば、この俺でもモンスターを倒すことが出来るかもしれない。しかし、『火薬』は大変危険なものらしく、製造する際に事故が絶えないのだとか。さらに、硝石と硫黄は、なかなか貴重なものらしい。よって、手に入れるためには、自分で取りに行くか、購入するしかない。モンスターを倒すとなると、結構な量の火薬が必要になる。
よって、『火薬』を生成することは、今の俺には現実的ではないと判断したのだ。
まずは地道に、ポーションを生成していき、レベルを上げることにしよう。今後の方針が決まったところで、俺は明日に備えて寝ることにした。
翌朝7時、俺は寮長の部屋へと向かった。入り口の扉をノックすると、アクビをしながら寮長が出てきた。
「誰だ。こんな朝早くから。」
寮長は今まで寝ていたのだろう。俺のノックで無理矢理起こされたと言わんばかりに、入り口の扉を開けた第一声が文句だった。冒険者ギルドから、俺のことを聞いていたのではないのか?
「昨日から、ここに泊まっているカインだ。」
「ああ、カインだ?誰だお前。」
この反応を見ると、寮長は、俺のことを全く知らないようだ。まあ、昨日顔を合わせていないから仕方がないかもしれない。そう思った俺は、寮長に身分証を見せることにした。
「俺は、昨日冒険者ギルドに登録した薬師のカインだ。昨日、ギルドの職員から説明を受けていると思うのだが。」
寮長は、薬師という言葉に反応を見せた。
「ああ、薬師か。思い出したぞ。お前が例の『オール1』なのか?ああ、変な呼び方をしてすまない。事情を聞いているってことだ。寮長のヨハンだ。よろしくな。」
寮長のヨハンは、俺のことを、『オール1の男』として認識しているようだ。まあ、こういう反応は慣れたもんだ。いちいち気にしていてはキリがない。ここは大人しく対応しよう。
「ああ、よろしく。それで、俺は何を手伝えばいいんだ?」
「ああ、こっちだ。ついてこい。」
寮長に付いていくと、寮の裏に、そこそこ大きな畑があった。ここで、薬草を栽培しているのだろうか?しかし、畑一面が薬草で覆われている印象は全くない。あちこち、ポツポツと生えているだけ、という感じだ。
「ここだ。ここで、薬草を栽培している。まあ、畑一面薬草だらけっていうのを想像していただろうが、現実はこんなもんだ。こんな栽培状況だと、どうしても薬草の採取量に限界があるんだ。それに、畑を管理する人手も全くいないから、最近はほぼ放ったらかしに近い。」
寮長の言う通りだ。畑をよく見ると、あちこちに雑草も生えている。こんな状態の畑では、ろくに作物は育たないだろうな。
「お前には、この畑を管理してもらいたいが、出来るか?」
寮長が言うには、手伝いではなく、畑の管理。畑の管理となると、丸一日時間が必要になりそうだ。俺にとっては、レベルアップのために、できるだけ多くの道具生成をするための時間がほしいのだが、今のところ、ここ以外に宛がない。俺は、畑の管理を引き受けることにした。
「それじゃあ、よろしく頼むよ。」
寮長はそう言って、どこかへ行ってしまった。この感じだと、面倒な畑の管理を俺に丸投げしたという印象だ。でも、やるしかない。そう決めた俺は、この畑の現状を把握するために調べることにした。
現状、全くと言っていいほど、手入れのされていないこの畑。でも、薬草が生えている場所がある。畑の手入れをしなくても、ある程度の薬草が生えるから、面倒な作業をしなかったのだろう。
でも俺は、違う考えをしていた。どうして手入れをしていない畑で、薬草が生えることができたのだろうか?生えていない場所と生える場所では、何か違いがあるのだろうか?
そう考えた俺は、まず薬草の生えている場所の土と、生えていない土を比較することから始めた。すると、それぞれの土には、大きな違いがあったのだ。
薬草の生えている場所の土は柔らかく、薬草の生えていない土は固かったのだ。つまり、薬草の根はあまり強くなく、固い土では、正常に根をはることが出来ずに成長しないということ。
でも、これでは疑問が残る。天然の薬草が生えている場所の土も、全て柔らかいのだろうか?天然の薬草が生えている主な場所は、森林内。森林内の土が柔らかいという話は聞いたことがない。
では、なぜ天然の薬草は、土が固くても力強い根をはることが出来るのか?俺は仮説をたててみた。おそらく、森林のあの澄んだ空気が、薬草の成長を補助しているのではないかと。ということは、森林内の空気の条件がないと、固い土では薬草は育たないということになる。この仮説は、正解と言っていいだろう。
問題は、まだあった。この畑に生えている薬草は、全てとても色が薄いのだ。道具全判の本に掲載されていた養殖の薬草の図と比べてみると、明らかに色が薄い。
これは、全く手入れがされていないこの畑の土には、栄養が足りていないからだと思う。
これらのことから、俺がまずやるべきことが分かってきた。まずは、かの畑の土を全て良く耕し、全体に肥料を撒いて、栄養満点の土にすることだ。早速俺は、畑の土を耕すことから始めることにした。
俺は、寮長に、畑を耕すための道具がないか聞くために、寮長の部屋へと向かった。寮長の部屋の前に着いた俺は、寮長を呼び出すためにノックをした。ノックをした後、寮長はすぐに出てきた。
「なんだ、カイン。もう、畑仕事が終わったと言うのか?いくらなんでもはやすぎるだろう。
「いや、寮長。違うよ。これから、畑の土を全て耕すんだ。使える道具はないだろうか?」
俺がそう質問すると、寮長はかなり驚いているようだった。
「お前一人で、あの畑の土を全て耕すと言うのか?そんなこと、出きるわけないだろう。冗談のつもりか?」
「いや、俺は本気だ。俺は地元にいた頃、村の外に出ることができなかったから、ずっと農業をしていたんだ。ある程度時間さえ使えば、畑の土を耕すことは可能だ。」
「まあ、出来るのならいい。道具なら、畑の横にある倉庫の中にあるはずだ。それを使うといいだろう。」
「ああ。分かった。」
寮長に言われて、俺は畑の倉庫にすぐに向かった。倉庫の中には、数本の鍬と、草刈り用の鎌と、結構な量の鉢に、大量の袋と、大量のバケツが入っていた。倉庫の奥には、袋詰めした肥料が大量に置かれていた。
結構使えそうなラインナップで安心した。俺は最初に、倉庫内の鉢に畑に現在生えている薬草を全て移し、大きめの雑草を除去した。
気が付くと、もう日が暮れていた。明日は、畑の土を耕す作業が待っている。この作業には、数日かかりそうだ。土を耕す時は、肥料を撒きながらするとしよう。そうすれば、肥料がより土に馴染むはずだから。
それから一週間後、ようやく畑の土を耕す作業が終了した。耕した土の畑は、俺がきた時の畑とは、明らかに違って見えた。まるで畑が甦ったかのようだった。
ここからは、耕した土に薬草の苗を植えていく作業が待っている。しかし、今の段階では、いい薬草の苗などありはしない。
そこで俺は、次は、いい薬草の苗作りに取りかかる。一週間前、鉢に移した薬草から、種を採取。続いて、耕した畑の土を、数十個の鉢に移して、その土に種をまいた。
一週間後、結構な数の薬草の苗が生えることに成功した。俺はその苗を全て畑へ植えた。ここからは、薬草が育つのを待つだけ。採取できるようになるのは、だいたい二週間ぐらいか。
俺は、薬草が採取できるまでの間、時間を無駄にしたくなかったから、今ある薬草の種を全て回収し、何日かに分けて苗を育てることにした。苗が生えたら、順番に畑へと移していく。
こうやって、収穫日をずらすことで、一度に大量の薬草を収穫しないで済むのだ。
さて、種を全て回収し終えた薬草は、このままにしておく理由がない。俺は、早速、この薬草を使い、ポーションを生成することにした。
薬草は、約半日天日干しにすることで、完全に乾燥させることができた。俺は乾燥した薬草を持って、量の厨房へと移動した。そして、乾燥させた薬草を細かく擂り潰して粉末にし、沸騰したお湯が入っている鍋に一気に投入した。しばらくかき混ぜると、お湯の色が変わり、ポーションが完成した。鍋一杯のポーション。おそらく5リットル以上はある。これは、ポーションの瓶50本相当だ。
一気に大量のポーションを生成したのだが、俺のレベルが上がった様子はない。これは、相当な数のポーションを生成する必要がありそうだ。
ちょうどその時、寮長が俺のところにやってきた。それて鍋の中のポーションを見て、かなり驚いているようだった。
「カイン。もしかして、それ全てポーションなのか?」
「ああそうだ。余っている薬草があったから、試しに作ってみたんだ。ひょっとして、勝手に薬草を作ったのは不味かったのか?」
「いいや、そんなことはない。むしろ、ポーションを作ってくれた方が助かる。これを冒険者達に売れば、いい売り上げになる。さすがは薬師だな、」
初めて人に誉められた気がして、なんだか妙な気持ちだった。だが、こんなことで誉められたくらいで浮かれてどうするんだ。ポーションを生成しているのは、あくまでもレベルを上げるためなんだ。そのためには、まだまだポーションを生成する必要があるんだ。その為には、2週間後の薬草も、全てポーションにしたい。これは、さすがに寮長の許可が必要だろう。
「ところで寮長。2週間後、大量に薬草が採取出来るんだが、それも全部ポーションにしていいのか?」
俺の質問に、さらに寮長は驚いていた。
「なんだと?大量に採取できるだと?最近、なんだか畑の様子が変わっているなと思っていたんだが、そんなに薬草が生えるようになったのか。
よし、いいぞ。薬草全部ボーションにしてくれ。その方が、いい儲けになる。
いやあ、お前が来てくれて良かったよ。」
寮長は、かなり上機嫌だった。おそらく、冒険者ギルドの収支に貢献できるから、今後出世が出来るかもしれないと思ったのだろう。
「ああ、カイン。すまない。お前に伝える伝言があったんだ。」
寮長は、急に表情を変え、話を変えてきた。
「伝言?」
「ああ、今すぐに冒険者ギルドに来いってよ。クエスト関連のフロアのアリアを訪ねてくれ。」
なんだ、呼び出しか?それにしても急だな。何かあったのだろうか?
俺は急いで冒険者ギルドへと向かった。




