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成長素質オール1の少年

とある村での出来事。

 小さな田舎村ビーラム。辺境の地にあるため、外交がほとんどなく、農業でほぼ自給自足に近い生活をしている。

 この自給自足の生活が嫌になり、若者はだいたい15歳になると村を出ていってしまう。月に一度来る行商の馬車に乗って、そのまま帰ってこないのだ。

 このビーラムで作られる野菜は質が大変高く、多くの貴族等に好まれている。そのため、必ず毎月行商が大量の野菜を仕入れに来るのだ。この時に、様々な物と物々交換したり、金を貰ったりしているため、ビーラムにいる者は、何不自由なく生活することができるのだ。自らの食糧は完全に自給自足で補え、医療や道具などは行商が持ってきてくれる。

 それなのに、若者はほとんど外に出ていってしまう。原因は、行商が持ってくる新聞にあった。この新聞は、冒険者ギルドが発行している物で、様々な冒険者の活躍が掲載されているのだ。若者は、その冒険者の活躍を知ることで、冒険者に強い憧れを持つこととなり、外へ刺激を求めて出ていってしまう、というのだ。

 こんな辺境の地でも、生まれた子供は、必ず成長素質の診断は受けている。

 一年に一回、行商が成長素質の診断をすることが出来る者を連れてくるのだ。成長素質を知ることで、具体的に冒険者のビジョンを創造出来てしまうことが、尚更冒険者になることを助長してしまっている。これは、ビーラムの者にとって、大きな問題となっていた。


 毎月やってくる行商に、ビーラムの村長が愚痴を言っていた。


「なあ、行商さんよ。毎月持ってくる新聞。あれ、どうにかならんのか?」


「何ですか、村長様、いきなり。あの新聞は、みんな楽しみにしているじゃないですか。どうにかならんかとは、どういうことですか?」


「いや、あの新聞のせいで、若者が外に興味を持ってしまっとるんじゃよ。このままでは、このビーラムの後継ぎがいなくなってしまうかもしれないんじゃよ。

おまえさんも、うちの野菜がなくなったら困るんじゃないのか?」


「はあ、そうは言ってもですね。この村には、新聞しか娯楽はないじゃないですか。そもそも、新聞を持ってこいと言ったのは、村長様でしょう?」


 行商にそう言われて、村長は大きくため息をついた。


「まあ、そうじゃが、こうも若いもんが外に行くとなるとな。話は変わって来るんじゃ。うちの野菜がなくなってもいいのか?」


 村長の二度の野菜がなくなるという言葉を聞いて、行商も頭をかきながら困った表情をしていた。


「確かに。それは困りますね。かといって、新聞を止めて、この村の娯楽をなくすことで、若者の可能性を潰すなんて権利は、村長様にもないでしょう?違いますか?」


 行商の反論に、村長はますます大きなため息をついた。


「はあ、確かに。おまえさんの言う通りじゃ。どうすればいいかのう。」


 行商と村長は、ずっと腕を組んで下を向いていた。具体的な解決策など、何も浮かばないのだ。そこへ、副村長が話に入ってきた。


「村長様。私、二人の話を聞いていたんですが、どうでしょう。この村を、街で冒険者を引退した者の、第二の生活の地にするというのは?」


副村長の話を聞いて、村長の顔が明るくなった。


「なるほど。それなら、この村の人口も増えるかも。そうなれば、村も少しは発展するかも。村が発展すれば、街との交流も増え、街まで大きな街道が出来るかもしれんな。いいアイディアではないか。行商さんも、そう思わないか?」


「確かに、いいアイディアだと思います。実際、この村では、娯楽はないですが、何不自由なく暮らすことが出来ますからね。街へ戻ったら、冒険者ギルドに話を通しておきますよ。それより……」


 行商と村長と話が解決したところで、馬車から一人の男性が降りてきた。高価な白装束をまとっているその男は、どこから見ても神官そのものであった。

 神官を見た村長は驚いていた。


「な、なぜ神官様がこの村に?」


 村長の問いに、行商がすぐに答えた。


「いや、驚かせてすいません。今日は年に一回の成長素質診断の日ですよね。ちょうどこの村にこれる診断士がいなかったので、今回はこの神官様にお願いしようと思っていたんです。」


行商の説明の後、神官は村長に向かって軽くお辞儀をし、村長に質問をした。


「よろしく。村長。では、早速診断をしようと思うのだが、何処へ行けばいいのかな?」


「ああ、申し訳ございません。神官様。さあ、案内します。」


 神官に問われた村長は、あわてて神官を村の広場まで案内した。すでに広場には、今年生まれたであろう赤ん坊を抱いた母親が、我が子の成長素質の診断を待つために集まっていた。

 神官が広場に着くや、すぐに成長素質の診断が始まった。さすがに神官にもなると手際が良い。効率良く次々と診断が進んでいった。

 

「こ、これは?」


 ある赤ん坊を診断していた神官の表情が曇った。神官は、その赤ん坊の母親にすぐに質問をした。


「こ、この子の名前は、なんと言うのだ?」


神官の質問に対して、母親は不安そうな表情をしながら答えた。


「こ、この子の名前はカインと言います。神官様。カインが、どうしたのでしょうか?」


 母親の問いに、神官は答えを躊躇していたが、母親には真実を伝えなければならないのだ。神官は母親に謝るように答えた。


「いいかな、ショックをうけないでほしい。この子、カインの成長素質なのだが、全て『1』しかないんだ。

腕力も、体力も、速力も、魔力も、精神も、生命力も。全部。」


神官の答えを聞いて、母親は膝から砕け落ちた。


「そんな、そんなこと。神官様。何かの間違いじゃないですか?成長素質が全て1だなんて。聞いたことありません。」


母親がショックを受けるのも当然なのだ。成長素質。これは、一般の普通の者なら、『3』あるのが普通。得意なら『4』。優れた才能の持ち主なら、『5』を越える者もいるのだ。苦手なら『2』。かなり苦手なら『1』。どんなに最低でも、『1』はあるのだ。つまり、この『カイン』という子供は全てが最低の『1』しかないのである。生命力に至っては、他の者ならば平均すると『10』くらいはある。しかし、カインは生命力までもが『1』なのである。


 母親は、全身を震わせながら泣いていた。


「そんな、この子は、これからどうやって生きていけばいいのですか?神官様、教えてください。」


 母親の様子を見た神官は、あまりにも母親のことを哀れに思ったのか、裏スキルの診断を始めたのだ。それを見た村長が、神官を止めようとした。


「し、神官様。それは裏スキル診断では?あいにくこの村には、裏スキル診断の費用を払う余裕なんてありませんのじゃ。」


 村長の問いに、神官は小さく首を横に振って答えた。


「いや、村長。この子の裏スキルの費用は必要ありません。この子、このままでは、あまりにも可哀想じゃないか。せめて、裏スキルでも分かれば、冒険者にはなれなくても、何かしら得意なことを見つけることが出来るかもしれないからな。」


 神官の答えを聞いた母親は、手を会わせてお礼を言い続けていた。


「神官様。お心遣い、ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。」


 しかし、裏スキルの診断を終えた神官は、さらに険しい表情となっていた。


「な、なんだこれは?こんな裏スキルは、見たことがないぞ。」


 神官が見たカインの裏スキルは、

『自身の裏スキル診断』

『レベル2から確認可能スキル1』

『レベル2から確認可能スキル2』

『レベル2から発動スキル』


 カインは、裏スキルを4つも所有していたのだ。だが1つは全くと言っていいほど役に立たない。自分自身の裏スキルを確認するだけなのだから。だが、他の3つのスキルは、神官でも分からない、謎のスキルなのだ。とにかくレベル2になってみないと分からないのだ。その結果を母親に告げたのだが、母親はさらにショックを受けていた。


「そんな、神官様。レベル2にならないと分からないのですか。でも、カインは、どうやってレベル2になればいいんですか?」


母親がショックを受けるのも無理はない。成長素質とは、レベル1の能力値でもあるのだ。全ての数値が1なのでは、モンスターを倒すことなど出来るはずがないのだ、

一般的にレベルが上がるために必要な経験値は、モンスターを倒すことでしか手にいれることができないのだ。しかも、レベルが上がれば上がるほど、次のレベルまでに必要な経験値は多くなる。

全てが最低の成長素質のカインでは、レベルを2にするだけでも至難のことなのだ。なんせ、生命力が1。ということは、現在のHPは1しかないのである。これでは、戦う以前の問題なのだ。


「いや、それは。」


 母親の問いに、神官は何も答えることが出来ずにいた。そんな神官の様子を見た母親は、周りの目を気にすることなく大声で泣いた。


「カイン。カイン。カイン。どうすればいいのカイン。カイン。カイン。カイン。」


泣き叫ぶ母親を前に何も答えることが出来ない神官は、そのまま広場を後にした。そんな神官を見た村長も止めることは出来なかった。広場にいた他の者も、あまりにも酷いカインの未来を思うと、慰めの言葉一つ、母親にかけることは出来ないでいた。




 そして、15年の月日が流れた。全く戦闘が出来ないカインは、村の外には出ずに農業をすることだけしか出来ないでいた。月に一度は来る行商は、カインにだけは、冒険者ギルドが発行している新聞を渡さないでいた。下手に外に興味をもって貰っては、必ず早死にすることが分かっていたからである。実際、誰から見ても、カインは何不自由なく生きていた。このまま新聞を見せずに生きていくことがカインにとって幸せなのだと皆が思っていた。

カインと同年代の少年達も、カインの成長素質のことについては知っていた、カインの将来を思うと、あまりにも可哀想でイジメの対象にすらならなかったのだ。


 今日も、行商がくる日。行商の前には、沢山の村人が物々交換にとやって来ていた。日用消耗品を手にいれようとカインの母親も来ていた。


「ただいま。カイン、片付け手伝って。」

 

大量の日用消耗品を手に入れた母親は、家に帰るなりカインを呼んだ。しかし、返事はなかった。


「カイン。何処にいるの?」


 母親は家中を探したが、カインの姿はなかった。代わりには机の上に一枚の紙が置いてあった。

 その紙を見た母親は膝から顔を真っ青にして、家を出ていった。紙には、


『お母さん。お父さん。今まで育ててくれてありがとう。俺は、どうしても外の世界が見たいんだ。皆は隠してたようだけど、俺は、冒険者ギルドが発行している新聞のことは知っていたんだ。村の広場のゴミ箱に捨てられていた新聞を見つけてから、この世には冒険者という人達がいることが分かったんだ、俺も、外の世界が知りたい。だから、村を出ていく俺を許してほしい。ごめんなさい。』


と書かれてあったのだ。母親は、必死になって行商がいるところまで走っていった。おそらく、行商の馬車に乗っているに違いないのだ。


 だが、母親が見たのは、村を出ていく馬車の後ろ姿だったのだ。村を出て、必死に追いかける母親。それを見た父親は、必死で母親を止めた。


「おい、いきなりどうした。村の外は危ないぞ。」


「あなた、止めないで。あの馬車にカインが乗っているの。」


「なんだと、カインが?」


二人が話している合間にあっという間に馬車の姿は小さくなっていき、消えていった。


「カイーーーーーン」


母親と父親は叫んだ。そして、絶望したのだ。崩れ落ちる二人。その二人に、村長が声をかけた。


「二人とも。そこまで心配しなくても言いと思うぞ。カインは賢い子じゃ。自分の成長素質のことについても十分に理解しておる。危険を犯すことなど、ないはずじゃ。心配なら、一ヶ月後、行商の馬車に乗って、お前達も街へ行ってみて、カインを探してみるんじゃ。」


「そ、そうですね。」


村長の語りに、母親は小さく答えた。




「いいんですかい?だまって村を出てきて。」


馬車に乗った行商は、一人の少年に質問していた。


「ああ、大丈夫。危険なことはしない。あくまでも、外の世界を知るだけだ。」


そう、一人の少年、カインは答えた。荷台に乗って、空を眺めながら。




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