いったいどこで切るのでしょう? 坂上田村麻呂
今回は初代征夷大将軍の「坂上田村麻呂」について、きになる事があったので、書いてみたいと思います。
一度は教科書で習った名前です。ですが、この名前は、どこで切るのでしょうか?
「坂上」でしょうか?ジョン・Fケネディのように、田村はミドルネームなのでしょうか?
いえいえ単純に「坂上田村 麻呂」です。
なぜこのように苗字が長いかと言うと、意味があります。坂上田村は、源平藤橘の様な氏ではありません。そうですね、わかりやすく言うと織田「上総介」信長や、上杉「弾正」謙信のような、自称官位に近いものです。正確に言えば藤原さんで伊勢に根付いたのが「伊藤」さん、源氏で群馬県の新田に住み着いたのが「新田」さん、そんな感じでその人に関係のある地名、役職名つけたのが「坂上」と「田村」だったのです。ですからこの人の名前も、前回話した「麻呂」になります。
もっとすごい人になると、「蘇我倉山田石川 麻呂」って人がいます。乙巳の変で、蘇我入鹿暗殺時に、裏切ったとされる人物です。この人も麻呂ですね。
この人の場合は蘇我氏の倉(物資を管理する)、山田 と 石川 と言う地名に縁のある人です。でも臣でいうと「臣 麻呂」となってしまって、全くだれかわからなくなります。そりゃ人名辞典である「尊卑分脈」も役に立たなくなりますわな。実際使っている学者さんのコメントがありました。どうも一昔前のネットが盛んになる前の「大百科事典」のようなものらしいです。
話を戻しますと、田村さんは、8世紀から9世紀にかけての人物ですが、このひとは、あっちこっちの伝説で名前が出てきます。大体が「田村将軍」と呼ばれていますが、敵の名前もだいたいきまっています。「あくる」、「あくる王」なんて呼ばれる人と、なぜか、全国各地で戦っていますし、時代もバラバラです。
この「あくる」ですが一説には東北にいた蝦夷「阿弖流為」とされていますが、事実は不明です。なぜなら、「あくる」は伊勢や信濃にも登場します。
実は「あくる」とひらがなで書いたのには意味があります。おそらく「あくる」は朝廷に反するものの呼び名の一つでではなかろうか?と言うことです。似たようなものに「土蜘蛛」なんて言うのもあります、あれも全国各地に存在し、時代設定もあったもんじゃありません。
ただこの「あくる」ですが、妖怪にその名を残しています。瀬戸内海を暴れまわった大型の魚の怪異です。多分この伝承が古代日本書には出てくるので、その話が「日本では」原点なのでしょう。
ちなみに、島崎と 藤村 に関係がある人は「島崎藤村」になるのでしょうか?




