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歴史における通説と私見  作者: 鹿島三塁手
平将門ってなんか不思議なんです
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ー閑話ー情報の混乱

 日本史を、何年ぶりかに読みなおしてみると、知らない記事、知らない人名、知らない書物の数の数に驚く。

 そういう場合は、その対象を引用してきた文献の出典を調べると、ここ10年ほどのもの、がとてつもなく多い。

 古い記録の体を取っているが、その文献の元の人物はいても、その伝文献の発行されたのが、徳川時代だったり、全く違う史観をもつ、明治以降の出版、そのうえ「改定(かいてい)」なんかされていたら、その記録の大本と、今のものの違いが解らない。

 学者の書いたものといっても、特定の大学で「修士号(しゅうしごう)」「博士号(はかせごう)」を取得したのち、他の場所を、ぐるぐる回っている人もいるし、聞いたことのない大学に勤めてる人もいる。

 そういう場合はその方の論文を調べる。地味にコツコツと同じ研究を繰り返す人は、まだましで、歴史上の有名人の著作がやたら多い人は何か気になる。

 論文も調べると「どこに保管してあるか」が解る場合もある。その学者と共同著作している人が、信用できない場合もある。


 先日書かれていた辞書風サイトの信用性なのだが、ある仮説がある。

 これは中国の学者のものだが、信用に足るものだと思う。実名はなにか、基準に引っかかりそうなので説をのべる「加上説(かじょうせつ)」という。

 これは「後の世代に作られた説話は、元々のものに、それをより古い時代であるということを書き加え、複雑さを増していく。」そういうことらしい。

 たとえば、歴史である神を信じている氏族が勝利した場合、負けた方の神々は、勝った方の神の神話に古い時代の神々として書き加えられる。つまり、信者のいなくなった神を、自らの神を修飾する材料とするということらしい。


 歴史も途絶した一族を、あからさまに悪者にして、生き残った一族は「無理やりにでも」善人にしてしまう。そんな時に、反論の出来ない一族に罪をかぶせることはありえる。

 そうして悪意を持った人が、その生き残った方の方を持ち、いなくなった方を、過剰に貶める。最近はある説があった場合は、それの提唱者、その説の根拠となる文献を調べ、その信用性を調べることにしている。

 たまにその説が、一人の人間の説に収束することもあるし、元々の文献の形をどれだけ残しているか、前回の「老人雑話(ろうじんざつわ)」のように、徳川時代、明治時代と二度もフィルターを通って、出版され、その上「|改訂版」が出ている場合。原書と、最も新しいものでは表現が変わっている可能性はおおきい。

 最初に書いた辞書風のサイトの履歴を見ると、最初とは似ても似つかない文になっていることもある。情報の精査が出来れば、あのサイトも十分役に立つのだが。


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