ー閑話ー老人雑話 とは?
最近秀吉の研究をしています。ですが、戦国時代の人物を調べると、聞きなれない文書名がありました
最近「辞書風書き込み可能なサイト」(実名は避けます)で調べ物をしていると、聞きなじみのない本や、学者の名前をよく見ます。
実際ここ20年ほど、仕事が忙しく、最近の作品は読めていないのですが、歴史上の人物、事柄に私の知らない名前がよく出てきます。
私も新しい資料の発見や、学者の研究なのだろうと思っていますが、それにしても、知らない名前が頻繁に出てきます。
「古代史」の中に「尊卑分脈」「公卿補任」、「日本紀略」などは信用性に疑問があります。
公卿補任は奈良以前の古代史においての不確かさ、その後の秀吉や、信長の補任も「急に高い官位を授ける事が出来ないのでという理由で、さかのぼって、官位を貰っていたことになっています。つまりその当時の朝廷のさじ加減でどうにでもなる文章です。
日本記略はもっと簡単です。同世代の史書、にない記述はその当時の圧力によって、改ざんという可能性もありますが、作者不詳、記録の内容でなく、年月日の齟齬、それにもまして、この作者が造ったであろう独自の文の挿入があります。
その中で最もひどいのが「尊卑分脈」です。古代史に引用が良くされますが、成立年代は南北朝から室町前期に編纂されたものです。編者は、「洞院公定(1340年 - 1399年)」と言われていますが、彼の死後も加筆、があり、なぜこの時代の記録を平安以前の記録に充てるかが不自然です。
昔の記録に女性の本名のないものが多く「女」とだけ伝わっているのも、謎のXを後から系図や歴史に挟み込む場合に有利という理由ではないかと、勘ぐってしまいそうになります。
古代だけなら良いのですがどうやらその作業は、中世、近世でもあったようです。
この文章のタイトルである「老人雑話」ですが、この作者「伊藤坦庵(1623-1708)」の名前があるサイトに初登場するのがなぜか2019年3月24日です。
って『おい今年、それも半年ほど前かよ。(著者の声)』。
そして、その話を聞いた相手、「江村 専斉(1565-1644)の初出も2008年、その他周りの人物の名を「那波活所」「藤原惺窩」と辿っ いくと徳川家の御用学者「林羅山」にたどり着きます。
彼は徳川家のブレーンで、特に朱子学(儒学の一派)の方です。つまり彼というフィルターを通ると儒学という戦国時代あまり重視されなかった思想が、乗ることになるます。
つまり林羅山の「思想、信条」がその当時の書籍の「検閲」時に乗り、発行されることになります。
いやいや、これでは欠席裁判になってしまうので、別のサイトから「老人雑話」を調べると、内容に「戦国時代から近世初頭にかけての武将の逸事や軍事、文事、医事、能、茶、京都の地理などに関する話を達意の文章でつづっている。とくに豊臣秀吉に関する逸事は白眉の記事であるが、必ずしもすべてが真実とは言い難い。随筆としては優れたものである。」とある。
なるほど、道理で知らないわけだ。そしてその活字本は「改訂史籍集覧」「随筆文学選集」「続国民文庫雑史集」に書かれているようなので、調べると、原本は全て、明治大正期に書かれたもので「|皇国史観」という天皇絶対主義というフィルターを通ってます。
ですから、本来この「老人雑話」も出典にふさわしいかと言えば、そうではないと言わなければならないでしょう。
ですから某辞書風ネットサイトを読むときは、偏った情報を流す人物の説や、出典は取り除くことが大事になります。
「歴史は勝者によって創られる」今の時代の場合は、学者の論がその一つに当たるのかもしれませんね。
古代の文書には「偽書」本物であると断定できない書、と「謀書」明らかに偽物で、他者を陥れるための書。という区分があり、後者は江戸時代でも重罪とされていました。今の法律ではどうなんでしょうね。




