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ー閑話ー天皇の賀茂神社行幸の表と裏
この行動は尊王派の勝利と言われています
1863年3月11日当時の天皇陛下である孝明天皇が、幕府の将軍や幕閣をつれ京都にある「賀茂神社」に攘夷祈願を行いに行きました。といっても「高杉晋作の話」じゃないです。その時に孝明天皇は当然神社に入り祈願と言うことですから、神道式の「二礼二拍手一礼」でしょうか?祈願を願ったはずです。
そうなると面白いことになります。当時の尊王攘夷もしくは尊王討幕派は喜んだでしょうが、よく考えてみましょう。徳川氏は新田氏の末裔とされていますが、その実、徳川家康の改名前の名は松平元康です。
松平氏というのは三河松平郷に『賀茂氏の末裔』が土着したのが元祖とされています。
おや先ほど行幸したのは「賀茂神社」と言った気がします。賀茂神社は古代の賀茂氏の氏神を祭る神社です。そこに頭を下げるとなると、何かが逆転したような気がしますね。
果たして真実はいずこにあるのでしょう。
果たして真の勝者は




