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歴史における通説と私見  作者: 鹿島三塁手
徒然閑話集
35/69

ー閑話ー日本の都市は風水ではできていない

 日本で風水が騒ぎ出されたのは20年位前でしたが、日本にも昔から方位学、天文学、暦はありました。

 最近江戸の街は天海が風水を用いて作ったとか、平安京、平城京も風水学でできている。なんていう人がいますが、あれは一部が正しく大部分ははずれです。あれは正確には「陰陽五行思想いにょうごぎょうしそうというものが起源となっています


 陰陽五行思想というのは中国の春秋戦国時代に確立したもので5~6世紀に日本に伝来し、律令制度制定後は「陰陽寮(おんみょうりょう)おんみょうりょうの管轄となり、その後に伝来した道教を加えることにより陰陽道(おんみょうどう)と言うものができます。よく歴史に出てくる「安倍晴明(あべのせいめい)で有名ですね。


 代表的なものでは六曜(大安とか友引)や干支十二支や|十干《じゅっかん》甲子園の甲や乙が十干、子とか午なんかが十二支で10と12の最小公倍数である60年に一周しますですから、暦がもどるで、還暦です。暦には二十四節気があり、立春とか、夏至なんかがこれです。


 次に5行の説明をします。これには5つのものがたいおうしており、火、水、木、金(金属)、土の5つです。そしてその中に「相性(そうせい)相克(そうこく)」と言う関係性があります。

 相性とはとは互いに生かしあうことで、木が燃えて火になるとか、火は燃え切ると灰になり土に戻るなどの良い方向の回る現象のことを言います。

 逆に相克とは互いを打ち消しあう関係、火は見ずに消されることや、木は土の中にある養分を吸って土地を痩せさせる。悪い方向に回る現象です。

 子の五行の水、金、火、木、土、と陰陽にあたる日(太陽)と月を荒らせたものを七曜(しちよう)と言い。これに天文学の惑星と太陽をあてはめたものが「七曜星(しちようせい)」でこれが陰陽道における天文学や占いのもととなります。

 西洋占星術の9曜や、1週間の七曜日もここから発展したものです。

 そしてその陰陽五行説のの中に「四神相応(ししんそうおう)」と言うものがあり、東に川、西に道、南に湖もしくは海、北に高い山がある土地は栄えるというものです。これを利用し天海は江戸の町を作ったと言われています。つまり中国から入ってきた陰陽五行思想を日本なりに進化させていった結果できたのが江戸の街です。


 次に中国に残った陰陽五行思想について話します。中国に残った陰陽五行思想は様々なものを取り入れて「風水(ふうすい)」という思想を作り出します。

 日本の陰陽五行説はこの風水の体系化される前に分かれたもので、天文学や占い暦と言う方向に進化したものですが、中国の風水は地理や気の流れ(理気)を重要視したものとなっています。日本ではそこまで体系化される前のものが、伝わったためその陰陽道の一部や家相学の原点(鬼門など)が伝わり独自に体系化されていきます。早い話日本における陰陽道と中国の風水は同じ陰陽五行思想を親とし別々の進化を遂げた兄弟なのです。ですから最初に私の言った「一部があたりで大部分がはずれ」という答えになります。


 ですから中国人もしくは風水に詳しいものがみると江戸(東京)は風水を基本になって作られていると見えるのです。


 明治以降中国人が日本に着て驚いたのが「風水学」のないことでした。それを作家の荒俣宏氏が「風水先生」という著書の中で風水と陰陽道の原点が同じことを著しそこから日本における風水ブームが起きるのです。

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