表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
吸魂鬼  作者: 腰光
7/12

七. ~鬼の失意~

 冬の知らせがくる頃、長親(ながちか)から相談があると家に誘われた。

長親の家には何度か行ったことがある。長親は実家が神島(こうのしま)市からは離れているため、アパートで一人暮らしをしている。アパートは小綺麗で部屋も広めだが、長親の部屋に関してはそれは当てはまらない。大量のフィギュアや漫画、アニメのDVDにゲームで溢れており――綺麗に整頓はされているのだが――生活空間はとても狭いものとなっていた。

 いつもはそのコレクションを眺めたり、ゲームでも始めるのだが、今日はこたつの中でコーヒーを飲みながら向かい合って静かに座っている。

「で、相談ってなんなんだ」

 黙っていても仕方ないので、俺の方から切り出した。

 できるだけ優しく言ったつもりだが、それでも長親は迷っているようである。

 よほど話しにくい内容なのかもしれない。

「その信じてもらえるかはわからないんだけど、いや、丞はきっと信じてくれると信じているよって僕は何を言っているんだろうね。ははは」

「いいから、話してみろよ。信じるかどうかは話を聞いてからだってよく言うだろう」

「うん、じゃあ話すよ……。昨日、僕は予約していたゲームを買いに行って、帰りが遅くなったんだけどね。近道をしようと思って裏道を通ってたんだ。ほら、ゲーム屋さんの近くに廃工場があるでしょ。ちょっと怖かったけど、早く帰ってゲームがしたかったんだ」

 話しながら、長親はコーヒーカップをくるくる回している。ただ回しているだけで飲むことはしない。緊張の表れであろうと俺は思った。実際、長親の話し方には緊迫したものがある。

「廃工場に行く角を曲がろうとしたときにね、変な音がしたんだよ。怖かったんだけど、気になって僕は角から覗いてみたんだ。そしたらね……」

 長親は一旦間をおいた。

 まるで、心霊体験を話しているような長親を見て、俺も少し緊張した。

「全身に毛が生えた大きな何かが人のようなものを食べていたんだ。僕は腰を抜かして大声を出しそうになったけど、ばれないように逃げ帰ったんだ」

 その体験を思い出したのか、長親の顔が青くなっていく。

「幻でも見たんじゃないかと思ってたんだ。でも、今朝ニュースを見たら、例の廃工場で猟奇殺人があったって言うじゃないか。僕はもう怖くなって怖くなって、誰かに相談したかったんだ」

 今まで猟奇殺人の確かな目撃情報はない。長親の話が本当だとすれば、驚くべきことである。

 それに、犯人と思われる何かが人ではないという点に俺は震撼した。

 温泉旅行のときに六条(ろくじょう)先生は異形の中には体型を変えるモノも少なくないと言っていた。

 桐子(とうこ)の言うように、事件は異形によって起こされているのだろうか。

「僕はどうしたらいいと思う?警察に言っても、こんな話でたらめだと思われて信じてもらえないよ。丞だけが頼りなんだ」

 確かに警察は当てにはならないだろう。俺は今必要なことは何かを考えた。

「重要なことだけど、お前が見ていたことに気づかれていないのか」

「わからないよ。僕はびっくりしてすぐに逃げちゃったし。でも、追いかけてこなかったから、気づかれてないんじゃないかな」

「楽観的になるのはやめよう。長親、とりあえず今日から俺たちの家に泊まれ。登下校も俺たちと一緒にしよう。一人でいることは危険だと思う」

「丞は信じてくれるのかい」

「本当かどうかはわからないけど、もし、お前が危険な目にあった後に後悔はしたくないからな。なんてったって俺たちは友達だろう。はは、一回言ってみたかったんだ」

 俺の言葉に感動したのか、長親は目に涙を浮かべて抱きついてきた。クラスの女子たちがこの光景を見たら、発狂ものだろう。


 長親を連れて家に帰ると、柚葉(ゆずは)(かえで)さんに理由を話して、しばらく長親を家に泊めてもらえるように頼んだ。さすがに異形のことは話さず、犯人を見たということだけを伝えたが、楓さんはたいそう興味をもった。

「犯行現場を見ただって! 猟奇的な殺人をどのようにやってたのかな。何か道具を使ってたりしたのかい。人肉を食べたなんて噂もあるよねぇ」

 興奮している楓さんを柚葉が睨んでいる。

「お姉ちゃん。長親君はとても怖い目にあったのよ。なんで、そんなに楽しそうに話を聞いてるのよ。まったくデリカシーがないんだから」

「おやおや、柚が私にデリカシーなんてものを今更求めるとは思わなかったよ。わかったわかった怖がっている加賀(かが)君も魅力的だけれども、ここまでにしよう」

 楓さんは興味がなくなったかのか、ソファーの上に寝転がって、眼鏡を外すと目を閉じた。寝てしまったのかもしれない。

 あいかわらずだなと思っていると、一人足りないことに気がついた。

「柚葉、桐ねぇはどこに行ったか知ってるか」

「桐子さんなら、用事があるからって出かけて行ったよ。夕食には戻るって言ってた」

 桐子も猟奇殺人に興味を持っていたので、この話を聞いたら飛びついていたかもしれない。後で聞くことにはなるだろうが、その前に長親から情報を聞いておきたいと思った。

「とりあえず、俺の部屋に行こう。詳しい話を聞くよ」

 長親は頷くと俺の後を付いてきた。

 部屋に入ると俺は一つしかない椅子に座ったので、長親はベッドに座った。

「大変な目に合ったな。確認しておきたいんだけど、犯人は人じゃなかったのか」

「あれは人じゃないよ。全身が毛で覆われていたし、人よりも、とても大きかったんだ」

「犬か何かっていう可能性はないのか」

「そう言われると可能性がないとは言えないけど、二本足で立っていたし、そうだな、狼、狼男みたいだったよ」

 狼男。満月の夜に人から狼へと変身すると言われているが、あくまで伝説でその実態は知られていない。

 古代では戦士の証として毛皮をかぶる風習があったと言われるし、宗教的に月夜の晩に囚人に狼の耳と毛皮をかぶせ、走らせるといった掟があり、それらの話が元であると聞いたこともある。この国では狼は大神とも言われ、信仰の対象とされている地域もある。

 物語で出てくる狼男は全身が毛で覆われているが、人のように歩き、人の言葉を話す。そして、人を襲う存在として描かれていることが多い。

「もし、そういう存在だとしたら、楓さんが言っていたような猟奇的な殺人も可能かもしれない」

「僕、もう怖くて仕方がないよ」

 震えている長親をなだめながら、気になったことを聞いた。

「どうして、犯人は遺体を隠さないんだろうな」

 長親も真面目な顔で考えているようだ。

「そもそも、そこまでの知能がないか、隠さなくても平気だと思っているのかもしれないね」

「もしくは、わざと隠さずに騒ぎにしているか」

 連続猟奇殺人事件が行われるのは夜中だと言われているが、その犯行は雑であると言えるだろう。遺体はすぐに見つかるような場所に放置されているし、人を食うなどという奇行も見られる。

 それでも、未だに捕まっていないのは確たる証拠を残していないからだ。

 なぜ、このような大胆な犯行が行えるのか。考え出すとキリがない。

 話が終わると、柚葉を呼んで長親を空いている部屋に案内してもらった。

 長親の話を信じると、神島市には俺と六条先生以外にも異形がいることになる。なぜ、人を襲っているのかはわからないが、簡単に話が通じる相手ではないことは確かだろう。このことは六条先生にも報告する必要がある。

 外に柚葉の気配を感じた。六条先生の血を飲んだことで、感覚が鋭くなった気がする。

「ジョー君、ご飯にしましょ。桐子さんも帰ってきたよ」

 わかったと答えて、部屋を後にした。

 夕食が並んだ机を囲むと、さっそく桐子が長親に話しかけた。

「長親君というんだってね。あたしは桐子だ。ウチの弟くんがお世話になっているよ」

 桐子は感謝の言葉を述べながらも、その態度は大きく、長親はすっかり萎縮してしまっている。

 しかし、桐子は基本的に人嫌いである。友達と呼べる人がいるのかどうかも定かではない。長親に関しては多少なりとも興味を持ったようだ。

「は、初めまして。加賀長親です。お世話になっているのはいつも僕のほうです」

「猟奇殺人を目撃したんだって? まったく手がかりがなかったのに凄いことじゃないか」

「いえ、たまたま見てしまっただけで、本当は見たくなかったと言いますか……」

「犯人の顔は見たのかい?」

 長親は犯人は怪物ですとは言えず、答えに困っていた。

「……はっきりとは見えませんでした」 

「そうか、それは残念」

 そう言うと、桐子は長親の目をじっくりと見た。何かに感づいたのか。

「ところで、何で君はそのことを警察に伝えないのかな」

 痛いところを突かれた。俺も長親も答えに窮する。

「普通、犯行を見たら警察に連絡するもんだよね。だけど、しなかった。だから君には警察に言えない理由があったと考えられる。例えば、犯人が知り合いだったりすると伝えにくいかもしれない。もしくは、警察でもどうしようもない相手だった。もしかしたら、もしかしたらだよ。その犯人は人ではないんじゃないのかい。だから信じてもらえないと思って、警察には駆け込まなかった。もしくは駆け込んだが信じてもらえなかった」

 桐子が鋭いのはわかっていたことだが、ここまで当てられると何も言えなくなる。

 桐子の巧みさにかかれば、長親など子供のようなものだろう。初めから、桐子は長親を疑ってかかっていたのかもしれない。

 黙っている長親を見て、楓さんも興味を持ったようだ。

「そこは私も気になっていたところだ。桐子さんはこの間話した鬼のような存在の仕業ではないかと言いたいんだね。興味深いなぁ。その説が本当だとすると、鬼は人間を食べてるかもしれないね」

 そう言いながら、楓さんは鶏肉を口に運んだ。

「お姉ちゃん、また変なこと言って!桐子さんも桐子さんです。せっかくの料理が美味しくなくなっちゃうじゃないですか。話をするなら、ご飯が終わってからにしてください」

 柚葉に怒られた桐子は大変ショックだったらしく、必死で謝った。桐子は柚葉がたいそう気に入ったようで、柚葉に甘い。その様子は桜に対しているようだった。

 桐子はひたすら柚葉に謝ったあと、何かを思いついたように手を叩いた。

「そうだ。丞の両親の話をしよう。色々調べてきたんだよ。君のお父さんは神島の出身だって話はしたね。どうやら、神島大学で郷土史学を教えていたらしい。専攻は地方の伝承の調査だったらしくてね、たまたま訪れた私達の村で君の母親に出会ったそうだ。日記にそう書いてあるからおそらく間違いない。君の両親は村で仲慎ましく過ごしたそうで、結婚を機会に彼女を連れて神島市で暮らすことになったらしいんだ。ところが、君は村で生まれている。そうなると、二人は神島を離れて、また村に住むことになったんだろうね。日記は途中で終わっていて、そのへんは詳しくはわからないんだけれど」

 突然の両親の話に俺はついていけなかったが、みんなは興味があるのか箸を止めて聞いていた。

 俺は自分の身の上話をみんなにほとんど話していない。気にしないとは言ってくれたが、やはり好奇心には勝てないのだろう。

「父さんの日記があるなんて、何で教えてくれなかったんだよ」

「別に隠していたわけじゃない。君が父親について何も聞いてこなかったから、興味がないのかと思ってね」

 確かに父親の存在を教えられても、執着することはなかった。物心ついたころにはすでにいなかったからか、もしくは母親を殺した存在として考えたくなかったからかもしれない。

「父さんと母さんはどのくらいの間、神島にいたんだ」

「はっきりとはわからない。日記の日付と君が生まれた年とで考えると、おそらく7, 8年といったところだと思うけどね」

「どうして、大学を辞めてまで村に戻ったんだ」

「それもわからない。母親が故郷を恋しがったか、元々村で暮らすつもりだったのか、もしかしたらお腹の中に君ができたからかもしれないね。急に質問攻めだね。どうしたのかな」

 理由はわからないが、知りたい欲求が抑えられなかった。

「君が興味を持った理由はたった一つ。話に母親のことが出てきたからさ。君は生粋のマザコンだからね。昔から覚えてもいない母親のことを何かと聞きたがったものだ」

 皆の前で暴露された恥ずかしさで大声を出しそうになったが、的を得ているので何も言えなくなってしまった。

 母親という存在にはとても憧れていた。小学校ぐらいの友達は母親ととても仲良さそうに手を繋いでいたものである。友達は屈託のない笑顔を母親に向けていた。そのときどんな気持ちになるのだろうと関心を持っていた。

「男なんてみんなマザコンさ。君の母親はとても美しくて優しかったからね。幼心にもそれを覚えているのかもしれない。まぁ、そのへんは心理学の分野だから、私はまったく興味がない」

 人の心を読むのが得意な桐子の発言とは思えない。

「母さんについては何も見つからなかったのか? ほら、写真とか」

 さりげなく聞いてみたが、心臓が早なっているのがわかる。母親が美しいと言われては気になってしまう。自分のルーツである存在だ。ひと目見てみたいと思うのは当然であった。

「残念ながら何も。ばあさんに聞いてみたが、私が記憶している以上のことは話してもらえなかったよ。まったく強情なばばあだ」

 写真ぐらいはあると期待していたが、その考えは甘かった。今のところ母親の情報は美しくて優しかったということだけである。

 少しの静寂が訪れた。柚葉がもじもじしていたのが気になったので声をかけた。

「何か質問があるのか柚葉。俺は聞いてのとおり何も知らないが、桐子が答えてくれるかもしれないぞ」

「ううん、そうじゃないの、そうじゃなくてね」

 柚葉にしては歯切れが悪い。

「ジョー君、両親がいないなら、ずっとこの家で暮らしたらどうかなっ。だって私達いとこ同士じゃない。何か理由があって実家を出てきたんでしょ。そうだよ、ここで暮せばいいよ」

 興奮気味の柚葉を楓さんが箸で指した。

「柚、やめな。ジョウ君の過去については何も聞かないことにしただろう。今のジョウ君が全てだと言ったのは柚、君だ」

 楓さんにたしなめられた柚葉は赤くなって「ごめんなさい」と言った。

「いいんだ。この家は俺だってとても気に入ってるし、学校だってあるしさ。まだしばらくは暮らすことに違いはないんだから、実家のことも将来のこともその間に考えるよ」

 俺が明るく振る舞ったからか、それからの食事は長親を歓迎する楽しい話で盛り上がった。ただ、桐子はじっと俺のことを見ていた。

 

 食事が終わった後、皆がそれぞれのことをしだすと、俺は桐子に今まで触れたくなかったことを聞いてみた。

「桐ねぇはその……、父さんが母さんを殺したときの事を覚えているのか」

「ふむ、君にしては勇気ある質問だが残念ながら答えはノーだ。君の母親が亡くなったことは覚えているが、どうして亡くなったかは君と同じく祖父に聞いただけさ。私が子供だったからかねぇ。亡くなったと知ったときには叔母さまはすでに墓の下だったさ」

 祖父は父さんが母さんを殺して逃げたと家族にはっきり告げたが、それ以上は何も言わなかった。祖母も同じである。

「ただ、叔母さまは亡くなる前には体調を崩されていてね、私は普通に病気で亡くなったのかと思っていたのだよ」

 初耳だった。母が病気で亡くなったのだとすれば、これほど父を憎む必要もなくなる。しかし、父は俺を置いてどこかへ消えたことに違いはない。その理由がわからない。

 もやもやとしたものを抱えて、俺は部屋に戻った。


 長親が引っ越してきた次の日の朝、桐子は一度実家に帰ると言って、家を出ていった。桐子は何をするにも予定というものがない。自分の中では予定しているのかもしれないが、周りからすると、いつも突然のことである。今回も朝になってから話を聞いた。何かしら進展があって、また父の資料でも調べに行くのかもしれない。

 桐子を送った後、昨日、決めたとおり、柚葉に加えて長親も一緒に登校した。昨日の今日なので長親は元気がない。

「はぁ……。お姉さんたちは容赦がないね。質問攻めのおかげで疲れてよく眠れたよ」

 恐怖と慣れない環境で眠れないかと思っていたが、その点だけは桐子と楓さんに感謝しよう。

 柚葉が長親に向かって両手を合わせた。

「ごめんね長親君。お姉ちゃんには私からキツく言っておくから」

「いいんだよ。急に転がり込んだのは僕だしね。みんなといるおかげで怖さも薄らいだよ」

 

 その日、く学校に着くと、俺は六条先生を探した。

 ――やっぱりここか。

「あら、朝から珍しいわね。もうすぐホームルームが始まるわよ」

 六条先生は屋上で手すりに体を預けていた。

「話があります。昼休みにまた屋上に来ていただけませんか」

「大事な話のようね。わかったわ」

 それだけ言うと、六条先生は俺の横を通り抜けて、階段を降りていった。微かに香水の匂いが残る。

 昼休み、用があるとだけ長親に告げて屋上へ向かった。

 六条先生は朝と同じように手すりに体を預けていた。

「わざわざ呼び出して、話をするということは鬼についての話かしら。私の血を飲んでから何か変化があったとか?」

「いえ、今日は俺のことではないんです。長親から相談されたことなんですが、あいつは一昨日の夜に猟奇殺人の犯行現場を見たそうです」

 この話には、さすがの六条先生も驚いたのか眉をひそめている。それでも一瞬のことで、すぐにいつものクールな表情に戻った。

「加賀君は無事だったようで良かったわ」

「昨日から柚葉の家に泊まっていて、できるだけ一人にしないように気をつけています。先生に話したいのはその犯人のことなんですが。長親は犯人が全身毛に覆われた狼男のようなモノだったと言っているんです」

 六条先生の考えるときのクセなのか、顎に指を当てている。その格好はこれから謎を解く探偵のように格好良かった。

「犯人が異形という可能性があるのね。異形であるなら、あの手の猟奇殺人も一人でやってのけるでしょう。そういえば、あなたのお姉さんが猟奇殺人について調べていると言っていたわね。大丈夫なのかしら」

「姉なら、今朝。実家に帰りました。しばらくは大丈夫だと思います」

「それならいいのだけれど」

「これから、どうすればいいでしょうか。長親が目撃したことを犯人が気づいていたら、狙われる可能性があります。それにやっと手がかりを掴んだんです。放おってはおけません」

「その考えは危険だわ。あなたはまだ力を制御しきれていないし、周りに被害が及ぶかもしれない。この件に関しては、私が調べてみるわ」

 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。

「あなたは加賀君を守りなさい。さ、授業が始まるわ」

 

 桐子が帰った翌日、学校から帰宅すると楓さんがソファーに寝転がってTVを見ていた。今日は理事長の仕事はお休みらしい。執筆活動でもしていたのか、とても眠そうである。

 TVにはワイドショーとニュースの中間のような番組が流れている。視界はゲストに話をふり、意見を聞いては大げさに反応を返していた。

「お姉ちゃん、いつも言うけど、行儀が悪いよ」

「おかえり。学校では理事長として行儀よくしてるさ。家でぐらいごろごろしたいもんじゃないか」

 俺は理事長室でも楓さんがごろごろしていることを知っている。だが、それを言ったところで楓さんは何も思わないだろうから、あえて黙っておくことにした。

「まぁ、変人には行儀なんてものは必要ないんだけれどね」

 楓さんはそう言うと、机の上のダンボール箱を指さした。

「ジョウ君にお荷物だよ。桐子さんかららしい。差出人に名前しか書いてないんでね。結構重かったけどなんだろね」

「桐ねぇから荷物? 帰ったばっかりだっていうのに何なんだ。新しい資料でも見つかったのかな」

 ダンボールは特に変わったものではなく、ホームセンターなどで普通に売っているものである。持ち上げてみると、確かに箱のわりに重さがある。ガムテープを剥がして中を見てみると、陶器でできたような箱が入っていた。

 柚葉も気になったのか、その箱を不思議そうに見ている。

「まぁ、開けてみるか」

 その行為がどれほど後悔するものか考えなかった。俺はこのとき、もっと怪しむべきだったのである。いや、怪しんだところで結果は変わらなかったのだから、どうしようもない出来事だった。

「きゃああああ!」

 柚葉の叫び声が響き渡った。

 ――なんでだ。なんでだ! なんでだ! なんでだ! なんでだ!

 なんで、こんなものが入っているんだ。頭が錯乱して眼の前の光景を信じることができない。


 箱の中に人間の生首が入っていた。美しく化粧された桐子の生首が。


 血の気が引いて、倒れそうになったところを楓さんに支えられた。

「ニュースを見てごらん」

 楓さんに言われるまま、TVを見た。

 

「繰り返します。午後3時頃、神島市の倉庫にて女性の遺体が発見されました。遺体は破損が激しいようですが、遺留品から、被害者は七幸桐子さん22歳である可能性が高いと警察は発表しています。遺体の状況から警察は連続猟奇殺人事件と関連があるとして捜査する模様です」


 TVから聞こえてきたニュースに俺は絶望した。桐子は殺された。そして、その首がここにある。

 眼の前が赤くなる。まずい、これは桜のときと同じだ。そう思った俺は桐子の首を置いたまま、自分の部屋へ駆け込んだ。体が変化していく感覚がある。

 ――コントロール、コントロールしろ。

 ずっとそう訴え続けると、頭は冷静になり、体の変化もなくなった。残ったのは虚脱感だけだった。

 桐子と俺はけして仲の良い姉弟ではなかった。顔を合わせれば皮肉の言い合い。いや、桐子は皮肉のつもりではなかっただろうが、とにかく馬が合うなんてことはなかった。

 しかし、幼なくして両親を失った俺を自然と受け入れてくれたのも桐子だった。

 その桐子が死んだ?


「あ……あ……うあああああああああああああああっ!」


 どのくらいの時間だろう、部屋に閉じこもって泣き続けていたが、ノックの音が聞こえた。今は出たくはないと無視していると、聞いたことのない声が聞こえた。

「千早丞さん。警察のものです。お辛いところ申し訳ないんですが、お姉さんについていくつか聞きたいことがあるのでよろしいでしょうか」

 誰かが警察に通報したのだろう。無視をしていても仕様がない。俺はゆっくりと扉を開けた。

「どうも、警察局刑事課長の丘山(おかやま)百太郎(ももたろう)と申します。少しいいかな」

 警察手帳を見せながら、がっしりとした体躯にとても綺麗とは言えないコートを着た中年の男が扉の前に立っていた。

 俺は黙って、彼を部屋へ招き入れた。

「この度はご愁傷様でした」

 その言葉に俺は激情して、着古したコートの襟元を掴んだ。丘山という刑事をこれでもかというほど睨みつける。

「ご愁傷さまだと!そんな簡単な言葉であんたに何がわかるっていうんだ!」

 泣きはらした目から、また涙が出てくる。

「そうですなぁ、君の言うとおり、私は何もわかっていない。だからこそ、捜査をして犯人を見つけることこそがお姉さんや御遺族のためだと私は考えているんだ。辛いと思うけど、どうか、お話を聞かせてもらえないかな」

 俺は手を離して、ふらふらと後ずさりながらベッドの上に座った。

「桐ねぇは、姉は本当に死んだんですか」

「遺留品についている指紋と遺体の指紋が一致した。それと遺体と……お姉さんの頭部のDNAを調べた。お亡くなりになったことは確かだよ」

 最後通牒に俺は項垂れた。

 そんな俺のことを丘山さんはじっと見つめていた。刑事なのだ。このような状況には何度も立ち会っているだろう。

「君がお姉さんと最後に会ったのはいつだい」

「昨日の朝方です。姉はしばらくこの家に泊まっていましたが、一度実家に帰ると言って出ていきました」

 丘山さんはなるほどと言いながら、これまた古びた手帳にボールペンで書き込んでいる。

「君は昨日の夜、外出はしなかったかな」

「それは俺が犯人だと疑ってるってことですか」

「いやいや、常套句というやつだよ。犯行は昨日の夜7時頃と推定されている。その頃に家にいたと誰かが証明してくれれば、君への疑いは晴れる」

「外出はしていません。柚葉や長親と家にずっといました。でも家族や友人の証言は信用してもらえないんでしょう」

「そういうわけじゃないがね。それに君は千早家の家族ではない。本名は七幸丞と言う。違うかね」

 動悸が激しくなった。桐子の身内ということが分かれば、俺の素性などすぐバレてしまうことに気が付かなかった。俺はどうしようか焦ったが、丘山さんは表情を緩めた。

「いや、君がこの家に住むことになったり、神島学院へ通うことになった経緯はすでに楓さんから聞いてある。君のお父さんは千早家の出らしいね」

 楓さんがどう証言したかわからないが、丘山刑事は楓さんを信じているようだ。それに父が千早の出だというのは本当のことである。俺がこの家に住んでいてもなんらおかしいことはない。

「お姉さんは何かトラブルを抱えたりしてなかったかね」

「はは……トラブルのオンパレードのような人ですよ。この街では父のことと、連続猟奇殺人事件のことを調べると言っていました」

「ほう、事件のことを。何か事件についてお姉さんから聞いていないかい」

「いえ、特には。たまに家を空けて調べていたようですが」

 事件については長親のことがあるが、丘山刑事が聞いてこない限りは言わないほうが良いだろう。信じてもらえる可能性は低い。

「実のところ、今回の事件は猟奇殺人と関連があるかはっきりしないと私は思っている」

「なぜですか?TVでは警察は関連があるとして捜査すると報道されていました」

「そうだね。もちろん関連があるという方向でも捜査しているよ。ただ今回は今までの事件とは違う部分がある。今までの事件では遺体の一部を郵送してきたことなどないのだよ」

 たしかにそうだ。なぜ、犯人は俺宛に生首など送りつけたのだろう。

「私は君が犯人だとは思っていないが、君が深く関係しているのは間違いない。犯人は君のことを知っている」

「身内の犯行だということですか!」

「そこまではわからない。身内でなくても君のことを調べることはできるからね。だが、君のことを調べる必要はあったわけだ」

「何か証拠は出ていないんですか。そうだダンボールや中の箱に指紋がついているかもしれない」

 楓さんが受けとったと言っていたダンボールは開封されずに机の上にあった。

「楓さんが言うにはダンボールは正午頃に配達に来たそうだ。宅配業者に確認をとったが、間違いなかった。ダンボールには楓さんを含めていくつか指紋がついていたが、中の箱に君以外はまったくついていなかった。中の箱を開けたのは君らしいから、指紋から犯人を特定するのは難しいだろう」

「宅配を頼んだやつが犯人じゃないんですか」

「そう考えたんだが、宅配業者は集荷を頼まれたので、あるマンションに取りに行ったらしいが、扉の前に伝票を貼ったダンボールと料金が置いてあったらしくてね。不思議に思いながらも持って帰ったそうだ。もちろん、さきほど部屋を調べたが、誰も住んでいなかったよ」

 何も進展がないのかと焦っていると、部屋の扉が叩かれて、丘山刑事の同僚らしき人が手招きをしていた。丘山刑事はその同僚のところへ行くと小声で何かを話している。

 話が終わったのか、もう一度部屋へ入ってくると、丘山刑事は軽く頭を下げた。

「すまない、どうやら今回の殺人事件と猟奇殺人事件は関係あるらしい。憶測でものを言うもんじゃないね」

「何か証拠が出たんですか」

「いやね……遺体についていた唾液が今までの事件と一致したんだよ」

 ――唾液だと。

 丘山刑事が言った言葉はあることを証明していた。

 桐子は犯人に食われたのだ。

「念のためと言ったらあれなんだが、君たちの唾液を採取させてくれないかな」

 俺は丘山刑事を睨んだが、鑑識が部屋に入ってきたために、従わざるを得なかった。

 検査の結果、俺たちの唾液と犯人のものは一致しなかった。おかげで俺や柚葉たちは被疑者から外れたわけだが、桐子が食われたという異常な事実に俺は何度も吐いた。

 柚葉と長親も顔色が悪かったが、俺のためを思ってか、ずっとそばで看病してくれた。楓さんはいつもどおりのように見えるが、何を考えているかわからない。

 警察は家の中を調べていたが、何も見つからなかったのか、引き上げていった。

「また、話を聞くことがあると思う。どうか、気持ちを強くもって欲しい」

 丘山刑事はそう言うと頭を下げて、家を後にした。


 警察の調査がある程度済んだ後、桐子を火葬にし、遺骨を持って七幸の家へ帰ることになった。

 桐子は小さな箱に入るほどになってしまった。こうなってしまっては桐子が亡くなったという実感がない。また俺たちに軽口を叩くためにこの街に帰ってくるんじゃないか。そんなことばかり考えていたら、帰省の日はあっという間に訪れた。

 六条先生が駅まで送ってくれることになり、皆に挨拶をしてから、車に乗った。

 七幸の家に帰ったら、もうここには戻らないんじゃないだろうか。そう思っていたのは俺だけではなく、柚葉はいつでも帰ってきていいんだよと優しい言葉を何度もかけてくれた。

 憂鬱になっている原因はもう一つある。

 桜だ。

 桜にどんな顔をして会えばいいのか。桐子の死を知った桜はさらに落ち込んでいるだろう。

 ――今、桜を支えられるのは俺しかいない。

 そう言い聞かせて、帰路に立った。一度逃げたことを引きずりながら

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ