五. ~鬼の舞台~
色とりどりに飾られた校舎、広い運動場は出店でいっぱいである。あちらこちらに看板が立っており、中心にはなぜかクリスマスツリーがそびえ立っている。ついに神島学院文化祭『神祭』を迎えたのである。
何もかもが、以前の学校の文化祭を上回っていた。外部の人たちも出入り自由で、校内は人で溢れている。
クラスの劇は夕方からなので、俺たちはゆったりと他のクラスの出し物を楽しむことができる。
長親と行く場所を話し合いながら、まずはお化け屋敷に行くことになった。化物と呼ばれた俺がお化け屋敷に行くなんて笑えるなと思ったが、学生が作ったとは思えないクオリティで、長親はずっと俺の腕を掴んで目をつぶっていた。
その後も各出し物を周り、昼が近くなったので、柚葉のクラスのメイド喫茶に行くことにした。
入ったとたんに、そこは宮廷かと思わせる基調がなされており、清楚なメイドさんたちが、「おかえりなさいませ、ご主人様」と艷やかに向かい入れてくれた。料理も本格的で、涼宮先生の大量の料理が振る舞われている中を柚葉が元気に注文を取りに来た。
「ご注文はいかがいたしますか、ご主人様? ……どうかな、メイド喫茶うまくいってると思う? みんな似合ってると思うんだけど、特にすみれちゃんは大人気なんだよ」
柚葉がそう言うと、話が聞こえたのか涼宮先生も恥ずかしそうに会話に加わった。
「そんなことないよ。柚葉ちゃんの方がまとめ役もしっかりして、男子にも女子にも人気だよ」
謙遜しあっている二人であるが、甲乙はやはりつけられない。
「今まで巡った中でダントツで人気だよ。やっぱり豪華な感じの喫茶店とメイドさんたちが新鮮なんだよね。本当に宮廷にいる気分だよ。柚葉ちゃんも涼宮先生も本当に素敵だよ」
長親が興奮してべた褒めしていた。柚葉は物足りないという顔で、俺の方を見ている。
「柚葉、そんな顔してると涼宮先生に人気を全部持っていかれるぞ」
柚葉はさらに気に入らないという顔になった。
「ふん! 別にすみれちゃんと競ってるわけじゃないからいいよ。そっかそっか、ジョー君はすみれちゃんのメイド姿がいいんだね」
涼宮先生は赤くなったり、不安そうになったり表情が忙しくなっていた。
「オーダーいいですかー」
他の客が注文を聞いてきて、柚葉と涼宮先生は「またね」と言って仕事に戻っていった。
しばらく料理とお茶を楽しんでいると、アナウンスが聞こえてきた。
「イケメンコンテスト、ミス・コンテスト、ミス・ミスターコンテストに出場する方は本部のほうに集合してください」
すっかり忘れていたが、コンテストに出場しなくてはならない。もうどうにでもしてくれという気分だ。長親のほうを見ると真っ青になっていた。
「長親、大丈夫だ。どうせ劇で女装するんだ。軽くウォーミングアップだと思おうぜ」
「丞はそのままだから気楽なんだよ。僕なんて化粧までして出なきゃいけないんだから、いい見世物だよ。あー、理事長の命令は絶対なんだよね。応援演説にも理事長がしてくれるらしいし。丞の応援演説は誰なんだい?」
「それが、涼宮先生が立候補してくれたんだ。事件を解決してくれたお礼にってさ」
涼宮先生は大人しいイメージだが、ストーカーの一件が片付いてから、段々明るくなってきている。俺との距離も近くて、お互いどういう関係なのか悩みどころである。
「まぁ、とにかく腹くくって行くしかない。長親行くぞ」
本部に行くと、サッカー部やバスケ部のキャプテンなどそうそうたるメンバーが集まっていた。これは負ける可能性も大だなと、楓さんの策略を回避できると思っていた。
「君が千早丞君だね。強敵だけど負けないよ」
中でも一番イケメンと思われる先輩に宣戦布告された。別に構わないのだが、どうにもライバル視されていると思うと、熱くなるものがある。
「先輩には負けるかもしれませんが、俺も出るからには応援には応えますよ」
「ふふ、さすがに堂々としているね。今回はキスがかかってるらしいから、みんな目が血走ってるよ」
そう言って、先輩は爽やかに笑った。こういう人を本当にイケメンというんだろう。
「はい、それではイケメンコンテストに出場する人は準備してください。一番の人から舞台にあがってください」
運営の人がそう言うと、一番手の人と応援演説の人が舞台に上がっていった。
それからしばらく経って、涼宮先生がかけつけてきた。
「ジョー君。私、精一杯ジョー君の魅力をみんなに伝えるね」
「先生、俺なんて何位でもいいんですよ。元々、楓さんの策略で出ることになっただけですから」
涼宮先生はキリッとした顔で言った。
「ジョー君は必ず一位になるよ。私がそうしてみせる」
涼宮先生が精いっぱいの顔で言ったので、悪いと思いながらも笑ってしまった。なんで笑われているのか心配そうな顔をしている涼宮先生をなだめていると、係の人から声をかけられた。
「十番の方、上がってくださーい」
「さ、ジョー君、行きましょう」
舞台ではMCが会場を盛り上げていた。
「さあ、次は転入してからすぐに大人気となった新星! 千早丞君の登場だ!」
「きゃー!」
大歓声が起こった。
「すごい人気ですねー。羨ましい! さて、応援演説はメイド姿の涼宮先生です。これまた羨ましい!」
涼宮先生はマイクの前に立った。少し足が震えている。
「こ、こんにちは。ジョ、千早君の応援演説をさせてもらいます。涼宮すみれです。えっと……」
「すみれちゃん頑張れー!」
生徒たちが涼宮先生を応援している。先生が日頃からどれだけ慕われているかがわかる。
「ジョ……千早君はとても凛々しい顔をしていて、背も高くてスタイルも良いです。みなさんも、そんな千早君の容姿の良さに目を惹かれていると思います」
涼宮先生の演説に最前列の女子がこくこくと頷いている。そんな子たちに笑顔を向けながら、先生は演説を続けた。
「でも、私は彼の素晴らしさはそこだけではないと思います。実は私はとても困っていて辛い時期がありました。ほら、私って気弱なところがあるでしょう? だから、なかなか人には相談できなかった……。そんなときに、気軽に声をかけてくれたのは千早君でした。彼は言ってくれたんです、私には笑顔が似合うって。私は誓いました。もう一度みんなの前で本当に笑えるようになろうって。今日も、千早君はいつも通り、笑顔で先生と呼んでくれます。だから、今日も私は先生として、みんなと笑顔で触れ合うことができる。私は彼の心の美しさは容姿に勝るものだと思っています。コンテストとは関係ないことかもしれませんが、皆さんにそれだけは伝えておきたいと思い、応援演説をさせていただきました。ありがとうございました」
一瞬、周囲は静寂に包まれた。その後、ぽつぽつと拍手が起こり、会場全体に広がっていった。男子の中には泣いている人もいる。そういう俺も涼宮先生がこれほど俺のことを考えてくれていたことに感動した。MCも少し真面目な顔をしていたが、俺のそばに寄ってきて、にっこりとマイクを向けてきた。
「千早君! 君はすみれ先生と、もうアレかい? 付き合っちゃってるのかい!?」
会場の拍手が一気に止んだ。代わりに鬼気迫る雰囲気が会場を支配した。
「僕の情報によると、千早君は千早さん、つまり柚葉ちゃんといい仲だって聞いたんだけども、二股ってやつかな! よっ、スケコマシ!」
男子からの壮絶なブーイングが鳴る中、俺は血の気が引いて混乱してしまったのか、用意していた演説は頭からさっぱり消えてしまった。
何を言おうか迷っていると、舞台のそでに長親の顔が見えた。
「ご、午後から2年A組の演劇があります! 是非見にきてください!」
なぜか、出し物の宣伝をしてしまった。しかし、これがさらなる混乱を呼んでしまった。
「そうよ! 千早君には長親君がいるじゃない。柚葉ちゃんやすみれ先生には悪いけど、二人がベストカップルだもの」
――腐女子どもが。
MCも予想外の展開に笑いがとまらないようで、さらに煽ろうとしてきたが、さすがに涼宮先生にも悪いので、頭を下げて、舞台を後にした。
舞台を下りるとチアガールの女装をした長親と楓さんがいた。楓さんは余裕の表情をしている。
「これはダントツのトップだね。キスはまぬがれないよ」
楓さんはびしっと親指をたてて笑顔を向けた。
「まったく容赦ないですね。まだ結果は出ていません。それより、長親のほうがトップ間違いなしなんじゃないですか。もう最前列に女子たちが陣取っていましたが・・・」
「当たり前さ! 私はもう、女装の加賀君を見られただけで大満足なんだがね。出場するには一位を目指そうじゃないか。ね、加賀くん」
「一位じゃなくてもいいですから、さっさと終わりにしましょうよ」
長親の顔色が真っ青だ。よほど、女装が嫌とみえる。
「ミス・ミスターコンテストのスタートです! 今回は大物も出場しますよ。楽しみですね!」
イケメンコンテストの終わりと、ミス・ミスターコンテストの始まりをMCが告げた。大物とは長親のことで間違いない。本当に女子に見えるのだから。
「さ、長親。さっさと行って終わらせてこい」
「わ、わかったよ。丞、ありがとう」
そう言って長親と楓さんは舞台に上がっていった。
「きゃー!」
黄色い歓声が聞こえる。
「うぉー!」
野太い声も聞こえる。
そんな中、楓さんは飄々と応援演説を始めた。
「みんな、見給え。私は何も言うことはない。彼、いや彼女こそ完璧なる男の娘である」
そう言って、長親のスカートをめくった。
観客は絶叫していたが、当の長親はさらに青くなり、ついには倒れ込んでしまった。
俺はすぐに舞台に上がり、長親をお姫様抱っこで舞台からおろした。
それについても歓声が起こっていたが、それどころではない。すぐに保健室に運び込んで、涼宮先生に様子を見てもらった。
「大事はないみたいだけど、少し熱があるわ。安静にしていないと悪化するかもしれない」
とりあえず、安心はしたが、悪の権化である楓さんを睨んだ。
「おっと、怒らせてしまったかな。男子だから、あれぐらいのサービスは大丈夫だと思ったんだけどね。加賀君は繊細なところがあったようだ。その点では私のせいだね。謝ろう」
「長親はこの後、劇のヒロインとして舞台にあがる予定です。なんとかしないと……」
俺が困った顔をしていると、楓さんはさすがにすまなそうに言った。
「それについては、私が責任をとって何とかしよう。安心してくれ給え」
外ではミス・コンテストが開かれている。俺が看病するので涼宮先生には出場するように促した。
しばらく経って、コンテストはすべて終わり、結果発表のときがきた。校内にMCの声が響き渡る。
「まずは、イケメンコンテストの一位は……千早丞君です! なんと九割の票を集めました。涼宮先生の応援演説も素晴らしかったですね。続いて、ミス・ミスターコンテストの結果は、これまた九割の票を集めた、加賀長親君です! 最後に倒れてしまったのもプラスポイントになったようです。そして、ミス・コンテストの結果は接戦でした! 三位は涼宮すみれ先生! 去年の二位から1ランク落ちてしまいました。そして二位に食い込んだのは……千早柚葉さん! 初出場ながら、学生として、この順位に食い込んできました。素晴らしい結果です。そうなると一位は当然……六条ミズキ先生です!三連覇達成です。この結果、千早丞君と六条先生がキスをすることになりました! くぅ、羨ましい」
俺は呆然としていた。担任の先生とキスをすることになったのである。六条先生はどう思っているのだろう。運営に促されて、コンテストを行った舞台に登らされた。六条先生の顔を見ると意外なことに笑っていた。
「キスぐらい構わないわ。それより、あなたこそファーストキスなんじゃないかしら。それを貰うのも気が引けるわね」
俺は真っ赤になった。
「さっさと済ませましょう」
そう言って、六条先生は俺の顔に手を当てた。顔が近づいてくるとともに緊張が増していく。もう唇と唇が触れるかというとき、目の前に見たことのない映像が広がった。
ベッドの上で苦しんでいる少女がいる。俺は窓辺に座って、年齢が同じぐらいだが、少し幼さが残る彼女を見ていた。汗だくになってナースコールを押そうとしている彼女に、なんとなく声をかけた。
「ねえ、あなた。助かりたいのかしら」
勝手に口が開いたことに驚いた。それに、俺の喉から出た声は幼い女の子のような声だった。
観察するように少女の目を見た。きっと答えなど決まっている。しかし、懇願したところで何が変わるものかと彼女は思っているだろう。それでも、彼女は言った。
「助けて……」
その声を聞いた俺は少し迷いながら彼女に言った。
「わかったわ。でもあなた人を辞めることになるわよ」
――ドンッ!
六条先生が俺を突き飛ばした。そして、俺を睨んでいる。
「丞……あなた、いったい何をしたの。あなたは何者なの」
何が起こったかわからないのは俺の方だった。六条先生は何か考え事をしているようだったが、しばらくすると、俺を一瞥して舞台を降りていった。見ていた人には六条先生が照れているようにも見えたかもしれない。何にしても、公衆の面前でキスをしたように見えただけあって、観客の盛り上がりは絶頂を迎えていた。さきほどの映像の疑問はこの騒ぎの中でも薄れることはなかった。
神祭も後半を迎え、大盛り上がりの中、ついに2年A組の演劇の時間がきた。長親はまだ目を覚ましていない。楓さんは何とかすると言っていたが、簡単にヒロインの代えはきくものではない。クラスのみんなの不安が伝わってくる。六条先生に相談したいが、キスの一件以来、六条先生とは話せていないし、先生も何かずっと考え事をしているようだった。万策尽きたと思ったとき、勢い良く舞台裏のドアが開いた。
「待たせたっ!」
元気よく楓さんが入ってきた。後ろには柚葉もいる。
「楓さん、ヒロインの件はなんとかなりそうなんですか? 長親は無理ですよ」
「大丈夫さ。ちゃんとヒロインの替え玉は用意してきたよ。さ、柚。君がヒロインさ」
柚葉の目がいっきに大きくなった。
「何言ってるのよ、お姉ちゃん! 急にヒロインなんてできるはずないじゃない!」
柚葉の当然の反応にも、楓さんは余裕をみせている。
「私は知っているのだよ。柚が毎日劇の練習を見ていたことをね。ヒロインのセリフや演技だって、だいたい覚えているのだろう。私の妹なら覚えているはずさ。それにミスコンの二位なのだよ。これ以上ヒロインに相応しいものがいるかね。いや、いない!」
「おねえちゃ――」
「それにね、柚。これはチャンスなのだよ。それは――」
楓さんが柚葉の耳元で何かを言っている。聞いた柚葉はまた目を見開き、顔が赤くなっている。俺がだんだん不安になってきたとき、クラスの女子たちが動き出した。
「衣装を柚葉ちゃんのサイズに合わせるから、みんな手伝って! 進行は多少変わるかもしれないけど、みんな焦らないでね。先生! 六条先生!」
考え事をしていたのだろうか、六条先生は驚いて生徒のほうを見た。
「柚葉ちゃんの演技指導をお願いします。ギリギリまで仕上げて、いい舞台にしたいですから」
「わかったわ。柚葉、台本を持って、こっちにきてちょうだい」
意気消沈していたみんなの顔がやる気に満ちてきた。長親には悪いが、アクシデントのおかげで、クラスが一つになっているのを実感していた。俺も衣装に着替えて最後の練習を行っていたとき、ふいに声をかけられた。
「あなたはいいヤツなのか、悪いヤツなのか、どっちなの」
六条先生のキツイ声が俺に突き刺さる。
「その質問の意味はわかりませんが、俺は……どっちかわかりません。でも、先生や柚葉たちにとってはいいヤツでいたいと思ってますよ」
俺の答えを聞くと、六条先生は表情を和らげて、微笑みを浮かべた。
「まったく、私の唇を奪おうとして、いいヤツでいたいなんて、よく言えたものね」
奪われかけたのは俺なのだが、六条先生といつも通りの会話ができて、俺は安心して演技の練習に打ち込んだ。
「そろそろね」
六条先生がそう言った少し後だった。
「続きまして、2年A組 演劇 『従者の願い事』 です」
学園のホールで拍手が起こる。緊張と興奮で一度体が震えた。役者たちは緞帳が降りた舞台に上がる。ブザーが鳴り緞帳があがっていくとともに緊張感も上がっていくのが感じられる。
「本来ならば貴様のような卑しい身分のものは従者になどなれぬ。されど姫様のお達しだ。まったく、なんでこのようなものを従者に」
物語は少年が公国の姫の従者としてお城に上がるところから始まる。
ある日、姫の帽子が木に引っかかってしまった。誰も取れないで困っていた所、少年が帽子が取れたら願いを叶えてくださいと言って帽子を取ってきた。姫は少年に恋をし、ずっと断っていた従者に少年を抜擢したのである。
その後、姫と従者は成長し、姫に結婚の話が舞い込んでくる。しかし、姫は従者に恋をしていた。
「お父様、私はどこの貴族とも結婚したくありません。お願いです。従者と結婚させてください」
この言葉に怒った公爵は、従者に体罰を与え、城から出るように通告する。姫は自分の我儘のせいで、従者がこのような目にあったことを悔やむ。姫はせめてもと、従者の傷の手当をしようとするが、傷は全て癒えてしまっていた。
「私は普通の人間ではありません。このような傷など癒えてしまう吸血鬼なのです」
「父はあなたに酷いことをしました。あなたのその力があれば、いくらでも反抗できたでしょうに、しなかった。人間でも悪いことをする人はたくさんいます。あなたが吸血鬼だとしても、正しいことができる人だと私は思っています。だから……」
柚葉は潤んだ目で俺を見ている。俺はもし、柚葉が姫のように俺の正体を知っても、信頼してくれたらどれだけ幸せだろうかと考えていたが、この後は脚本に大きく書かれていたキスシーンである。長親とやっていたときでも恥ずかしくてできなかったので、柚葉とはより一層緊張するだろうと思っていた。
しかし、柚葉の演技は初めてとは思えないほど素晴らしく、お互いに姫と従者に感情移入したかのようで、とても自然にキスシーンのふりをすることができた。
次のセリフに入ろうかと思ったときである。柚葉がさらに顔を近づけてきたために、唇が触れてしまった。客席がざわめく。柚葉は目を閉じたまま、唇を離さない。俺は焦って柚葉を引き離そうとしたが、そのとたん、また頭の中に映像が流れてきた。
目の前に棺桶が2つ並んでいる。夫婦だろうか、一つは男性、一つは女性のものだった。その顔を見ると、悲しみが溢れてくる。棺桶にみんなが花を手向ける。震えていると、手を握ってくれる人がいた。その人の顔を見ると……。
驚いた俺は現実に戻ってきた。まだ柚葉とのキスは続いている。しかし、先程とは違って、俺も柚葉も涙を流していた。
見ている人にとっては迫真の演技に見えたのだろうが、なぜこうなったのか俺は混乱したままだった。
柚葉のほうから唇を離し、長いキスが終わった。
「今のは結婚の証。誰も私達の思いだけは離すことはできません」
従者はもう一度、姫の側に戻ることを約束して、城を出ていった。姫はもう二度と従者と会えることはないだろうと泣いたのである。
ここで前半が終わる。セットを変えるために、役者はしばらく舞台裏で待機する。
柚葉のことが気になり、キスのことや、さきほど見えた映像について聞こうとした。
「柚葉、さっきのはな――」
「ジョー君。今は演技に集中しよ。とってもいい舞台になってる。みんな輝いて見えるもの」
柚葉はそう言うと、六条先生のところへ演技指導してもらいに行った。たしかに良い舞台だが、あれは不意打ちすぎるだろう……。
演劇は終盤を迎えていた。
もう一度、姫のもとへ帰ってきた従者だったが、戦争によって傷を負う。助かる手段はあるが、従者は悩む。
「なんてこと。そんな簡単なことで、あなたと私は結ばれるのですね。もっと早く言ってくれれば良かったものを」
しかし、姫は従者の悩みなどふっ飛ばしてしまうのである。そうして、その後の長い人生を幸せに過ごした。
客席は拍手で包まれていた。
クラスのみんなは泣いたり喜んだりしていた。だが、俺はどこか寂しい気持ちになっていた。
従者は正体を明かしても、愛され、幸せな人生を送っていく。俺ははたしてどうだろうか。柚葉や先生たちに正体を明かしたとき、俺を受け入れてくれるだろうか。
桜のことが心を蝕む。
「こら、柚葉の唇までを奪っておいて、その顔はなにかしら」
そんなに酷い顔をしていたのだろうか、六条先生が俺の肩を叩きながら微笑んでいた。
「みんな、いい演技だったわ。うちのクラスは本番につよい生徒ばかりね。それに、柚葉、本当に助かったわ。素晴らしかった。キスシーンまでばっちりね」
六条先生がそう言うと、生徒たちが一斉に冷やかしの声をあげた。
柚葉を探したら部屋の隅っこで小さくなって顔を赤くしている。演劇の最中は、柚葉はそんなに気にしていないようだったが、今はあのときの強さは微塵もない。
「柚葉、ほら、あれは劇に夢中になってたんだよ。なんていうかな、事故みたいなものだ、俺は気にしてないから、柚葉もそんなに恥ずかしがるなよ。俺まで恥ずかしくなってしまうだろ」
「ジョー君は嫌だった?」
「え、嫌ってことはないけど、ちょっとビックリしたかな。それに嫌って言ったら柚葉のほうだろう。急にヒロインにされて、キスシーンまでさせちゃってさ」
「そっか」
柚葉は少し笑ってから友達の輪に加わっていった。
「なんなんだよ」
神祭は終わりが近づき、神輿が担がれていた。なんでだと長親に聞いたら、「神祭だからだよ」と簡潔な答えが帰ってきた。神輿は凄い豪華だし、周りで舞っている巫女も神々しい。その中には柚葉もいた。
劇が終わった後はキスのことばかり考えていたが、落ち着いてくると、キスシーンの合間に見えた映像を思い出していた。
暴漢や後藤から『吸った』ときイメージのようなものが流れてくることはあった。しかし、柚葉のときほどはっきりした映像ではなかった。
「そういえば、六条先生のときも見えたな」
「私ががどうしたって?」
隣から聞こえた声にビックリすると、そこには六条先生がいた。声に出していたのかと後悔し、どう言い訳しようかと考えていたら、六条先生のほうから話しかけてきた。
「丞、少しあちらで話しましょう」
六条先生はそう言って、人気のない校舎の裏のほうを向いていた。コンテストのときや劇のこともあり、一気に緊張感が増した。六条先生に着いていき、いよいよ人気がなくなったときに先生振り返り、俺の目をじっと見た。美しい目が俺の心を見通しているようだ。
「単刀直入に言うわ。丞、あなたは普通の人間じゃないでしょう」
不意打ちだ。俺は動けなくなった。バレてしまった。なぜだ。俺はなにかヘマをしてしまったのではないか。思考が巡っていく。
そして何よりも思ったことは、この街にいられなくなるのではないかということである。
七幸の家を出たことを思い出す。長らく忘れていた、忘れさせてくれていた環境がここにはあった。それをまた失うのか。
「な、なにを言ってるんですか。普通の人間じゃないって。そりゃ少しは変わっているかもしれませんが、わざわざ言うほどではないでしょう」
俺はギリギリの冷静さをもって、六条先生の質問に答えた。
「そうね。普通こんな質問はしないわ。だからこそ、私の言っていることがあなたには伝わると思っているのだけれど。丞は自覚してないかもしれないから、もう少し、わかりやすく言うわ。あなた、異形や怪奇といった存在でしょう」
冷や汗が止まらない。表情を保っているだけで精一杯だ。それもいつ崩れるかという瀬戸際だった。なんとか誤魔化すしかない。そうしなければこの生活は終わってしまうかもしれないのだ。
「先生、この世で異形や怪奇現象なんてものは物語の中だけですよ。劇を見て、影響を受けちゃったんじゃないですか」
「そう、認めないのね。コンテストのキスのとき、あなたは私になにかしたわね。意識的にか、そうじゃないかはわからないけど、確実に私に何かしたのよ。だから、私はあなたを突き飛ばしたわ」
キスのとき、たしかに俺の中に映像が入ってきた。苦しんでいるどこかで会ったような女の子と話をした。だが、あの映像と先生が関係しているとは確信が持てない。
黙っていると、六条先生はため息をついたあと、笑顔を俺に向けた。
「まあ、こうなるとは思ってたけど、やはり言うしかないわね。どうして異形がいるかって信じているかというとね……私自身が異形だからよ」
俺が異形じゃないかと言われたとき以上に驚愕した。この世でおかしいのは自分だけだと思っていたのだ。まさか、こんな近くに同じ境遇の人がいるとは考えもしていなかった。
「まあ、何ていうのかしら、世の中でいう吸血鬼ってやつね。別に血を吸わなくてもいいのだけれど、劇のように傷は治るし、血を吸えば仲間を増やすこともできるわ」
六条先生はいつもとは違う軽い口調ですらすらと自分のことを話し始めた。
「さて、あなたの能力は何かしら。キスをしたとき、何をしたの。私にここまで話させたんだから、言ってもらわなきゃ、私もある程度の措置を取らざるを得ないのだけれど」
先生の笑顔は今までとは違う。これ以上誤魔化すことはできない。
「異形……、自分でそう思っていました。能力が何かはわかりません。力が強くなったり、人を抜け殻のようにしたことがあります。こんなのおかしい。俺だけが変わっているんだって。世の中に俺みたいなのがいちゃいけないんだって。でも、先生が打ち明けてくれて、俺だけじゃないんだって安心感を正直抱いてます」
俺はずっと誰かに言いたかった気持ちを何とか伝えようとした。六条先生は黙っている。続きを促しているようだ。
「コンテストのときの話をします。先生とキスをする瞬間、映像が流れ込んできたんです。ベッドで苦しんでいる女の子を観察していました。ナースコールを押そうと必死になっている少女になんとなく言ったんです。『助かりたいか』と」
六条先生は懐かしいような悲しいような顔をしていた。
「それは私の記憶よ。今でも覚えてる忘れられない記憶。私は子供の頃に出会った女の子は病弱で、もう数年も生きられないと言われていたわ。毎日苦しみを味わっていた。唯一心が和んだのが窓の外の椿の花を見ていたときだったそうよ。椿ってすぐ花が落ちてしまうからほんとは縁起が悪いらしいのだけど。ある日、とても苦しんでいる日があったわ。必死でナースコールを押そうとしていた。もう助からないと確信したから声をかけたの。助かりたいかと。一瞬、彼女は私を見て苦しみを忘れたような顔をしたわ。そして、彼女は即答した。私は彼女の首筋に歯を立てた。それから彼女はまったく苦しまなくなった。医師や家族は奇跡だと言って、祝福していたわね。これが私が吸血鬼として初めて能力を使ったときよ」
「じゃあ、俺が見たのは先生の記憶」
「そうかもしれない。だけど、もっと強いものをあなたから感じたわ。それが何かまではわからなかったけど」
六条先生は少し考えるように伏し目がちになった。そして何かを決断したかのようなかおで俺を見つめている。
「私はあなたを信じることにする。何かあったら相談しなさい」
そう言って、六条先生は校舎裏を跡にした。汗だくになった俺のシャツは秋の夜によってすっかり冷やされていた。
そして、さきほどの会話をもう一度思い出す。
異形が俺だけではなかったという事実は怖さとともに安心を感じさせてくれた。六条先生が俺のことを信じてくれたことも嬉しかった。
だが、俺はまだ俺自身のことがわかっていない。記憶を見る能力。それが俺の能力だとしても、俺はそれを制御できていない。どんなときに、どんなことをしてしまうかわからない。また、桜のときのようになってしまうと思うと震えがくる。
六条先生の協力を仰いで、自分を見極めなくてはならない。
校庭のほうは、さらに騒がしくなっている。後夜祭が始まったようだ。どたばたの文化祭だったなと校庭のほうへ駆けった。




