表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

「卅と一夜の短篇」

ラヴレタリアート(卅と一夜の短篇第15回)

作者: 錫 蒔隆

彼岸此岸に隔離された男と女は一年間、休みなく働く。給金などない。たった一日の休日のために、三百六十四日を堪える。ふたりを隔てるあの忌々しい河の中洲で、その日だけ睦みあうことをゆるされる。ロマンスとセックスの濃密な一日を終えれば、また三百六十四日を堪えなければならない。労働者の鑑のようなふたりを、讃える声は皆無。ふたりもまた、そんなものを求めたりはしていない。報酬のその一日のためだけに、ただ黙々と働く。

ある年の逢瀬、女は気づく。このままふたり、どこかへ逃げてしまえばいい。しかし、男は女を諭す。この大河の中洲、どこへ逃げられるというのか。舟をつくって、漕ぎだせば……この中洲のどこに、そんな材料があるのか。それにもう、そんな時間はない……じゃあ、ふたりで死なない? 河に身投げして……なにをばかなことを。死んだら、死んだら終わりだぞ……だから、あの世でいっしょになりたいの。わたしはもう、堪えられない……そりゃあ、おれだってつらいさ。だけど死んでしまったら、おれたちは愛しあえなくなるじゃないか……だから、愛しあったままで終わりにしたいの。死後の世界や来世がなくったって、ぜんぜんかまわない……わかる、気持ちはわかるけれど。

男は一日の逢瀬に望みを託し、女は三百六十四日にんだ。男は刹那を、女は永遠を欲した。いや。男が永続を欲し、女が瞬発をねがったのか。

男はあきらめることにした。男とて、三百六十四日をつらく感じている。死へのいざないは、甘美なものにちがいなかった。肚は決まった。思えば、理不尽がすぎる。男と女がであったころ、色恋にかまけて仕事を疎かにしてしまった。羽目をはずしただけで、こんな苦役を強いられる破目に。死んでしまおう。理不尽な連中に、一泡吹かせてやろう。おれたちが死ねば、やつらも困る。幽世かくりよや来世を彼は信じないが、「もういいや」と思った。男と女は抱きあいながら、河へ身を沈めた。男と女は、そうして死んだ。



何千年何万年という時が流れ、男と女は転生した。そこは暴虐な連中のいない、「自由」な世界であった。「自由」という概念も言葉も、うまれかわるまえの世界にはなかった。彼らに、前世の記憶も意識もない。まったくまっさらな状態でふたりは再会し、恋に堕ちる。ただ、ふたりの家柄がちがった。男は平民の家にうまれつき、女は至尊の家にうまれた。その障害はいくつかあったが、時代は自由だった。運命に導かれるように、ふたりはふたたびむすびつく。

報道の自由の名のもとに。男が家を出るとき。会社に着くとき。会社を出るとき。家に着くとき。男にはカメラの監視がつき、フラッシュの白夜がもたらされる。男は思う。なんとも窮屈な、生きづらい世のなかではないかと。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 高貴な身分の女性と市位の男性の婚約発表が豪雨災害のため延期。 そんなタイミングでこちらの作品を拝見したため、少々どきっとしました。 神話の世界でも現代日本でも、著しい身分差はつらいものなので…
[良い点] 濃い…:(;゛゜'ω゜'):!! 濃いです!綺麗…! あぁ、あのキーワードにして良かった…。 毎回1回読んでも私は読解力が低いのと、 癒しを求めて噛み締め噛み締め読んでます。 普通に私…
[良い点] 面白かったです。 恋愛に障害はつきものですが、神話でも現世でもほどよく超えられるくらいのものであってほしいです。
2017/07/01 23:24 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ