夢
習作。
子供の頃、好きな女の子がいた。
もう名前は忘れた。ただ亜麻色の髪を風に靡かせながら、どこか悲しげな微笑みを浮かべる少女の顔だけが、記憶に焼き付いている。
最近になって夢を見る。その女の子が出てくる夢だ。大きな一本杉の立つ丘で、僕は彼女と二人きりで話している。会話の内容は他愛ないもので、特筆すべき点もない。どうでもいいようなことを口にしながら、僕らは何かを待っている。
ただじっと、待っている。
どうやら女の子は、その何かが恐ろしいらしい。小さな肩を小刻みに震わせて怯えている。そんな女の子に僕は「大丈夫だよ」と声をかけて、そっと抱きしめる。
まったく記憶にない情景だが、奇妙なことに、それら一連の行動には既知からくる懐かしさを感じた。ありえない。僕は知らない。こんなことはなかったはずだ。記憶のどこを探っても、こんな過去は見当たらないのだから。
思わず頭を抱える。脳の内側から鈍痛が走った。謎の既視感が苛む。
「忘れたの?」
女の子が、俯かせていた顔をパッと上げて、こちらを見て言った。
視線が交錯する。女の子は無表情に、僕の顔を凝視している。瞬きもせず、見続けている。暫しの沈黙。お互いが一言も発さない。そうして天辺にあったはずの黄色い太陽が傾き、西の空に沈む頃。ようやく、僕は言った。
「忘れたよ」
女の子は、驚きに目を見開いた。
そして、悲しげに目を伏せる。風が凪いで、仄かに茜色に染まった長い髪が、ゆらゆらと揺れている。
そのうち、迎えがやってきた。僕らが待っていた何か、だ。女の子は何かに手を引かれて、遠ざかっていく。後ろを振り帰った彼女の顔には、どこか悲しげで、けれど未練のない晴れやかな表情が浮かんでいた。
やがて手が届かなくなり、声も届かなくなり、視界にさえ捉えられなくなって、ようやく、この夢は終わる。起きた後には、もう何も覚えていない。
この世界は、あの女の子は、かつてあったはずの出来事は、そうやって現実の外で完結しているのだ。