第1話 転校生
AM 7:30
グラウンドでは、運動部が朝の練習をしている。
それをフェンス越しに眺める、一人の男子生徒がいた。
並木幸平。とある市立高校の3年生。
サッカー部所属。幽霊部員。
部員である彼が何故、今ここにいるのか。
その理由を知っている者は、ほとんどいない。
今は時折、彼の瞳が複雑に光るだけ。
そうしている内に、チャイムが鳴った。
部員達が後片付けを始める。
「あれっ幸平じゃん!」
ボールを集めていた少年が、幸平に気づいて近寄ってきた。
「お前、今日もサボりかよ〜」
フェンス越しに、少年が睨みつけてくる。
「ワリィな。それより洋介、レギュラー入りおめでとさん。」
「遅いっつの!俺がレギュラーなったの、もう2ヶ月前だぜ?」
「そうだっけ?」
曖昧な笑みで、洋介の視線を交わしながら、幸平も答えた。
「『そうだっけ?』 じゃあねーだろう! テメー、祝いにも来なかったじゃねーか!」
「いーじゃん。だから今言っただろ?『おめでとう』って。それに、お前がレギュラーになったなんて、嘘だとしか思えなかったんだよ。」
「んだと〜!?」
フェンスがなければ、今頃洋介は飛びかかっていただろう。
「ハハッ、冗談、冗談。うらやましいぜ。」
「何言ってんだよ!お前なんか、ちゃんと練習に出てさえすれば、即レギュラーもらえてじゃん!」
幸平の顔が、一瞬曇ったように見えた。
「だーかーらー、俺はもうサッカーやんねーの!」
「じゃ、なんで部活入ってんだよ?」
「……」
「おいっ」
「何でかなー…」
「? 変な奴…」
思案顔の幸平を残し、洋介はボールを持って駆けていった。
AM 8:20
朝のホームルームが始まった。
幸平のクラス、3年B組では、定年近い白髪頭の担任が、日程の説明をしているところ。
いつもと、なんら変わりの無い朝。見慣れた風景。
今日も変わらぬ一日が、始まるはずだった。
「それでは最後に、転校生を紹介する。」
ホームルームも終わりに近づいた頃、担任が唐突にこんな事を言い出した。
当然、クラスはざわめきだす。
「静かに。 では、入ってきてくれ。」
騒がしい生徒達をたしなめ、入り口の扉を開ける。
入ってきたのは、ストレートヘアの女生徒だった。
今度は一瞬にして、クラスが静まり返る。
「北海道から来た、米坂美紀さんだ。こんな中途半端な時期だが、親御さんの事情で、急遽こちらに引っ越してくる事になったらしい。」
喋りながら、黒板に今言った名前を書く。すると彼女も
「米坂です。よろしくお願いします。」
と言って、ぺこりと頭を下げた。黒髪が揺れる。
「席は…並木の隣が空いてるな。並木、まだ教科書とか届いてないんだ、見せてやってくれ。」
頬ずえを付き、今の今までボーっと窓の外を見ていた幸平は、自分の名前を呼ばれたことに気づくと、慌てて
「あっ、ハイ」
と生返事。
「皆も、来たばかりで分からないことも多いと思うから、フォローしてやってくれ。」
数人が、返事をする。
「では、これでホームルームを終わる。」
起立 気を付け 礼
一時限目は、数学。