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会話の中に

空白の一秒

作者: parupuntist
掲載日:2026/09/12

「課長、また映像が真っ黒になりました。第八環状橋、一秒です」

「戻ったか」

「はい。その前は東通り。その前は駅前。全部、一秒です」

「消える直前を見せろ」

「この青い光です。橋の端から端へ、走っています」

「車体は?」

「ありません。光が通った直後に、映像が消えます」

「次はどこだ」

「北の連絡橋です。同じ順番で、三周しています」

「保守階段を使う。橋の出口で待つぞ」

「六階ぶん、上がるんですか」

「エレベーターを待つより速い」

「それは、課長の脚なら、の話です」

「文句は一段ずつ言え。足は止めるな」

「中央が、この区域の広告制御回線を隔離するそうです」

「その前に、何が起きているのか確かめる」

「橋です。青い光、来ます!」

「看板の縁を見ろ」

「小さな灯が、順番に点いて……看板から看板へ、移っているんですね」

「同期灯だ。何かを一斉に動かす前に点く」

「点き終わりました。……消えた!」

「手すりをつかめ」

「もう戻りました。課長、足元の誘導灯は消えませんでした」

「カメラの記録は?」

「時刻は途切れていません。暗い間も、誘導灯が映ってます」

「カメラは止まっていない。広告の光が消えたんだ」

「でも、水たまりに白い点が。一つだけ、広告が消えたときに」

「何が映った?」

「わかりません。あんなところに、灯なんてありませんよね」

「その映像を残せ。制御信号はどこから来ている」

「旧気象観測塔です。橋の向こうの、広告だらけの塔」

「あそこか」

「観測塔は、廃止されたはずですが」

「今は広告の中継局だ。設備が全部なくなったわけじゃない」

「塔の入口です。こちらは鍵がかかっています」

「調査員証をかざせ」

「開きました。屋上の中継室へ……また階段ですか」

「あと一階だ。今度は私も、文句を言いたい」

「制御盤が二つあります。新しい方は、更新中です」

「古い方の履歴を開け」

「今夜の更新中だけ、予備盤へ切り替わっています。これが、その予備盤ですね」

「最初の暗転は、切り替えた直後か」

「一致しています。起動時の処理に……〈夜間観測・照明試験〉」

「まだ残っていたのか」

「作成者の署名もあります。……課長?」

「十七年前の私だ」

「観測技師だったんですか」

「その窓の向こうに、カメラを据えていた」

「広告を消すのが、気象観測なんですか」

「星を撮って、夜の雲を調べていた。看板の光が邪魔になる」

「それで、一秒だけ暗くするんですね」

「そうだ。同期灯は、その合図だ」

「橋で見た白い点は、星だったんですか」

「上を見ればよかったな」

「課長、知っていたなら教えてくださいよ」

「私も、なくなったと思っていた」

「どうして使われなくなったんです」

「観測は衛星で足りると決まった。空いていた一秒にも、広告が入った」

「空を見る必要はないって、そう決まったんですか」

「数字の上ではな」

「この青い灯、さっきからずっと点いてますね」

「試験が終わって、本観測を待っている」

「次は全街区が対象です。街じゅうの看板を消すんですか」

「空を明るくしているのは、この塔の周りだけじゃないからな」

「信号や、車の誘導まで止まりませんか」

「回路図と、さっきの記録を照合しろ」

「……消すのは広告照明だけです。交通系統も、誘導灯も、別の回路です」

「当時も、人が歩いている街で撮っていたんだ」

「設定の下に、短い書き込みがあります。〈次の人にも、この一秒を〉」

「それも、私のだ」

「誰に残したんですか」

「観測をやめた後でも、いつかここへ来る誰かに」

「ずいぶん、気の長い伝言ですね」

「来ただろう。君が」

「課長、中央の隔離まで、あと一分です。本観測は、その十秒後」

「理由は、まだ原因不明の暗転か」

「はい。この盤を切り離せば、広告は消えなくなります」

「君は、止めるべきだと思うか」

「廃止された機能です。このまま隔離するのが、通常の手順です。でも……」

「でも?」

「……もう一度、見たいです。今度は、上を」

「私もだ。既存の観測機能として、仮登録しよう」

「課長の権限で、隔離を保留できますか」

「現地で原因と影響を確認できた。私が署名する」

「〈旧観測機能の作動を確認。交通系への影響なし〉」

「根拠に回路図と、橋の記録を添付しろ」

「送りました。あと五秒。課長、認証を」

「した。通ったか」

「……受理。隔離、止まりました」

「よし、屋上へ出るぞ。録画の用意だ」

「……うわ、空にまで広告の顔が。課長、これじゃ、星なんて」

「まばたきするな」

「青い灯が、一斉に」

「上を見ろ」

「……星が――ああ、もう戻ってしまった」

「一秒だからな」

「青白いのが一つ。その右にも、小さいのが二つ。課長、見えましたか」

「見えた」

「映像じゃ、ないんですね」

「広告を全部消した後に、残ったものだ」

「もっと、見ていたかったです」

「私も、昔そう思った」

「それで、次の人にも?」

「一人で見て、終わりにするのは惜しかった」

「この観測、正式に残すには、明日の審査が必要ですね」

「資料は撮れたか」

「はい。一秒ですが」

「見ている間だけ、黙ってもらおう」

「最初の記録も、明るさを上げれば星が見えます。空白じゃありませんでした」

「報告書を直しておけ」

「その前に、課長。僕の次の人、見つかりました」

「どこだ」

「橋の上です。配達員が、さっきからずっと空を見ています」

「行って見せてやれ。君が撮った一秒を」


 雨上がりの橋には、また広告の色が流れていた。

 荷物を載せた台車の脇で、部下が端末を差し出した。画面の看板が消え、三つの小さな星が現れた。

 配達員は手袋を外すと、その一秒を指先で止めた。

 見終えても、すぐには荷物を運び始めなかった。端末を持つ部下と、並んで空を見上げていた。

 追いついた課長も、二人の隣に並んだ。広告が切り替わっても、三人の顔は上を向いていた。

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