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「……村を見て回るか」
俺と魔王リディアは村の中を歩いたものの、いくら歩いても人の気配はない。村は静まり返っており、誰の声も聞こえはしない。民家らしき家々の窓から中を覗いてみたが、人間は一人も見当たらなかった。
しばらく歩くと、広場らしき場所に大きな箱が置かれていた。箱に近付き、ふたを開ける。
「リディアさん。見てください」
「これは……魔物の死骸か」
箱の中には何十体もの魔物の死骸が乱雑に入れられていた。
「魔物の死骸がここにあるということは、壁の血はすべて魔物のものだったんでしょうか」
「うーむ。この小さな村にそれほど能力のある兵士がいるとは思えぬ」
民家の数から考えて、この村に住んでいたのは三十人程度だろう。この小さな村を守る兵士として高い戦闘力のある者が選ばれるとは思えない。そもそも兵士がいたのかも不明だ。実際、先日立ち寄ったトウハテ村には兵士が一人もいなかった。
「じゃあ、たまたまこの村に強い冒険者が立ち寄ったときに、たまたま魔物が襲ってきて倒されたとか」
「それは偶然が重なりすぎじゃろう」
そうだったらいいなという希望的観測は、すぐに魔王リディアによって否定された。
もしそうだったなら、村人全員が生きている可能性もあったのだが……。
「それならやっぱり壁の血は、人間のものなんでしょうか」
「妾はそう思う。魔物が村を襲って、村人を一人も殺せないなんてことはあり得ない」
「兵士がいたかすら怪しい小さな村ですもんね。魔物が襲ってきたら、ひとたまりも……」
「しかしそうなると、やはり人間の死体が無いのは不自然じゃ」
またそこに辿り着いた。魔物の死骸は見つかったが、人間のものはまだ一つも見ていない。
「村から少し離れた場所にお墓がありましたよね。あそこに埋葬されているのでしょうか」
「あの規模の墓に、最近何十人もが埋葬されたと思うか?」
「それは……」
墓はあったが、小さな規模のものだった。さらに墓には花の一つも供えられてはいなかった。最近この村で大勢が埋葬されたと考えるのは無理がある。
「じゃあ村を助けに来た兵士の到着が間に合って、村人は別の村に移住したんですかね?」
「その可能性はあるじゃろうな」
可能性はあると言いながら、魔王リディアはちっともそうは思っていないように見えた。
「血が流れ過ぎている。元が何人いたかは知らんが、村人全員が無事ということはあり得ない。誠に争いとは虚しいものじゃ」
「村を襲った魔物は退治されてますしね……きっと誰も何も得られない、悲しい戦いだったんでしょうね」
村人たちは魔物に襲われて命を落とし、村人の命を奪った魔物もまた命を落とした。
失うばかりの戦いだ。
「あら。旅の方ですか?」
突然、鈴を転がすような声が聞こえた。声のする方を見ると、群青色の髪の大人しそうな少女が立っていた。年齢は俺よりも少し下くらいだろうか。
「リディアさん。生存者がいましたよ!」
「そうみたいじゃな」
少女は大きな屋敷から出てきたところだった。微笑みながら俺たちに歩み寄る。
「村に誰もいなくてびっくりしたでしょう? ちょうど集会をしていたんです」
どうやら村人たちは、集会をしていたから家の中にはいなかったらしい。あの屋敷はまだ中を見る前だったから、人がいることには気付かなかったようだ。
何はともあれ、村に生存者がいてよかった。
「そうだったんですね。俺はてっきり……」
屋敷からは、少女に続いて他の村人たちがぞろぞろと出てきた。若者から老人まで、さらには赤ん坊を抱いている村人もいた。
「この村は以前、魔物に襲われましたが、幸いなことに村人は全員無事だったんです」
少女は穏やかな表情で微笑んだ。
「ただ村人が無事だったのは良かったのですが、魔物に村を滅茶苦茶にされてしまったので……村の復興と魔物に対する今後の対策を立てるために最近はよく集会を開くんです」
俺たちには興味が無いとでも言うように、少女以外の村人たちは各々の家へと帰って行く。
「魔物はいなくなったものの、この村は問題が山積みなんです」
「そう……みたいですね……」
「ここで会ったのも何かの縁です。時間があるようでしたら、私に旅のお話を聞かせていただけませんか?」
確認するように魔王リディアを見た。もう日は暮れかけている。この村で朝を迎えるか、村を出て野宿をするかを選ばないといけない。
「妾はどちらでも構わんぞ。ジョーンが決めるとよい」
「魔物に襲われてからというもの、私を含め村人たちの間で楽しい話題は無くなってしまいました。少しの間だけでも、楽しい旅のお話を聞かせてはいただけませんか?」
魔王リディアは村に滞在するでも野宿をするでもどちらでもよく、少女は俺たちがこの村に滞在することを望んでいる。それなら。
「じゃあ今日はこの村に宿泊させていただけますか?」
「もちろんです!」
少女はふわりと笑うと、俺と魔王リディアの手を優しく握った。
「自己紹介がまだでしたね。私はドロシーです」




