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「…………というわけで、俺は勇者パーティーを追放されたんです」
「なんと。聞くも涙、語るも涙の話じゃのう」
本日二度目の焚火。焚火の近くには鳥を丸ごと刺した串が突き立っている。焼けるまであと少しだろう。俺は焼き魚を頬張りながら、美少女に先程の出来事を語って聞かせた。
初対面の美少女に話すような内容ではなかったが、誰かに言わずに自分の胸の中だけに留めておくには、辛すぎる話だったからだ。あとたぶん、この美少女は見た目通りの年齢ではない。だから人間関係のゴタゴタを聞かせても平気だと判断したのだ。
「しかし……勇者、戦士、僧侶、魔法使い、荷物持ち。結構いいパーティーだと思うがのう」
「荷物持ちじゃなくて、ラッキーメイカーです」
「そうじゃったな。そういうことにしておいてやろう。ワッハッハ」
美少女は見た目と合っていない豪快な笑い方で笑いながら、俺の背中を叩いた。いきなり叩かれてむせると、美少女はすぐに水を渡してくれた。
そういえば美少女は、狩った肉にも魚にも手を付けず、ただ俺の食事を眺めている。
……えっ。もしかして。
俺の動揺を悟ったのだろう美少女が、すぐに答えをくれた。
「毒は無いから安心するがよい。妾はすでに食事を済ませておるだけじゃ。それにこんな時間に食べたら太ってしまうからのう。美少女が台無しじゃ」
「……こんな時間にどうして美少女が一人で山にいるんですか」
「夜の散歩じゃ」
答えになっているような、なっていないような。
本当に少女なわけではないだろうから別にいいのだが、それでも少女……幼女とも言えそうな外見の子が、夜に一人で山を歩いている絵面は違和感を覚えずにはいられない。
「しかし先程の話で気になったのじゃが、お主は魔王を倒したいのではなく、魔王に会いたいだけか? ミーハーなのか?」
「そんな理由で魔王城までは行きません……けど、俺の個人的な事情と深く関わる話です。申し訳ないですが、初対面のあなたには話せません」
「寂しいのう悲しいのう。お主と妾の仲ではないか」
「ほんの一時間前に会った仲でしょう」
「絆の深さに時間は関係ないのじゃ」
「だとしても、一時間でそこまでの絆は結べませんよ」
美少女はなおも、寂しいのう悲しいのう、と言い続けている。目には涙まで溜め始めた。
「妾はこんなにもお主と仲良くなりたいと思っておるのに。壁を作られると泣いてしまいそうじゃ。少しだけでいいから教えてはくれんかのう?」
「……泣かれても話せませんよ」
「美少女が頼んでおるんじゃぞ? 本当に少しだけでいいんじゃよ。先っちょだけでいいから」
「本物の少女は、そんな下品なことは言いません!」
俺が美少女のお願いを突っぱねると、美少女の目に溜まっていた涙はスッと引っ込んだ。
「ちっ、ダメか」
実は美少女の涙に心が揺れていたのだが、嘘泣きだったようだ。
美少女はケロリとした顔で、その辺に落ちている小枝を焚火に投げ入れ始めた。小枝が投げ入れられるたびに炎がゆらりと揺れる。
「肉には当てないでくださいよ」
「妾がそんなヘマをするわけがなかろう」
美少女は炎の中に小枝を数本投げ入れてから、試すような表情で俺のことを見た。口の端を上げて不敵な笑みを浮かべている。
「それで、そのラッキーメイカーとやらは、具体的には何が出来る能力なんじゃ?」
「パーティー全体の運気を上げられます」
「それだけの能力で魔王を倒せるなどと言っておったのか? 本当に?」
美少女はなおも俺を試すような視線を向けている。挑発されているのだろうか。
「倒せると思いますよ。別に倒す気はないですが」
「勝とうと思えば勝てるけど、勝つ気がないから勝たなかっただけ。みたいなことを言うのう」
「…………」
「作ろうと思えば作れるけど、作る気がないから彼女を作らなかっただけ。みたいなことを言うのう」
「…………」
美少女は絶妙に嫌な例えを出してきた。俺がイキっているだけだと思っているようだ。しかしよく考えてみると、俺の発言は何も知らない相手が聞くとイキっているようにしか聞こえない。だからと言って軽率に自分の能力の話は出来ないので、無言で耐えるしかない。
「人気者になろうと思えばなれるけど、人気者になる気がないから……」
「もう勘弁してください!」
早々に耐えられなくなった俺は、美少女の言葉を遮った。美少女は遮られるまで嫌な例えを出し続けるつもりに見えたからだ。
「では、お主が魔王を倒せると言った理由を教えてくれるんじゃな?」
「それはまだ言えませんが、魔王に会いたい理由なら言えます」
「ほう。言ってみるがよい」
俺は深呼吸をしてから告げた。
「俺のユニークスキルを、奪ってほしいんです」
俺の言葉を聞いた美少女は、ぱちぱちと何度か瞬きをした。大きな赤い目が何度も閉じては開かれる。まるで美少女は、自身の耳を疑っているかのようだ。
「聞き間違いじゃありませんよ。俺は、俺のスキルを魔王に奪ってほしいんです」
「お主は変なことを言うのう。魔王を倒せるほどの能力なんじゃろう?」
「魔王を倒せるほどの能力を持っている危険人物を、王国が放っておくと思いますか?」
「ほう?」
俺の言葉を聞いた美少女は、好奇心に満ちた瞳をギラリと光らせた。今の美少女は、どこからどう見ても子どもには見えない表情をしている。それにもかかわらず外見は子どもなのだから、いっそう奇妙で不気味だ。
「魔王を倒せるほどの能力を持ってるんですよ? そんな危険な存在、いない方が安心して眠れるとは思いませんか?」
「魔王の手から世界を救った英雄を、同じ人間の仲間が殺す、とな? そうはならんじゃろう」
「なるんですよ。それが人間です」
過ぎた力は身を滅ぼす。出る杭は打たれる。それが人間世界の常識だ。
俺はそう教わった。
「魔王を倒せるほどの力を持ったお主なら、人間の襲撃など、どうとでもなるのではないか? 魔王を倒せるとイキっているだけではないのなら」
美少女は棘のある言い方をした。俺のことを完全にイキり冒険者だと思っているようだ。
「能力を使っていない状態の俺は、とても弱いです。睡眠魔法で簡単に眠らされますし、いいように殴られます」
「そういえば勇者パーティーにそういう扱いを受けていたのだったな。可哀想なやつじゃ」
「だから狙われたら、ひとたまりもないんです」
美少女は完全には納得していない様子だったが、理解した、とだけ言った。
「お主の置かれた状況については分かったが、魔王に能力を消してほしいというのはなんじゃ? 魔王はそんなことが出来るのか?」
美少女は大袈裟なほどに首を傾げている。首を傾げすぎて頭が肩に付いているほどだ。
「とある村で、すごいユニークスキルを持っていたのに魔王にスキルを奪い取られた男の話を聞きました」
「それは……男が元からユニークスキルとやらを持ってもいないのに、強く見られたいから嘘を吐いただけではないかのう」
「とある村で、魔王にスキルを奪われた女の話も聞きました。女はスキルを返してくれと何百通もの嘆願書を魔王に書いていました」
「それは……その女は心の病を患っているのではないかのう」
薄々思っていたことをズバッと言われてしまった。さらに美少女は続ける。
「魔王は他人のスキルを奪うことなど出来んと思うぞ。まだ本人も知らん未知の能力を持っている可能性はあるが、本人が知らんのでは使いようがない。スキルを奪われる件は諦めた方がいいぞ」
「……まるで関係者のようなことを言うんですね」
咄嗟に俺は身構えようとした……が、やめた。美少女とは会ってまだたったの一時間だが、力量が違うことは分かっている。俺が身構えようと身構えなかろうと、この美少女の前では同じことだろう。
「……あなたは誰なんですか。魔王とどういう関係ですか」
緊張感とともに伝えたはずの俺の言葉に、美少女はあっけらかんと答えた。
「なんじゃ、気付いておらんかったのか。妾の名はリディア。魔王リディアである」
魔王と名乗る美少女は、髪を自身の尖った耳にかけ、指を使い口角を上げて牙を見せた。
絶句している俺の代わりに、焚火がぱちりと音を立てた。




