●20
居間へ行くと、テーブルの上には色とりどりの料理が並べられていた。席についているのは四人。魔王リディアと村長と村長の妻らしき人物と、ヘイリーの父親。
「あなたは先程の、娘さんを誘拐された……ヘイリーさんのお父さん?」
他に何と呼べばいいのか分からず変な呼び方をしてしまったが、ヘイリーの父親は気にしていないようだった。居間へやってきた俺に向かって、手を振っている。
「俺も夕食会に加わらせてもらったんだ。さっきはこの村の事情ばかりを話してしまったが、お前たちの話も聞きたいからな」
俺たちの話と言われても、話せるような内容の話は無い気がする。
魔王リディアが魔王である話はもちろん出来ないし、俺が勇者パーティーで受けていた扱いも、勇者パーティーから追放されたことも話せない。
人間の希望である勇者を、品行方正な英雄だと考えている者は多い。だから夢を見ている人たちを相手に、わざわざ幻滅させるのは気が引ける。
それ以外に俺たちの旅の中で起こった出来事と言えば、全滅しかけた勇者パーティーを救ったことだが……勇者パーティーが負ける話なんて、もっと話せない。
俺がそんなことを考えながらボーッとしていると、魔王リディアの叱責が飛んできた。
「何をモタモタしておる。早く席に着くのじゃ!」
「あっ、はい!」
俺は急いで空いている席に座った。
「いただきます」
根物野菜の煮物に、葉物野菜のスープと漬物、実物野菜の炒め料理。茶色に白に赤に緑に、とても見た目が良く、十分にお金が取れそうな料理の数々だ。
並べられた料理を一通り目で楽しんでから、フォークを差す。
腹が膨れるためか、野宿をしている間は魔王リディアの調達した肉や魚を食べることが多かった。だから繊細な味付けのされた野菜がふんだんに使われた料理は、俺の身体を喜ばせた。今この瞬間にも、身体に不足していた栄養が補われていく感覚がする。
「これがこの村のご当地飯なんじゃな。野菜がいっぱいで美味いのう」
「トウハテ村には、野菜だけは売るほどありますから」
魔王リディアが出された料理をペロリと平らげていくため、魔王リディアの前に置かれた皿だけ異様な速度で空になっている。
「育ち盛りだとお腹が空くわよね。おかわりが食べたかったら言ってね」
「おかわりが食べたいのじゃ!」
間髪あけずに魔王リディアが村長の妻に自身の皿を差し出すと、村長の妻は嬉しそうに追加の料理を乗せた。
魔王リディアが村長の妻と仲良くしている間、俺は村長とヘイリーの父親から旅の話を期待されていた。
「旅人には誰しも武勇伝があるそうですが、やはりあなたにも武勇伝があるのですか?」
「武勇伝……? 話せるようなことは何もないです」
「またまた謙遜しちゃって。旅の途中で魔物と戦ったり盗賊と戦ったりしてるんだろ?」
実は魔王リディアと旅を始めてからは、まだどちらも無い。
圧倒的強者の魔王リディアと一緒にいるおかげか、魔物たちはまず俺たちには近付かない。盗賊に襲われる可能性はあったが、運の良いことにまだ出会ってはいない。
「旅の途中で野良犬と野良猫を手懐けて、しばらく一緒に歩いたほのぼの話なら出来ますけど……どちらもまだ警戒心の薄い子犬と子猫だったので……」
俺は他に喋れる話がなかったので、当たり障りのない旅の一エピソードを話して聞かせた。
気まぐれに残飯をあげたら、魔王リディアの強さをまだ理解できない子犬と子猫がしばらくついてきただけの話だったが、旅をしたことがないのだろう村長とヘイリーの父親は、興味深そうに俺の話に耳を傾けていた。
「野菜は野菜で美味いのじゃが、この村では肉は食わんのか?」
さんざん料理を平らげてから、魔王リディアが尋ねた。これに村長が丁寧に答える。
「山にいくつも罠を仕掛けているのですが、どうも今日は何もかからなかったみたいですね」
「村長の奥さんは肉料理も得意なのに、ツイてないなあ」
ヘイリーの父親のガッカリした顔を見るに、お世辞ではなく村長の妻は肉料理も上手いのだろう。今食べている夕食がその証拠だ。素材の味を活かしつつ料理によって味付けが違っているから、食べる手が止まらない。
「私も食べ盛りの子どもには肉を食べさせてあげたかったんだけど、ごめんね」
「罠とはそういうものじゃ。獲物がかかる日もあれば、かからぬ日もある。成果はのんびり待つものじゃ」
村長の妻は魔王リディアに謝ったが、魔王リディアに怒っている様子は無かった。
当然だろう。これだけご馳走になっておきながら料理に文句を言ったら罰が当たる。
「野菜のおかげで飢えは凌げるので、村人たちも肉に関しては気長に待っています。年を取ったせいか、私は肉よりも野菜を使った料理の方が好きですがね」
「妾は肉も野菜も両方好きじゃぞ」
村長の意見を聞いた魔王リディアがそう言うと、村長の妻が魔王リディアの頭を撫でた。
「好き嫌いが無いのは偉いわねえ。可愛いお嬢ちゃん」
「妾は偉いのじゃ!」
村長の妻は魔王リディアの威圧感を知らないため、ニコニコと微笑みながら子ども相手のタメ口で話している。普通の可愛い女の子扱いだ。魔王リディアも子ども扱いが嫌ではないのか、上機嫌で対応している。
しかし先ほど魔王リディアから感じ取った威圧感を忘れられないのだろう村長とヘイリーの父親は、ぎこちない笑みを浮かべている。
「気長に待つとは言っても、罠を確認しに行って収穫ナシだと悲しいですね」
俺はぎこちない笑みを浮かべる男二人に話しかけた。
その間も村長の妻は魔王リディアの頭を撫で続けている。
「罠を確認しに行くついでに山菜採りが出来るから、収穫ナシってことはないんだ」
「猟はしないんですか?」
俺が何気なく尋ねると、村長と村長の妻とヘイリーの父親の三人全員が若干遠い目をした。何かしらの昔の出来事を思い出しているのだろう。
「猟か。懐かしい響きだなあ。あの頃は罠を仕掛けなくても毎日肉が食べられたよなあ」
「ええ、猟の達人のおかげで。年齢を感じさせない方でしたよね」
「猟も毎日獲物が手に入るわけではないでしょうがね、普通なら。いやあ、達人でした」
三人だけで進む会話を俺と魔王リディアが見守っていると、俺たちを置いてけぼりにしていることに気付いた村長が頭を下げた。
「お客様の前でいない人の話をしてすみません」
そして三人が誰の話をしていたのかを教えてくれた。
「猟が得意な者が数年前に亡くなったのです。それからは他の村人が猟に出たのですが、あまり結果が伴わず……罠の方が肉が手に入る確率が高いので、いつの間にか猟はしなくなりました」
「今日は罠でも手に入らなかったけどな!」
ヘイリーの父親が豪快に笑った。それにつられて村長も村長の妻も笑い出した。
「小さな村ですからね。代わりの人材がいくらでもいる都会とは事情が違うんです。それでも、私はこのトウハテ村が好きです」
「俺もだ。ここで生まれてここで育ったからなあ」
「何も無いところですが、村人の絆だけはどの村にも負けないと、自信を持って言えます」
三人ともとても穏やかな顔をしている。
ここには都会のような刺激は無いが、人の温かさと安らぎがある。
「この村はいいところですね」
俺は心からそう言った。
「熱で動けない者がいた場合は、村の誰かが飯を作ってやる。その誰かが倒れた場合は、また別の誰かが助けてやる。小さいコミュニティだから、村人全員で協力して生きてるんだ」
「村人全員が結束することが、このような小さな村での生き方なんです」




