●10
「……おっと。こんな話をしている間に宝箱を素通りするところじゃった」
再び考えに耽っていた俺の手を魔王リディアが引いた。もう片方の手で宝箱を指差している。
「気付きませんでした。ありがとうございます」
「妾はショーンの旅の仲間じゃからな。お主がダメダメでも妾がしっかりしておるから安心するとよい」
「俺が駄目なことは認めますが、リディアさんがしっかりしているというのは……どうなんでしょう」
今のところ、魔王リディアからしっかり者属性は感じない。
「しっかり者と言えば妾だと、百体の魔物に聞けば百体全員がそう答えるのじゃ」
「それはリディアさんに反対意見を言えないだけなのでは?」
「そこに気付くでない!」
会話をしながら魔王リディアに指差された宝箱を覗き込むと、アイテムの名前とその効果が表示された。これは……。
「呪いのエメラルド指輪。身に付けた者は状態異常にはならないが、敵に発見されやすくなる」
「どうやら外れみたいじゃのう。この指輪は、身に付けた者のスキルを奪ってはくれんようじゃ」
「そうみたいですね。ちなみにこのダンジョン内にある呪いのアイテムの数はいくつですか?」
「一つじゃ。つまり、これだけと言うことじゃ」
あまりにも呆気なく、呪いのアイテム探しは終わってしまった。もうこのダンジョンに用はない。
「まあまあ、そう言わずに」
「あまりにも頻繁にやり取りをするからいちいちツッコみませんでしたが、俺の心の声と会話をするのはやめてもらえませんかね!?」
俺の当然の訴えは、魔王リディアの心には全く響いていないようだった。魔王リディアは都合よく俺の話が聞こえなかったかのように、口笛を吹き始めた。
「何か言ったかのう。口笛に夢中で聞いておらんかった」
「だから、俺の心の声と会話を」
「ピピピーピューピューイ」
「聞く気が無いなら何度も言わせないでくださいよ!?」
きっと魔王リディアは、これからも俺の心の声と会話をするつもりだ。これはもう俺が諦めた方が良いのかもしれない。
「……で、この後はどうするのじゃ?」
魔王リディアのこの質問に、俺は即答した。
「どうするも何も、空振りだったんですから帰りましょう」
しかし俺の言葉は、魔王リディアのお気に召すものではなかったらしい。
「ここまで来たんじゃ。勇者パーティーの様子を見に行くのはどうかのう」
「見なくていいですよ、そんなもの。俺の姿を見たら、絶対に悪口を言ってきますし」
むしろ悪口で済めばいい方だ。戦闘になる可能性だってある。
「妾がおるではないか。悪口を言われたら『勇者パーティーを追放されたおかげで世界一のプリティガールと旅が出来た』と勝ち組宣言をすればよい」
勝ち組宣言……にはならない気がする。いくら魔王リディアが美少女とはいえ、子どもと二人で旅をしていると言っても、あの勇者が羨ましがるとは思えない。
「ほーん? 勇者は年上が好みなのか」
「好みまでは知りませんが、少なくともリディアさんくらいの見た目の子どもは眼中に無いと思いますよ。もっと大人のお姉さんたちと遊んでましたから」
勇者は行く町行く町でチヤホヤされ、町一番の美人に接待を受けていた。そして多くの場合、そのまま夜の町に消えていた……。
何が言いたいかと言うと、俺が子どもの姿である魔王リディアと旅をしていると言っても勇者はちっとも悔しがらない、ということだ。
「……ふむ。もっと年齢が上ならよいのだな? ちょっと待っておれ」
俺の心を読んだ魔王リディアが、自分に向かって手をかざし、何かの呪文を唱え始めた。
瞬間移動をしたり炎を燃え上がらせたりする際に呪文の詠唱をしなかったことを考えると、これからよほど難しい魔法を使うのだろう。
魔王リディアが呪文の詠唱を終えると、彼女の身体はキラキラと輝き始めた。そして。
「どうじゃ!」
「あーーあーーーっ!! 何で服を着てないんですか!? 早く服を着てください!」
俺は魔王リディアの身体を見ないようにそっぽを向きながら懇願した。
魔王リディアが、全裸の大人のお姉さんの姿になったからだ。
「こういうのはラッキースケベと言うんじゃ。合法的に美女の裸が見られるというのに、見ないでどうするんじゃ」
「そんなことを言われましても、心の準備がですね!?」
「ラッキースケベがショーンの心の準備など待つわけがなかろう」
魔王リディアが自身の裸を見せようと俺の前に回り込んでくるため、今や俺は目を瞑ったまま下を向いて頭を抱えている。ラッキースケベどころか痴女に出会った気分だ。
「ここまで拒絶するとは……さてはショーン、お主……童貞じゃな?」
「うるさいですよ! 童貞だからなんだって言うんですか!」
俺はもはや泣き声になっていた。どうしてダンジョン内で痴女に裸を見せつけられなければならないのか。意味が分からなすぎる。
「……すまん。ついやり過ぎたようじゃ。妾は童貞の清らかなる心を理解できておらんかった」
魔王リディアはそう言うと、俺の前から移動した。
「もうよいぞ。服を着たから安心するがよい」
恐る恐る目を開けると、目の前にはダンジョンに相応しくないセクシーなドレスに身を包んだ美女が立っていた。
「美しすぎて言葉も出ないであろう?」
「見た目は、そうですね……痴女のようなことをしてくる性格を考慮すると評価はものすごく下落しますが」
「そんなに嫌だったのか。妾、ちょっと反省したのじゃ」
「ちょっとじゃなくてしっかり反省してくださいね!? 相手が俺じゃなかったら逮捕されてますからね!?」
魔王リディアはしゅんとした様子で肩を落とした。
痴女のような行動はどうかと思うが、今の魔王リディアは、長く伸びた金色の髪に、吸い込まれそうな赤い目。目鼻立ちもハッキリしていて、ものすごく美しい。
「ものすごく美しいだなんて、妾照れちゃうのう」
しゅんとした様子はどこへやら、魔王リディアは身体をくねくねとさせながら、俺の誉め言葉を反芻した。
「ショーンもイケてると思うぞ。ありふれた名前を裏切らない見た目じゃ」
ありふれた名前を裏切らないのであれば、それは普通の外見ということではないだろうか。
「まあいいですけど。それで、大人の姿になってどうするんですか。何か意味があるんですか、それ」
「この姿で勇者に会いに行くんじゃよ」
満面の笑みで言う魔王リディアを見て、俺が拒否したところで行くんだろうな、と理解した。




