王城の厨房と、不器用なおじさん
王城の厨房は、朝から戦場だった。
鍋が鳴る。
包丁がぶつかる。
怒号と笑い声が、同時に飛ぶ。
「……ここか」
案内の兵士が、扉を開けた瞬間、熱気が押し寄せた。
「新入りだ!」
「王命だぞ、道を空けろ!」
その一声で、空気が一瞬だけ止まる。
視線が集まる。
若い料理人。
年配の職人。
皆、俺を一瞥して、すぐに興味を失ったように作業へ戻った。
「……場違いだな」
案内役が、小声で言う。
「ここでは、腕が全てだ」
「立場は、皿の上で決まる」
分かりやすい。
「おい」
声をかけてきたのは、背の高い若者だった。
年は、二十そこそこだろう。
「菓子職人ってのは、お前か」
「……そうだ」
「見た感じ」
「鍋も、包丁も、慣れてねぇな」
否定できない。
「……菓子専門だ」
「へぇ」
「じゃあ、ここじゃ役立たずだな」
周囲から、くすっと笑いが漏れる。
「ルーク!」
「王命だ、無礼は慎め」
年配の料理長が、低く叱る。
「……すみません」
謝ると、さらに笑われた。
「いいよ」
「本当のことだ」
ルークと呼ばれた若者は、肩をすくめる。
「で?」
「何を作るんだ」
包みを開く。
しぶ甘菓。
「……これだ」
一瞬、沈黙。
「……白いな」
「地味だ」
「……だが」
「匂いは、悪くねぇ」
料理長が、一つ取る。
一口。
「……ほう」
二口。
「軽いな」
「胃に残らん」
「……王が気に入った理由は、分かる」
ルークは、腕を組んだまま見ている。
「で?」
「城で、何をしろって?」
「……量産だ」
「城の者向けに」
「量産?」
空気が、少し変わる。
「数は?」
「……まだ」
「曖昧だな」
「……慣れてない」
ルークは、鼻で笑った。
「ここはな」
「一日で百人分だ」
「……百」
「甘いもん作るなら」
「効率、考えろよ」
正論だった。
「……道具を、借りたい」
「……温度が、一定な窯が」
料理長が、少し考える。
「一つ、空けられる」
「だが、失敗は許されん」
「……分かりました」
場所を与えられる。
広い厨房の隅。
道具は、立派だ。
だが、手に馴染まない。
「……やりにくい」
卵を割る。
殻が、少し混じる。
「ほらな」
「不器用」
ルークの声が飛ぶ。
「……悪い」
「謝るな」
「直せ」
その通りだ。
深呼吸。
一つ一つ、丁寧に進める。
周囲の音が、遠くなる。
焼き上がり。
表面は、少し歪んだ。
だが、香りは、いつも通りだ。
料理長が、無言で食べる。
「……味は、同じだ」
「……はい」
「見た目は、城向きじゃない」
「だが」
「食う者向きだ」
ルークが、黙って一つ取った。
「……」
噛む。
「……くそ」
「軽い」
「……悪くない」
小さな声だった。
「……量産は」
「……難しいが」
「……やる」
料理長が、頷く。
「今日のところは、ここまでだ」
「明日」
「数を決める」
厨房を出る。
背中に、視線を感じる。
好意じゃない。
だが、拒絶でもない。
「……不器用でも」
「……やれるか」
そう呟くと、胸の奥が、少しだけ熱くなった。




