呼び出し
扉を叩く音は、三度。
控えめだが、迷いがない。
「……はい」
扉を開けると、そこに立っていたのは兵士だった。
鎧は簡素だが、姿勢が違う。
「王城より通達だ」
「菓子職人……いや、作り手の者」
「……俺か」
「王が、お会いになりたい」
一瞬、頭が真っ白になる。
「……理由は」
「知らされていない」
それだけ言って、兵士は一歩下がった。
「……今から、か」
「準備の時間は与えられている」
「日が沈む前に来い」
扉が閉まる。
部屋に残ったのは、甘い匂いと沈黙だけだった。
「……王様、か」
前の世界なら、画面の中の存在だ。
この世界では、命を左右する存在。
机の上を見る。
しぶ甘菓が、五つ。
「……これか」
呼ばれる理由に、心当たりは一つしかない。
市場で売った菓子。
名前を持った菓子。
「……持っていくか」
包みを用意する手は、思ったより震えていなかった。
不器用な指で、丁寧に包む。
「……逃げても、仕方ないな」
王城は、市場から離れた丘の上にあった。
白い石。
高い壁。
門をくぐると、空気が変わる。
「……緊張するな」
案内されたのは、小さな広間だった。
玉座ほど仰々しくはない。
だが、中央に座る男の存在感は、十分すぎた。
「近う」
低く、落ち着いた声。
跪くべきか迷い、ぎこちなく頭を下げる。
「……呼び出して、すまぬな」
「菓子を作る者と聞いた」
「……はい」
「名は」
「……名乗るほどの者では」
「名がないのか」
「……ありません」
王は、少しだけ目を細めた。
「では」
「作った菓子の名はあるか」
包みを差し出す。
「……『しぶ甘菓』です」
王は、側仕えに合図をした。
一つ、皿に乗せられる。
王は、それを手に取った。
一口。
ゆっくり、噛む。
部屋が、静まり返る。
「……ふむ」
二口目。
「……なるほど」
三口目で、手が止まった。
「これは」
「甘いが、重くない」
「……はい」
「菓子はな」
「王城では、見せるための物が多い」
皿を見る。
「だが、これは」
「食うための菓子だ」
胸の奥が、少しだけ熱くなる。
「なぜ、作った」
「……そこに、マカロンが、なかったので」
思わず、正直に言ってしまった。
「……?」
「……前にいた世界では」
「……好きだった菓子です」
王は、声を立てずに笑った。
「なるほど」
「不器用だが、正直だ」
そして、はっきり言った。
「城に、来い」
「……はい?」
「この菓子」
「城の者にも、食わせたい」
「……俺は」
「職人でも、料理人でも」
「構わぬ」
「作れる者が、作ればよい」
逃げ道は、なかった。
「……分かりました」
王は、満足そうに頷いた。
「明日からだ」
「逃げるなよ」
「……逃げません」
王城を出ると、夕日が沈みかけていた。
「……王様、か」
しぶ甘菓は、もう市場だけのものじゃない。
「……大事になるな」
そう呟きながらも、不思議と足取りは軽かった。




