全部売れるとは限らない
二度目の市場は、少しだけ景色が違って見えた。
同じ道。
同じ匂い。
同じ騒がしさ。
それでも、足取りは前より重くない。
「今日は、いくつだ」
「……四十」
ガルドが、わずかに眉を動かした。
「増やしたな」
「……様子は、見たい」
木箱を開ける。
白布の上に並ぶ、しぶ甘菓。
前より形は揃っている。
焼き色も、安定した。
「値段は」
「……据え置きだ」
「銅貨三枚、か」
「……ああ」
「攻めないな」
「……最初は、な」
市場が動き始める。
呼び込みの声に、人が足を止める。
「前にも、あったわよね」
「これ、甘いやつだ」
声が聞こえた。
二人連れの女が、近づいてくる。
「名前、付いたんだ」
「……『しぶ甘菓』だ」
「へぇ」
「変わった名前」
一つ買い、包みを受け取る。
「また来るわ」
最初の一つ。
そこから、ぽつぽつと売れていく。
前より、動きはいい。
だが、勢いは爆発しない。
「……半分、か」
昼前で、二十。
残りも、まだある。
「……全部は、難しいな」
「そうだな」
ガルドは、冷静だった。
「だが」
「減り方は、悪くねぇ」
午後。
少年が、じっと菓子を見つめていた。
「……買うか」
「……お金、足りない」
手の中の硬貨は、二枚。
「……一つで、いい」
「……一つ?」
「……半分でも」
その言葉に、少しだけ考える。
包みを開き、丁寧に割る。
「……これでいい」
「……いいの?」
「……味は、変わらない」
少年は、何度も頭を下げた。
「ありがとう」
半分の菓子が、一つ減る。
売上としては、完璧じゃない。
「……いいのか」
「……いい」
不思議と、後悔はなかった。
夕方。
市場が片付いていく。
残りは、九つ。
「……全部は、売れなかったな」
箱の中を覗き込む。
「……悔しいか」
「……少し」
「だが」
「前より、顔はいい」
そう言われて、気づく。
胸の奥の、ざわつきが違う。
「……売れなかった」
「……でも、無駄じゃない」
「ほう」
「……誰かは、食べた」
「……覚えてくれた」
ガルドは、頷いた。
「そうだ」
「商いは、積み重ねだ」
箱を閉じる。
軽くはなったが、空ではない。
「……全部売れなくても」
「……続ければ、いい」
「そうだ」
「それが、作るってことだ」
家に戻る道。
夕焼けが、やけに穏やかだった。
「……次は」
「……もう少し、甘さを抑えるか」
そんなことを考えている自分に、少し驚く。
前は、失敗が怖かった。
今は、次を考えている。
「……変わったな」
誰に言うでもなく、そう呟いた。
しぶ甘菓は、まだ完成じゃない。
だが、もう歩き出している。




