名前を付けるということ
家に戻ると、夕暮れの光が机を照らしていた。
包みを開く。
残った菓子が、静かに並ぶ。
十二個。
数としては、少なくない。
だが、昼の市場を思い返すと、不思議と重く感じた。
「……名前、か」
ガルドの言葉が、頭の中に残っている。
「次は、名を付けろ」
「売るってのは、そういうことだ」
名前。
前の世界では、当たり前のように並んでいた。
菓子には、必ず名前があった。
だが、ここにはない。
「……マカロン」
小さく呟く。
だが、すぐに首を振った。
「……違うな」
似てはいる。
だが、同じじゃない。
材料も、焼き方も、世界も違う。
「……別の名前だ」
一つ手に取る。
表面のひび。
中の柔らかさ。
果実の甘酸っぱさ。
「……軽い」
「……でも、ちゃんと甘い」
言葉を探す。
「……甘焼き」
「……白菓子」
どれもしっくりこない。
「……難しいな」
ため息が漏れる。
その時、戸を叩く音。
「いるか」
「……ああ」
ガルドだった。
「残り、どうする」
「……改良する」
「名前は」
「……まだだ」
机の上を見る。
「ふん」
「顔に出てるぞ」
「……そんなにか」
「迷ってる顔だ」
ガルドは、一つ取って口に入れる。
「……これな」
「名前がなくても、うまい」
「……でも」
「名前があった方が、覚えられる」
「……分かってる」
ガルドは、少し考えてから言った。
「作ったのは、お前だ」
「お前が、どう思ってる菓子だ」
「……どう、思ってるか」
しばらく沈黙。
「……うまく作れなくて」
「……何度も失敗して」
「それで?」
「……それでも」
「……作りたかった」
ガルドは、ゆっくり頷いた。
「なら、それでいい」
「……?」
「不器用でも、作り続けた」
「それが、この菓子だ」
机の上の菓子を見る。
「……作り続けた」
口の中で、言葉を転がす。
「……続菓」
「……いや」
「……粘り菓」
「……違うな」
しばらくして、ふと浮かんだ。
「……しつこく、甘い」
「……でも、軽い」
「……しぶとい、甘さ」
声に出す。
「……しぶ甘」
「ほう」
「……『しぶ甘菓』」
少し、照れくさい。
「……どうだ」
「悪くねぇ」
ガルドは、短く言った。
「覚えやすい」
「作り手の顔も浮かぶ」
胸の奥が、少し温かくなる。
「……じゃあ」
「これからは、そう呼ぶ」
机の上の菓子が、少しだけ違って見えた。
名前が付いた。
それだけで、もう「物」じゃない。
「……次は」
「次は、もっと良くする」
ガルドは立ち上がる。
「明後日だ」
「また、市場に出る」
「……今度は」
「……全部、売りたいな」
「欲張りだな」
「……でも、悪くない」
戸が閉まる。
静かな部屋で、俺は菓子を見つめた。
しぶ甘菓。
不器用な名前だ。
「……俺みたいだな」
そう呟いて、そっと一つ、口に入れた。




