初めての「値段」
翌朝、家の前に荷車が止まった。
軋む音と共に、見慣れた影が降りてくる。
「早ぇな」
「商人は朝が命だ」
ガルドはそう言いながら、荷台の布をめくった。
中には、木箱が三つ。
一つは卵。
一つは乾燥果実。
もう一つは、濃い色の蜂蜜の瓶。
「……多くないか」
「最初はな」
意味深な言い方だった。
箱を運び込み、机に並べる。
材料を前にすると、自然と頭が切り替わる。
「条件は覚えてるな」
「味を良くする」
「そうだ」
ガルドは腕を組んだまま、俺の動きを眺める。
今日は、試作だ。
乾燥果実を刻み、蜂蜜を少量混ぜる。
砂糖は控えめにして、香りを立たせる。
焼き上がるまでの時間、部屋には甘い匂いが満ちた。
「……悪くねぇな」
「まだだ」
自分でも分かる。
焼き色が少し浅い。
もう一度、温度を調整する。
二度目。
今度は、表面が薄く艶を帯びた。
一口、割る。
中から、果実の香りが立つ。
「……これなら」
「おう」
ガルドは、無言で一つ口に入れた。
しばらく、噛む。
「……で」
「値段は、いくらだ」
その言葉で、手が止まった。
「……まだ、決めてない」
「だろうな」
責める様子はない。
「だがな」
「売るなら、避けて通れん」
皿の上の菓子を見る。
「……高くは、できない」
「材料も、安くないぞ」
「分かってる」
しばらく考える。
「……一つ、銅貨三枚」
「ほう」
「最初は、それでいい」
「安いな」
「……売れなきゃ、意味がない」
ガルドは、少しだけ口角を上げた。
「いい」
「じゃあ、その値で出す」
「……本当に?」
「責任は、俺が取る」
重たい言葉だった。
「代わりに」
「数は、用意しろ」
「……何個だ」
「三十」
「……多いな」
「市場は、様子見だ」
「だが、反応は欲しい」
三十。
今までで、一番多い。
「……やる」
そう答えると、ガルドは満足そうに頷いた。
「明後日だ」
「朝一で出す」
ガルドが帰ったあと、部屋に静けさが戻る。
机の上の菓子を見つめる。
値段。
数字一つで、価値が決まる。
「……売る、か」
胸の奥が、少しだけざわついた。
だが、不思議と怖くはなかった。
「……やるしかないな」
甘さは、もう自分だけのものじゃない。




