不器用同士
朝の市場は、相変わらず騒がしかった。
だが、以前とは少し違って見える。
視線が、時々こちらに向く。
露骨ではないが、確かに。
「……気のせい、じゃないな」
帽子を深く被り、露店の間を歩く。
卵の値段を聞き、砂糖を確認し、果実を眺める。
その途中で、声をかけられた。
「よう」
低く、ぶっきらぼうな声。
振り返ると、初老の商人が立っていた。
市場で何度か顔を合わせた男。
名を、ガルドという。
「……昨日の」
「菓子の中年だな」
失礼な言い方だが、悪意はない。
「……商人だったか」
「一応な」
ガルドは、俺の手元の袋を見る。
「材料、足りてねぇだろ」
「……ああ」
否定しなかった。
ガルドは、少しだけ目を細める。
「ナッツは、手に入らん」
「この辺じゃ、量が出ねぇ」
「……分かってる」
「だがな」
そう前置きして、声を落とす。
「代わりに、回せるもんはある」
「……?」
「果実の乾物」
「蜂蜜」
「卵は、契約次第だ」
一瞬、理解が追いつかなかった。
「……なんで、そこまで」
ガルドは、鼻で笑う。
「俺はな」
「売れるもんが、好きなんだ」
そして、はっきり言った。
「お前の菓子は、売れる」
胸の奥が、どくりと鳴った。
「……まだ、完成じゃない」
「知ってる」
「だが、伸びる」
「不器用なのも、分かる」
痛いところを突く。
「……悪かったな」
「褒めてんだ」
意外な返答だった。
「器用なやつは、すぐ飽きる」
「だが、不器用なやつは、続ける」
少しの沈黙。
「……どうしたい」
「……まだ、分からん」
正直に答える。
ガルドは、しばらく俺を見てから言った。
「じゃあ、決めるまで」
「材料、回してやる」
「……条件は」
「味を、良くすることだ」
単純で、重い条件だった。
「……分かった」
そう答えると、ガルドは満足そうに頷いた。
「明日、運ぶ」
「場所は」
「……俺の家だ」
「知ってる」
いつの間にか、知られていたらしい。
別れ際、ガルドは一言付け加える。
「菓子屋になるなら」
「覚悟しとけ」
市場の喧騒に戻りながら、俺は袋を握りしめた。
覚悟。
その言葉が、妙に重い。
だが。
「……悪くないな」
不器用同士の取引は、
思ったより、悪くなかった。




