材料が足りない
朝。
市場は、いつもより騒がしかった。
野菜の籠が並び、肉屋の呼び声が飛び交う。
その中を、俺は黙って歩いていた。
目的は決まっている。
卵。
砂糖。
ナッツ。
昨日より、少し多めに作ろうと思った。
来る人が、増えている。
露店の前で立ち止まる。
「……卵を」
「何個だ?」
少し考えてから答える。
「……全部」
「全部?」
商人が目を丸くする。
「今日は、よく出る日でな」
「……なら、半分でいい」
結局、思ったほど手に入らなかった。
次は砂糖。
袋を覗き込み、眉をひそめる。
「……高いな」
前よりも、明らかに値が上がっている。
商人は肩をすくめた。
「最近、需要が増えてな」
「甘いもん、流行り始めてるらしいぞ」
「……そうか」
心当たりが、ありすぎた。
ナッツの露店では、さらに現実を突きつけられる。
「今日は、これで終いだ」
「……もうないのか」
籠の底には、わずかしか残っていない。
「次の仕入れは?」
「早くて、三日後だな」
三日。
その間、作れない。
袋を手に、家へ戻る道すがら、ため息が出た。
「……足りないな」
腕前じゃない。
情熱でもない。
単純に、材料が足りない。
台所に並べる。
卵は少し。
砂糖も、控えめに使うしかない。
ナッツは、さらに慎重に。
「……どうする」
選択肢は、二つ。
量を減らす。
それとも、作るのをやめる。
昼過ぎ。
戸を叩く音。
「……」
開けると、昨日の男と、初老の商人が立っていた。
市場で見かけた顔だ。
「今日は、どうだ?」
「……材料が足りない」
正直に言うと、二人は顔を見合わせた。
「そうか」
「噂、広がりすぎたな」
初老の商人が、顎に手を当てる。
「……ナッツ、代わりになるもんは?」
「……分からん」
「果実を乾かして、砕くとか」
「蜂蜜を、もう少し使うとか」
次々に出る案。
俺は、少し驚いていた。
「……協力する気か」
商人は、鼻で笑う。
「甘いもんが増えるなら、悪くねぇ」
「町も、少し明るくなる」
その言葉に、胸の奥がじんわりと温まる。
「……考えてみる」
答えると、二人は満足そうに頷いた。
扉が閉まり、静かになる。
棚を見る。
空きが、増えている。
「……作るだけじゃ、だめか」
続けるなら、工夫が必要だ。
材料の代わり。
手に入る範囲での改良。
不器用なおじさんは、そこでようやく気づく。
これは、遊びじゃない。
ただの自己満足でも、もうない。
「……続けるか」
呟きは、決意だった。
この菓子を、待つ人がいる。
なら、止まる理由はない。




