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西園寺青豆の不運  作者: 雨水卯月
第三章

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33/33

エピローグ.FaceTimeとコーヒーと、少しの距離

彼女の名前は、西園寺青豆。

今日も、少し不運で、少しだけ幸せ。


そして彼の名前は、藤堂海翔。

今日も、少し幸運で、少しだけ不器用。


そんな二人が、

お互いを見つめ合うには、十分な夜だった。



⁻⁻⁻


「青豆、いい?」


海翔が、ほんの少し息を詰めて言う。

その声が、彼の誠実さをぜんぶ物語っている。


「いいよ。でも、その前に、ちょっと話してもいい?」

「うん」


彼は彼女の手を取り、指先に唇を落とす。

まるで、“これが最後の理性”と言うように。


「初めて会った時のこと、覚えてる?」

「転校初日?」

「海翔のことちょっと怖かった。でも、なんだか目が離せなかった」


――知っている。あの時の君の視線。


「毎日話すうちに、怖くなくなって」

「水族館に行ったとき、好きだなって思ったの」


青豆が彼の頬に触れる。


「それは初耳」

「初めて言ったもん」


笑い合う。

笑いながら、ふたりの空気が少しずつほどけていく。


「海翔のやさしいところが好き」

「やさしい話し方が好き」

「私に優しくしようとしてくれるところが好き」


「でもね、今日は――優しくしなくてもいいよ」


海翔の顔が一瞬で赤くなる。

きっと誰よりも真面目な人なのだ。


「そんなこと言われたら、ほんとに優しく出来ないかも」

「うん、それでいいの」


堰が溢れた。

心の底に蓋をしていた激情がこぼこぼと湧きあがって溢れる。


彼女を怖がらせないために我慢していたことすべて。


溢れる激情に飲まれそうになりながらも、海翔は青豆を見続けた。

いつでもどこか冷静に物事を見極めている自分がいる。

そう、育てられてきたから。


でもいい。それはきっと彼女の、ひいては自分の為になる。


「や、さしく、しなくていいって言ったのに…」

「俺が青豆にやさしくしないわけないじゃん」


彼女が可愛らしく抗議する。

海翔はいつものように優しく笑って答えた。




⁻⁻⁻


ふと目を覚ますと、隣に彼はいなかった。

起き上がると、かすかにコーヒーの香りがした。


――夜の熱が、朝の香りに変わっていた。


「おはよう」


海翔が申請書類を片手に、コーヒーを飲んでいる。

なんだか、一晩で大人みたいに見違えた。


「次、会えるの半年後かぁ」

「半年なんて、あっという間だよ」


――ほら、言うことまで大人。


「ううん、きっと長いよ。すっごく」


「じゃあさ、離れてても同じ時間に勉強しよう」

「同じ時間?」

「うん、FaceTimeで。話さなくてもいい。

 こうして画面越しに、お互いのノートが見えるだけでいい」


青豆は笑った。

その笑顔が、まるで“まだここにいるよ”と言っているみたいだった。



⁻⁻⁻


ざわざわとした大学の教室。

日本に帰国した時が嘘だったかのように

海翔は、勉強漬けの日々にあっさりと戻ってきた。


『カイ・サイオンジ!ちょっと来なさい』


西園寺、と呼ばれ教室が静まり返った。

教授に呼ばれ、二、三言葉を交わす。

席に戻ると、周りにわっと人が集まってきた。


『カイ、どういうこと?結婚したの?』と、友人のエミリアが聞いてくる。

海翔は『した』と誇らしそうに指輪を見せた。

その幸せそうな顔に、この日、彼に恋していた女の子たちの失恋が決定した。





一方、こちらは青豆。

日本の大学の食堂。


「え?青豆、結婚したの?早くない?」


一緒にお昼を食べているグループ全員が青豆を見た。

彼女はちょっと気まずそうに笑う。


「なんで?」

「まぁ…いろいろあって」とかわす。

「青豆の“いろいろあって”は本当に色々あるからなぁ…」


友人の一人が意味深に笑う。


「幸せ?」

「うん、幸せになるよ」

「なら、言うことないね」


彼女たちは口々におめでとうと言った。

私たちの幸せの形が受け入れられたようでうれしかった。

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