2.考える人は、ほんとに考えてる?
海翔は思った。
同棲を始めて、ようやく分かった。
高校二年のとき、すずめが言った言葉。
「あんたの不安はなくならないよ」――あれだ。
今さらだ。重い。ずっしりと重い。
「一緒に住んでも、かぁ…」
頭を抱える海翔。
青豆には、ちょっと、いやだいぶ無理をさせている気がする。
友達も、家族も、環境も全部置いて、彼女はここに来てくれたのに。
それなのに、自分はまだ不安だなんて。
医大生の自分と、語学留学中の彼女。
活動時間はズレまくりだ。
語学学校は昼過ぎまで。
そのあと何をしているか、逐一報告させるのは酷だと分かっている。
でも心配だ。いろんな意味で。
課外授業で観光地に行くと聞いたときも、
「男と二人っきりには絶対ならないで!」
つい、言ってしまった。
かっこ悪い。狭量すぎる。
でも文化的にカップル同伴OKだし、
彼女の集まりに飛び入り参加して牽制している。
授業との兼ね合いもあるが、なるべく。
彼女がそばにいるせいでの葛藤。
勉強との両立の難しさ。
藤堂海翔は、今までにないくらい悩んでいた。
すずめに言わせれば「くだらない悩み」と一刀両断されるだろう。
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最近、青豆が何かこそこそしている。
海翔は気が気でなかったが、面と向かって聞く勇気はない。
彼の自己肯定感は地の底を這っていた。
「あのさ、ちょっといい?」
青豆が、少し言いにくそうに声を掛ける。
ああ、とうとうこの時が来たか――。
海翔は覚悟して目を閉じる。
思えば一か月前、布石はあった。
青豆が難しい顔でパソコンに向かっていた時のこと。
海翔がコーヒーを淹れて近づく。
「どうしたの?」
「留学先の大学、いいところが見つからなくて…」
「今の大学じゃダメなの?」
Y大の留学プログラムは一年限定。
半年語学学校、半年提携大学。
青豆は楽しみにしていたが、希望のカリキュラムではなかった。
「うん、ちゃんとした建築学部じゃなかったの…」
そのときから、なんとなく予感していた。
彼女は帰国するのだろう、と。
そして、別れを切り出されるのだろう、と。
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――そして今、青豆は申し訳なさそうに口を開く。
「私、ちゃんと建築学びたいの。そのためには帰国してあっちの大学に通う」
「うん…」
分かる。分かるよ。
「ごめんね、海翔。期待させるようなこと言って、結局出来なくて」
「いいよ…」
本当は嫌だ。ずっと側にいて欲しい。
でも言えない。
「それでさ、私たちまた離れ離れになっちゃうでしょ」
「…」
それ以上は言わないで。
「海翔、私がこっちに来てからも、辛そうにしてたよね?」
聞くのが怖い。
「だから、私考えたの」
湖面のように澄んだ目で青豆が海翔を見る。
声が震える。先の言葉は簡単に予測できた。
いやだ。絶対に聞きたくない。
「私たち、結婚しよ」
「………え?」
時間が止まった気がした。
音も光も、世界が一瞬止まった。
言葉だけが、宙に浮いている。
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すると、玄関ががやがやと騒がしくなる。
身動きが取れない海翔を置いて、彼女は玄関へ行ってしまった。
ぽかーん。ぽつーん。
「けっこんしよ…って、どういう意味だっけ?」
たぶん、今IQ3くらいだった。
じわじわ意味を噛みしめ、涙が零れる。
あ、泣いてる。
泣いてる自分を笑う暇もない――その時、
パンッ! パンッ!
クラッカーの音が現実に引き戻す。
「結婚おめでとー!!」「ヒュー!」
友人の七瀬、百田、すずめ、青豆の妹・香澄が現れた。
海翔は状況が飲み込めず、再び、ぽかーんとする。
「え? 何? サプライズ失敗?」
「ちょっと! 青豆! もしかしてプロポーズ断られたの?」
「…あ、返事まだだった」
青豆が恥ずかしそうに近づく。
背の高さもあり、微妙に緊張。
「海翔、返事は?」
「青豆、俺と結婚してくれるの?」
「うん、だってプロポーズしたよ」
「あの言い方…別れ話かと思った」
海翔はぎゅっと青豆を抱きしめる。
青豆は少し焦った。
「よか、った…」
肩に温かいものが落ちる。
「海翔、泣いてんじゃん…」
「わぁ、マジだ。引くわ」
「最高のプロポーズじゃん! ネット小説書くといいよ!」
「おねえ、良かった…これで念願のサンフランシスコでの結婚式が実現できるね」
なんだかカオスな状況。
――人生って、本当に不運と幸運のいたちごっこだ。




