1.私たち、同棲してみました。
彼女の名前は、西園寺青豆。
大学二年生で、ただいま一時留学中。
最近、同じく留学中の彼氏と同棲を始めた。
一見、勝ち組。しかし、彼女の人生は順風満帆とは程遠い。
不運の女神は、遠い異国の地でもしつこくついてくる。
狙っていたサンドウィッチは目の前で売り切れ、
バスは満員、
歩けばめったに降らない土砂降りの雨に直撃。
青豆はため息をつきつつ、人生ってこういうものかと呟く。
一方、彼の名前は、藤堂海翔。
留学中の医学部二年生。
最近、大好きな彼女と念願の同棲を始めた。
彼の人生は常に幸運に恵まれている。
家族運以外という注釈付きだが。
異国の地でも、彼には幸運の女神に微笑んでいる。
彼女が狙っていたサンドウィッチが目の前で補充され、朝から感謝される。
満員バスも、彼女との時間の増加と捉えれば、嬉しいハプニングだ。
土砂降りの雨に降られても、常備している傘で平気。相合傘が出来てラッキー。
そう、これは正反対の二人の物語だ。
……ただし、幸運と不運のバランスは、いつだって予告なしに崩れる。
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同棲が始まり、青豆は気づいた。
海翔は以前よりずっと優しくなっていた。
言葉の端々に、甘さが混じっている。
「海翔、そんなに見られるとやりにくい…」
包丁を握ったまま、青豆はつぶやく。
「何か手伝うよ」
「いい。指示出すの、面倒だから」
「ひどいな」
海翔の笑い声が湯気のように台所に漂う。
二人の間は、恋人と家族の距離の中でいつもふわふわ揺れていた。
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海翔も気づく。
青豆は、視線を受けるのが少し苦手だということに。
彼女は好意の光を真正面から受け止めることに慣れていない。
たぶん、これまでの不運が、彼女を世間の好奇の目から遠ざけてきたのだろう。
同時にそれが、彼女を守ってもいた。
「なに……?」
「うん、かわいいなぁと思って」
「もー…からかってるでしょ」
笑いながらも、彼は本心。
伝わらないもどかしさが、胸の奥でじんわり熱を帯びる。
だから今日も、静かに見つめるのだ。
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青豆が狙っていたサンドウィッチは、あと一つだけ。
並び順もあと一人。今日はいけるはず。
胸の中で確信する青豆。
しかし、目の前の人ではなく、会計を済ませたはずの人が戻ってきた。
最後の一つは、青豆の目の前から消えた。
しょんぼりと肩を落とし、カフェオレと二番目に狙っていたバゲットを注文する。
すると海翔が現れて、静かにそのサンドウィッチを皿に乗せた。
「え? なんで? さっき売り切れてたのに」
青豆は驚きと戸惑いを隠せなかった。
「すぐ補充されたみたい。それと取り換えて」
海翔は涼しい顔で言った。
青豆にはわかっていた。このサンドウィッチは、自分のために頼まれたものだということを。
彼は、いつだって青豆に甘かった。
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停留所で二人はバスを待った。
しかし満員。仕方なく、青豆は海翔と学校まで歩くことにした。
空は曇り、今にも雨が降り出しそうだった。
「急ごう」と促した途端、土砂降りになった。
今日の天気予報も外れた。
青豆は心に決めた。
もう、サンフランシスコの天気予報は信じない、と。
隣で海翔は涼しい顔のまま傘を差している。
「学校まで送っていくよ」
その一言に、青豆の心は軽くくすぐられる。
彼は優しい、とんでもなく甘い。
語学学校に着くと、青豆は途端に手を引かれた。
『マメ! こっちこっち!』
人気者の彼女を持つのは、けっこう大変だ。
引き寄せられるようにグループの中へ吸い込まれていく青豆。
海翔は男の存在をしっかり目に焼き付ける。
こうして、二人の同棲生活は始まった。
日常の些細な瞬間も、少しずつ積み重なっていく。
青豆の笑顔と、海翔の微妙な嫉妬の間に、日々のリズムが生まれていくのだった。
――そして、そのリズムは、少しだけ恋のテンポが早かった。




