小話2 海翔VSすずめ(香澄)
「ホントさぁ、なんなのよ。藤堂」
「本当に申し訳ない。」
海翔は、米粒サイズにまで小さくなって謝っている。
青豆の“留学宣言”のあと――
二階堂すずめと、妹・香澄による藤堂への口撃タイムが始まっていた。
「あーあ…青豆と旅行行ったり、夜通し飲んだりしたかったのにな~」
「それは、留学してても出来るじゃん」
青豆はうれしそうに笑う。
“寂しがってもらえることが、嬉しい”らしい。
俺が言ってもそんな顔しないのに。なんで。
……軽く嫉妬する。
すずめもすずめで、美大の授業に追われる日々。
最近は、前みたいに青豆と遊ぶことも減っていた。
そこへ――“留学”予定の知らせ。
「藤堂はさ、ずるいんだよ」
「青豆のためって言うなら、日本の大学でよかったじゃん。なんでわざわざアメリカ?」
「それは…がん治療の最先端だし…」
「あ゛?」
「日本の大学だと兄と比べられてやりにくいし…」
「なんだと?」
「ちょ、ちょっと!すずめ!!もういいじゃん」
――青豆、仲裁モード発動。
「お前のコンプレックスのために、青豆は留学すんのか?」
「ごめんなさい…」
「お前の思い付きのために、11年も待つのか?」
「それは…!いや、申し訳ないです。」
「医大だって、“青豆のため”って言って、結局は自分のためじゃないの?」
「ご指摘ごもっともです…」
逆上した女子相手には言い訳をしない。偉い。
すずめとの対決で、海翔の良心と素直さが、むしろ光ってしまっている。
負けてるのに、なぜか好感度が上がるタイプ。
「まー…家族に問題あるのは分かってたけど」
「分かってたって?」
「あの学校で金髪にしてくるヤツが問題ないわけないじゃん」
良家の子女が通う伝統校。
金髪は、自由だけど“空気的にNG”。
すずめは観察眼が鋭く、そして遠慮がない。
「で、どういうこと?」
「えっと……親に医学部行きたいって言ったら、『東大か国外の大学なら、学費出してやる』って言われて」
「えっ、聞いてない! それ実質“国外追放”じゃないの!?」
「青豆、黙って!」
「まあ、そういうこと。で、海外ならどこでもいいって言われたから」
「それでポンッとカリフォルニア大学? あんた、嫌味なやつ」
「すずめぇ、そこは“よくやった”でしょ」
「ヤな奴」――すずめは眉をひそめる。
でもその目の奥には、ちゃんと“労り”と“怒り”がある。
きっと、海翔を責めながらも、彼の家を責めている。
「分かった…もう文句言わない。青豆連れてっていいよ」
「いや、まだ行かないよ」
「二階堂、ありがとう」
「海翔、感謝する相手違うでしょ」
――そして、青豆は思った。
あれ? 私、今ここにいるよね?
声、届いてる?
ねえ、誰か私の存在、認識してる?
「じゃ、次、香澄行きな!」
「人の妹を犬扱いしないで!」
「ワン!」
「待って!香澄!海翔はもう満身創痍だから、優しめでねっ」
海翔、すでにHP赤ゲージ。
すずめとの戦いを経て、もうほとんど“再起不能モード”である。
疲労が顔に色濃く出ている。
「まず、藤堂さん。」
香澄が居住まいを正して、ずいっと顔を出す。
「おねえとの結婚式、どこで挙げる予定ですか? サンフランシスコですか?サンフランシスコですよね?」
「か、考えてなかった! でも……いい案だと思う」
「ちょ、ちょっと待って!?」
流れが速い。
いや、もはや加速している。
「良かった〜! ハワイはベタすぎだし、ニューヨークは寒そうだし。アメリカ西海岸の海辺でウェディングフォトとか素敵じゃない?」
「青豆との結婚式は、香澄ちゃんに相談するよ」
「……なんで? 私じゃなくて?」
青豆、妹に嫉妬する。
冷静に考えて、勝負の土俵がちょっと違う。
香澄が、声を潜めた。
こういう時の香澄は、大抵ロクなことを言わない。
「あとね、これ、すっごく重要なことなんだけど……」
海翔と青豆、反射的に前のめり。
「私、スタバのサンフランシスコ限定ボトルが欲しいんです」
「「…」」
「…もちろん、買って送るよ」
海翔の方が、数秒立ち直りが早かった。
「やったー! 持つべきものは優しいお義兄ちゃん! 大好き!」
「香澄ちゃんが認めてくれて嬉しいよ。ありがとう」
――私には『大好き』なんて言ってくれないのに。
静かに、青豆の中で何かが燃えた。
「くっ……! スタバの限定ボトルで、姉の地位が脅かされているっ!」
青豆は思う。
家族って、面倒くさくて、うるさくて、勝手だ。
でも、誰かを責めながらも、ちゃんと心配していて、
愛しながら、ちゃんと嫉妬もしている。
それを“ややこしい”って言う人もいるけど――
青豆にとっては、世界で一番あたたかい混沌だ。
そして今日もまた、彼女の周りでは、
愛とツッコミとスタバのボトルが、静かに回っている。
海翔の通っている大学は、架空の大学です。




