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西園寺青豆の不運  作者: 雨水卯月
第二章

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6.銃口と女友達と恋愛上級者の恋人

『Hold up!』


人生とは、たまに青豆の本気を試してくる。

どのくらいかというと、冬休み、恋人に会いに来た旅先で迷子になり、

ようやく辿り着いたカフェバーで――銃撃戦が始まるくらい。


「……え?」

「え、え?」


青豆とすずめは顔を見合わせた。

今にもスローモーションでカップが割れそうな程の緊迫した空気。




---


「すずめ、ここって……?」

「知らない。地図がね、たぶん…反対向きだった」


そんな理由で治安の悪い地域に迷い込むのが、彼女らの日常の延長なのだから困る。


危険な地域を脱出すべく、カフェ&バーと書かれた看板の店の扉をくぐる。


「Excuse me. Where am I?」 (すみません、私はどこにいるんでしょう?)


異国の地でこんな馬鹿なセリフを吐く日が来るとは思わなかった。

TOIECを受けた時の私の英語力、どこにお出かけした?

帰ってきたら、一報ください。

いや、もう少し真面目に英会話を勉強しよう。


バーの店員は少し肩眉を上げて、地図をさし示す。

するとバーの奥で怒鳴り声、そして――銃声


二人は反射的に耳を塞ぐ。

顔を見合わせると、こちらのバーの店員もなぜか二人に銃口を向けている。

青豆と親友・二階堂すずめは突き付けられた銃口と互いの顔を交互に見つめた。



「……青豆、どうしよう」

「とりあえず、死なないこと優先で」


二人は無抵抗の印、両手を上げる。すずめが青ざめ、青豆は震える手でストローを置く。

でも、恐怖って限界を超えると笑えてくるのだ。

今、笑ってはいけない場所で、笑いそうになる。


そして銃を突き付けてきた男が、跳ね上げ式のカウンターを上げ

なぜかバーカウンターへ手招きし囁いた。


「Go out the back — trust me, it's safer than it looks.」 (裏口から出ろ、外のがマシだ)


え?なんて?いい人なの?

銃を持ったまま、まさかの優しさ。


「Thank you…?」 (ありがとう?)

「Run. Quickly.」 (走れ、早く)


二人は裏口から飛び出した。

外の風がやけに眩しい。

死にかけた直後の太陽は、人生でいちばん美しい。


「……ねぇ、青豆。これ、青春?」

「わかんないけど、多分アメリカンすぎる」


不運の女・西園寺青豆。

ついに国外でもその才能を発揮していた。


そんな感じで始まった一週間。


離陸サインが消えた途端、飛行機のシートを思い切り倒される、西園寺青豆。

入国審査で一人だけ止められる、西園寺青豆。

恋人のフロアメイトが美女でカルチャーショックを受ける、西園寺青豆。


――つまり、青豆 in アメリカも、だいたいいつも通りだった。


異国の地でも、不運はきっちりスケジュール通りにやってくる。

観光名所では必ず曇り、買ったコーヒーはこぼれ、Wi-Fiは繋がらない。

でも、海翔が隣にいる。

知らない街で迷っても、英語が通じなくても、彼の笑顔があれば世界は案外やさしい。


時差ボケも、心のズレも、きっとそのうち治る。

そう信じられるくらいに――

西園寺青豆は、今日も運が悪くて、ちょっとだけ幸せだった。






---

離陸サインが消えた瞬間、前の席が突然、背もたれを全力で倒す。


「わぁっ!」


青豆の膝の上に置いていた小物入れが、空中散歩を始める。

膝の上から床へ落ちた瞬間、リップクリームがコロコロと転がる。


異国の地を前に、青豆はパニック寸前。

床に落ちたリップクリームを必死に拾おうとするが、届かない。あと一センチ、あと一センチで――


機体がわずかに傾き、リップクリームは虚しく前の席の下に吸い込まれた。


ああ、これからの乾燥する機内、私の唇は無防備だ。

乾燥する、乾燥する――まだ到着前。

くちびるよ乾燥するな、乾燥するな――まだ到着前。

乾燥(こんなこと)なんかに負けるわけにはいかない、負けるわけには――


青豆は小さく息を整え、必死に自分を落ち着かせた。




入国審査では、なぜか青豆だけが止められた。


「Step aside, please.」 (脇に寄って待っていて)


いや、私、なにも悪いことしてませんけど!?

どうして私だけ!?周りの人はすいすい通ってるのに!?


頭の中で原因を必死に探る。

あ、もしかして“豆”の文字が怪しかったのかも。

いや、そんなはずないじゃない。


周りの人の冷たい視線が刺さる。

小心者の青豆、心の中で早くも汗だく。


「どうして私だけ……!」


思わず机に手をついて前のめりになる。

しかし、審査官の無表情な顔が返事の代わり。

無実の私と、不運の女・西園寺青豆の戦いは、こうしてまた小さな惨事として記録されるのだった。



そしてようやくたどり着いた海翔の寮。


「おーい、青豆!」


と手を振る海翔の隣に、金髪碧眼のモデルのような女性が立っていた。


「Hi! I’m Emilia! Kai’s floormate!」 (ハイ!エミリアよ。カイのフロアメイトなの!)


――英語が速い。笑顔が眩しい。脚が長い。全部すごい。

全部、青豆の心臓に直撃。

(ちょ、待って、フロアメイトって言ったよね?女の子が!?)

(寮って男女一緒なんだっけ?聞いてない、聞いてないよ!)


青豆の脳内で緊急警報が鳴る。

こうして、青豆の異国不運サバイバル、正式に開幕。

時差ボケ、カルチャーショック、そしてほんの少しのヤキモチが混ざる。


海翔はエミリアと和やかに話し、笑っている。

青豆は所在なく、空を見上げる。


ああ、すずめ…なんでここに居ないの。

一緒だったら、どれだけ心強かったことか。


すずめは昨日のカフェバー銃撃戦ショックでホテルに引きこもり中。

もしや、今日は、この三人で観光するのか。

聞いてない。ここで怒っていいのか、自分。いや、どうせ怒れない。


思考迷路に迷い込んだ青豆に、エミリーが近づき、左頬と右頬に軽くキス。


青豆、完全にフリーズ。美人にキスされた、世界が止まった。

あまりの驚きに「お、おう」としか言えない自分に絶望する。


エミリアはウインクして去っていく。


――あ、三人じゃなかった。良かった。


青豆は小さく息を吐き、肩の力を抜いた。

異国の地でも、不運と驚きは、やっぱり友達みたいについてくるらしい。


「青豆?青豆!大丈夫?」

「う、うん。今のって…」


青豆は頬を押さえ、目で海翔に問いかける。

説明してよ、と、どうしても言いたくなるのを必死で押さえる。


あ――背が伸びた。髪も、目元も、少し大人っぽくなった。

久しぶりに見る海翔に、青豆の心臓は小さく跳ねる。


「ああ、あれね。エミリア、スペイン系だから。スペインの挨拶で“Besso(ベソ)”っていうんだ。友達とか親戚同士でする軽いキスのことだよ。」

「ええ!?あれを毎回?友達同士で…?」


青豆は半信半疑で、でも少しだけ安心して、海翔を見上げる。


「普通はあんな本気のキスはしないんだけど…青豆気に入られたんじゃない?」

「大丈夫!男女ではめったにやらないよ。もちろん男同士も……よっぽど仲良くないとやらない」


「つまり…?」

「俺はされてない」


海翔がホールドアップして、慌てて付け加える。

青豆は小さく肩をすくめ、ホッと胸を撫で下ろす。


――良かった、破廉恥な文化じゃなくて。


「青豆、久しぶり。ハグしていい?」


「ど、どうぞ…」


こんなところで?と思ったが、

先ほどのエミリアのキスで青豆の脳はすでにバグっていた。

青豆は腕を広げ、ただ待つ。


海翔の温かい胸に抱かれ、ふと匂いを嗅ぐ。

ああ、いつも通りの藤堂だ、と懐かしさに目を閉じる。

離れていた間の不安やすれ違いのもどかしさが消えていく。


……そして、顔に影。


え、と思う間もなく、海翔の顔がぐっと近づく。


「えっ…!ちょ、ちょっと待って!ここ、外!人前!」


青豆は両手で海翔の口を押さえ、真っ赤になって抗議する。


(どうしよう、この何か月かで海翔、明らかに恋愛上級者っぽくなってる!)


海翔は不満そうに、でも優しく青豆の手を掴む。


「青豆が目つぶるから。“いい”ってことかと思った」


ぶんぶん、ぶんぶんと首を振る青豆。

首がもげそう。ついでに心臓が口から飛び出しそう。

バクバクとうるさい心臓に真っ赤になった顔で青豆は海翔を見つめ続けた。


---


サンフランシスコは想像以上に風が強かった。

ゴールデンゲートブリッジを歩くと、潮の香りと塩気の混じった空気が鼻をくすぐる。

青豆は上着をきゅっと首に巻きながら、「わ、風強っ…」と呟く。


海翔は肩をすくめ、にこりと笑う。


「ああ言うのもアメリカらしいよね?」


青豆は思わず吹き出す。

確かに、向こうの人たちはこの寒さの中、橋の上でピクニックをしているようだ。

風に煽られた紙ナプキンが空を舞い、青豆の膝に降ってくる。


「うわ、ちょっと!」


青豆が慌てて拾うと、海翔が手を差し出す。

自然に手が触れ、心臓が軽く跳ねた。

こんな日常の一瞬も、異国の地だと特別に見える。


次に訪れたフィッシャーマンズワーフでは、観光客向けの屋台が軒を連ね、カニやクラムチャウダーの香りが辺りを漂う。

青豆は不運の女であることを忘れたかのように、あれもこれもと目を輝かせる。


「青豆、あれ食べる?」


海翔は待ってて、と一言い残し、慣れた様子で注文する。

笑顔で、カップ入りのクラムチャウダーを差し出す。


「うん、ありがとう…あっ!」


スプーンを受け取ろうとした瞬間、風で帽子が飛ばされ、青豆はそれを追いかけて小走り。

海翔は後ろからくすくす笑いながらついてくる。


「わっ!待って…!」

「君って、どこでも全力で不運に絡まれるね」


「えー!?風だけで不運に入るの?」

「どうだろ?」


青豆は少しむっとするが、心の中では嬉しくてたまらない。


二人の手は自然に絡まり、歩くたびに軽くぶつかる。

青豆は少し赤くなりながらも、手を離そうとはしない。

海翔は時折、指先で青豆の手の甲をそっと撫でる。青豆はびくっと小さく跳ねるが、手はぎゅっと握ったまま。


「写真撮る?」

「うん!撮りたい!」


あれ?なんか近くない?


「ちょっとポーズ取るだけ」


青豆は少し照れながらも海翔の肩に寄りかかり、二人でカメラに向かって微笑む。

その距離感が絶妙で、肩が触れ、体温がほんのり伝わる。

海翔はさらに軽く青豆の肩に手を回す。


「ほら、みんなこんな感じだよ、観光地カップル」

「そ、そういうの、いいけど…でも恥ずかしい」


青豆がもじもじする様子を見て、海翔は笑いをこらえながら、ほんの少しだけ唇に近づける。

青豆は思わず目を閉じるけれど、手は離さず、軽く肩をすくめるだけ。

海翔もそれ以上は迫らず、ただ寄り添うだけ。


それだけで、二人の世界は完成したような気がした。

観光地のざわめき、潮風の香り、屋台の匂い。

すべてが二人の距離を自然に縮めていく。

手つなぎ、肩寄せ、そしてほんの少しの親密さ――


青豆は、海外の街角で、小さな勇気を一歩ずつ踏み出していた。



---


夕暮れ。街灯が赤く灯り始め、空は紫がかった蒼。

青豆は小さく息を吐く。


「海外なのに、海翔といるとなんだか安心する…」


異国の空の下なのに、落ち着く自分に少し驚く。海翔はその言葉を聞くと、ふっと青豆の手を取り、自分の手の中に包み込む。自然すぎて、青豆はびくっとする。


「青豆…少しだけ、いい?」


胸の奥がざわつく。潮風に髪が揺れる中、海翔は優しく、けれどしっかりと青豆の手を握ったまま、体を少し近づける。


「海翔…」


声が出そうで出ない。青豆の目が見上げる先に、海翔の瞳がある。温かく、穏やかで、けれど確かに自分を見つめている。


「キスしたい。いい?」


青豆が頭を振ろうとする前に、海翔はそっと唇を重ねる。急がず、でも迷わず、彼のリードに沿って唇を合わせる感覚。周囲の喧騒や潮風の音も、ふたりだけの時間を邪魔しない。

青豆は頬を赤くし、心臓がバクバクと跳ねる。でも海翔の手の温もりと落ち着いた抱き方に、少しずつ身を委ねる。

キスが終わると、海翔はにっこり微笑み、手をつないだまま青豆を見下ろす。


「大丈夫。恥ずかしがる必要ないよ、青豆」

「誰も見てないし。みんな、もっとすごいことしてる」と海翔が繋げる。


見ると、周りのカップルは青豆たちよりイチャイチャ度が高い。

小さくうなずく青豆。街の灯りの下で、手をつなぐだけでも心が温かくなる。海外の夕暮れは、二人だけの世界に変わっていた。




---


夜ごはんはすずめも誘って、ホテルで食べることにした。


チャイムを鳴らすと、髪がボサボサ、目は半分閉じたすずめが顔を出す。

やっぱり寝てたか。


青豆は文句を言いかけて飲み込む。「せっかく前もって連絡したのに…」

いや、いいや。今日は怒っても負けそう。

海翔とのことをからかわれたら、秒で降参する自分がいる。


「藤堂、ひさしぶりー」


すずめは日本にいる時と変わらぬ顔で笑う。

海翔も穏やかに笑う。「久しぶり。わざわざ来てくれてありがとう」


「大変だったよー、迷子になって銃口突き付けられてさぁ」


あ、しまった!

口止めするの忘れた。


海翔は目を細めて、「何それ、聞いてない」と少し怒った顔をする。

ああ、世界の中心は運のいい人を中心に回っていくのね。

青豆はゆっくりと海翔から目をそらした。


こうして、青豆の不運と異国のサバイバルは、

恋と少しの皮肉とともに、今日も軽やかに進行中だった。



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